◆第八話◆ 開幕
すべては一瞬の出来事だった。
多くの者が、そこで起こった事を理解できずにいる。
首を刎ねられたバロン・ミドラの死体が、無造作に転がされたステージ上。
「これでいいな」
その中、そう言ってエデルが舞台を降りようとする。
「き、貴様!」
と、ステージに上がって来たのは昨日のバロンの取り巻き達だった。
主が殺され、激昂したのだろうか。
我先にと襲い掛かって来る。
しかし、エデルは簡単な身のこなしで、まず真っ先に飛び掛かって来た男の攻撃を避けると、腹を蹴り上げた。
「ぶげぇ!」
血を吐き散らし倒れる男。
更にその後からも襲いかかって来る者達を、補助具で叩きのめす。
数秒後、ステージ上には倒れ伏した男達が散らばっていた。
更に静まり返る新入生や観衆達。
職員達は、青い顔をしている。
「エデル様……」
エデルが向かった先は、進行役の男性の元。
彼に介抱されていたルーゼロッテの前に立つ。
茫然とした顔で、ルーゼロッテはエデルを見上げた。
「え、エデル様……お兄様は……」
「死んだ。首を刎ねたからな」
素っ気無く、進行役の男性に補助具を渡しながら、エデルは言った。
ルーゼロッテが息を呑んだのが分かった。
「よかったな、これでもう苦しめられる事は……」
そこで、エデルは気付く。
ルーゼロッテの双眸から、涙が流れ落ちたことに。
「……はぁ、まったく」
それを見て、エデルは深く溜息を吐くと、振り返る。
再びステージの上へ登ると、バロンの驚愕の形相に染まったままの頭部を拾い上げる。
そして、倒れたままの体の方へ持っていき、首の断面に当てる。
瞬間、魔力の発光と共に、バロンの首がくっ付いた。
「―――がはっ!」
驚くべきことに、バロンは息を吹き返した。
「……《蘇生》」
エデルは小さく呟く。
まさか、こいつ如きにこれほどの魔法を使うことになろうとは。
「な、私、お、俺、は……」
首を触るバロン。
そして面前に立つエデルの姿に、ひっ、と声を漏らす。
「感謝しろ。お前の妹は、お前の死までは望んではいないようだ」
腰を抜かして恐怖するバロンに、エデルは言う。
「もう二度と、くだらないマネを俺の前で見せるな」
そして、エデルは舞台を降りると、そのまま闘技場を去っていった。
――――
その夜。
寮の自室で寝ていたエデルは、ドアをノックする音に目を覚ます。
開けると、ルーゼロッテが立っていた。
「今日は、その……ありがとうございました」
伏目がちに、ルーゼロッテは言う。
「……感謝されるいわれはない」
「いえ、お兄様の命を助けてくれて」
「……何故、奴の事を心配する。奴はお前を、徹底的に利用し、辱め、追い出そうとしている。もしも、奴がこのまま学園でのさばり……いや、生きている限り、お前にとっては地獄だぞ?」
「はい、かもしれません……でも、私はいずれミドラ家を背負って立つつもりでいます」
目線を持ち上げ、ルーゼロッテは微笑む。
「お兄様も、大切な家族ですもの」
「……はぁ、よくわからん奴だ」
千年前、エデルは孤独だった。
レベル99という頂点。
何者も到達せぬ領域。
怪物のように扱われる日々。
ゆえに、この数日間の、人々と当たり前のように話し合い触れ合う日々は、彼にとっては驚くほどに新鮮なものなのである。
「今日の活躍からして、エデル様は確実に最上級クラスへの配属で決定ですわ。今の私では到底足元にも及びません」
部屋の前で一礼し、ルーゼロッテは去る。
その前に、彼女はエデルに、言う。
「ですが、きっと、辿り着いてみせます」
千年前には、決して聞く事も無かった言葉だった。
「……好きにしろ」
――――
そして翌日。
校舎の前の掲示板に張り出されたクラス表。
昨日の試験は、あの後もつつがなく進行したようで、その結果に基づくクラス分けの結果がなされていた。
「……おい、なんでだ」
ガレリアが呟く。
「なんで、俺とエデルが同じクラスなんだよ!」
「………」
それはエデルも聞きたい事だった。
ガレリアだけでなく、アビス、ルーゼロッテも同じクラスである。
しかも、最下位のFクラスだ。
「申し訳ありません、エデル様……」
エデルの後ろに、昨日進行役を務めていた、クラーム家に迎えに来た使者の男性が立っている。
「お前は……」
「フィネックと申します。あ、ちなみに私も職員ではなく、この学園の生徒なのです。平民出身の五年生なのですが、色々と日銭を稼ぐついでに学園の雑務も手伝っているので……で、この件なのですが、完全にバロン様の差し金です」
自分も抗議した結果、エデル様と同じクラスへの降格となりました……と、フィネックは肩を落として言う。
レベル0という情報も原因ではあるだろう。
しかし、大部分はバロンの策略。
おそらく、エデルとルーゼロッテを学園から追い出さず、じわじわと痛めつけてやる魂胆なのだろう。
兄弟のガレリアとアビスも同罪として。
学ばない男だ。
「……やれやれ、もういい、好きにさせてやれ」
ガレリアとアビス、そしてルーゼロッテとフィネックに、エデルは言う。
「諦めるまで、俺が何度も蹴散らしてやる」
「わたくしも、立ち向かいますわ!」
と、ルーゼロッテが元気に言う。
その顔に無垢な笑顔を浮かべる彼女を見て、エデルは改めて溜息を吐くのだった。




