◆第二話◆ 魔物退治
前世の経験や知識、能力は引き継げているようだが、記憶がまだ曖昧だ。
まぁ、追々思い出していくとしよう。
「ふぅ……」
現在、エデル達四人は、魔物が出るという山を登っている。
父……クラーム家当主の話によると、ここ最近、クラーム家が領主を務めるこの土地で、家畜や農民が襲われる事件が多発しているのだという。
領地内の問題は領主が解決しなくてはならない。
そこで今回、エデル達三人の魔法学園への出立に際した最終鍛錬も兼ねて、その討伐に向かう形となったようだ。
ちなみに、エデル達の腰には出発の前に渡された剣が装備されている。
「足元に気を付けろ」
当主が振り返り、後続のエデル達に言う。
彼の後ろに続く三人は、前からガレリア、エデル、そしてアビスと、兄弟順で並んでいる。
「……?」
ふと、何気なくエデルが視線を上げると、微かに振り返っていたガレリアと目が合った。
「……ふん!」
ガレリアはエデルを睨み付けると、すぐに前を向く。
……やれやれ。
どうやら先程の件をまだ引き摺っているらしい。
「エデル兄さん」
後ろから声を掛けられ、振り返る。
アビスがもじもじと、エデルを見上げていた。
「さっきはありがとう」
「……さっき?」
「僕の事、庇ってくれて」
それに対し、怪訝な顔をするエデルに、アビスはハッとした顔になる。
「あ、ごめんなさい……僕の勘違いだよね」
そう言って、寂しそうに視線を落とした。
「………」
なるほど、どうやら先刻、自分が馬鹿にされていたアビスを庇う形になっていたようだ。
個人的には、単純に間違いを指摘したかっただけだし……まぁ、ガレリアにムカついたところも多少あったが。
その時だった。
「三人とも、構えろ」
父の言葉に、エデル達は反応する。
目の前の草陰から、何かがのそのそと這い出て来た。
「うあ……」
ガレリアが驚嘆の声を上げる。
それは、巨大なトカゲだった。
金色の目をぎょろぎょろと動かしながら、こちらを見ている。
「こいつは……」
その姿を見て呟くエデルを、当主が振り向く。
「知っているのか? エデル」
「バジリスク……」
記憶の中に微かに残る、千年前にもいた魔物だ。
六フィート近い巨体の大トカゲ。
驚いた。千年前は、バジリスクは魔王領にしか生息していないような希少な種だったはず。
今は野生で人里近くにもいるのか。
「ほう、バジリスクと言うのか。エデルが知っているということは、古い書物にも載るような有名な魔物なのだろう」
剣を構えながら、当主が言う。
どうやら彼は知らないらしい。
ならば伝えなければ。バジリスクには危険な特性があるのだ。
「用心しろ、父上。この魔物は……」
「だが、この私の領地に手を出したのが運の尽きだったな! 叩き切ってやろう!」
待て待て待て待て。
そいつを生身で相手をするのは危険なのだ。
ちゃんと話を聞け。
「お父様! 俺だってこんな奴全然怖くないぜ!」
言って、ガレリアも剣を振り上げ切り掛かる。
ああもう、このバカ親子は。
切り掛かった二人の剣が、バジリスクの背中に叩き込まれる。
「……ぬぅッ!?」
だが、その頑強な鱗には刃が届かない。
瞬間、バジリスクの前足が振るわれ、二人の体が弾き飛ばされた。
「ぐあああああ!」
当主は岩に激突し、ガレリアは木の幹に背中から叩きつけられた。
ガレリアはその一撃で完全に気絶してしまったようだが、父の方は、流石、そこそこ鍛えているのだろう、眩暈を起こしているくらいで済んでいる。
いや、今はそれどころではない。
既にバジリスクは次の標的……エデルに照準を合わせている。
飛び掛かって来るバジリスク。
(……避けろ!)
自身の体を動かし、バジリスクの魔の手から逃れようとするエデル。
だがそこで、彼の視界に、自分の後ろで震えて動けないアビスの姿が映った。
今この場で自分が避ければ、バジリスクの攻撃がアビスを襲う形になる。
「……く!」
躊躇から、動きが一瞬遅れた。
ゆえに気付いた時には、目前に到達したバジリスクの鋭い爪が、上からエデルの脳天目掛けて振り下ろされた後だった。
理解する。
およそ一秒後、自分は死ぬ、と。
――――
「……やむを得ん」
目を開き、見慣れたその空間の中で、エデルは呟く。
エデルの意識はその瞬間、『書庫』に入っていた。
彼の転生と共に、千年前から引き継がれた『スキル』。
彼の経験と能力の全てが書き残され保存された、広大な宝物殿。
『書庫』の本棚を見回す。
外界での一秒は、この意識下の世界ではおよそ三十分。
三十分以内に、この体に馴染ませられ、瞬間的にバジリスクを攻撃できる魔法を探す。
本棚を漁るエデル。
「……これだ」
取り急ぎ、エデルは一冊の本を抜き出すと、立ったままその本を読み解く。
理論、理屈、魔力をどのように体内で動かし、どのように意識し顕現させるか……それらを、この器たる幼い肉体に染み込ませる。
……――そして、およそ二十分程(外界では0.7秒程)が経過した時。
「……よし、行くか」
エデルはパタンと本を閉じると、『書庫』を出て、肉体へと戻る……。
――――
エデルの翳した掌から、魔力が溢れ出ると同時に、爆発が起こった。
爆発、爆炎、空間が真っ赤に染まる。
バジリスクの体が焼け焦げながら吹き飛ぶ。
後ろのアビスや、朦朧としている父も、それをポカンとした目で見ている。
そしてその中、爆破の発生源たるエデルは、静かな声で言った。
「……《業火》」
爆炎を生み出す攻撃魔法の中でも、かなり強力なものだ。
「……ギ、ギィィ」
バジリスクはダメージを負った体で動く。
流石に、一発では無理か。
すると、その金色の目が光ったのが見えた。
――来る!
瞬く間、バジリスクの双眸から放たれたのは光線。
アビスを突き飛ばし、エデルも避ける。
彼等の立っていた場所の後方、光線が触れた近くの木々が色を失い石化した。
これが、バジリスクの視線。
領地内の家畜や農民が石にされて喰われていたという情報があったが、やはりこいつの仕業だったようだ。
その間、エデルは瞬時にバジリスクに接近する。
負傷により動きは鈍い、密着は簡単だ。
そしてその目を、手にした剣で貫いた。
「ギギィ!」
甲高い悲鳴を上げるバジリスクにも、エデルは容赦しない。
もう一度至近距離で《業火》が叩き込まれる。
体を炭へと変換しながら、バジリスクは焼きトカゲとなって転がった。
「大丈夫か? アビス」
尻餅をつき、パクパクと口を動かしているアビスに歩み寄ると、エデルは引っ張り起こす。
「兄さん……今のは……」
「説明している暇は無い」
振り返ると、バジリスクは瀕死の体を引き摺って逃げようとしている。
「お前は父上とガレリアを見ていてくれ」
そう言って、エデルはバジリスクの後を追う。
――――
殺さなかったのはわざとだ。
もし巣穴に戻る気なら、こいつの仲間や子供がいる可能性も高い。
そこを全滅させないといけない。
這いずるバジリスクの後を追い、エデルは山中を進む。
やがて、バジリスクは洞穴に到着した。
「ここが巣穴か……」
洞穴へと入ったバジリスクを追い、エデルもその中へと進む。
「……ん?」
しかし、中に入ると、そこには想定外の光景があった。
地面に横たわり、遂に息絶えたバジリスク。
その伸ばした前足が、地面に描かれた何かに触れている。
「これは……」
エデルにはわかる。
それは、魔法陣だ。
しかも、召喚陣と呼ばれる、遠方の物体を呼び出す際に使われる代物。
「何者かが、これを設置したのか?」
触れようと手を伸ばすエデル。
そこで、召喚陣が光る。
「!」
召喚陣から飛び出したのは、鱗塗れの腕。
間違いない、向こう側から新たなバジリスクが現れようとしている。
しかも、一匹だけではない、二匹も、三匹も、四匹も、五匹も、次々に……。
「……やむを得んっ!」
すぐさま《業火》を発動。
爆轟が、洞穴の中に轟き渡る。
出現しようとしたバジリスク達の肉片と、粉々になった地面の破片が舞う。
やがて砂塵は晴れたが……魔法陣は跡形も無くなってしまっていた。
エデルは念のため、洞窟内を捜索する。
しかし、他には仕掛けられている魔法陣は無いようだ。
「……仕方がない」
モヤモヤするものはあるが、ここにいてもしょうがないだろう。
ひとまず、エデルは洞窟を出てアビス達の元に戻る事にした。
「……!」
そこで、妙な感覚が発生した。
体の内側から溢れるような、この高揚感。
脳内で甲高く歓喜の音楽が鳴り響いているような。
自分がまた一つ、別のステージに上ったような。
しばし忘れていた、遥か昔に味わったのが最後だった、この感覚は……。
「まさか……」
心臓が高鳴る。
先程一匹、そしてさらに今数匹。
バジリスクという強力なモンスターを倒したのだ。
エデルはすぐさま『書庫』に入る。
そして、自分のステータスを表す本を抜き出し、その最後のページを読む。
「……成功だ」
歓喜に打ち震えるエデル。
そこには、レベル100を示す数値が。
「まさか、こんなタイミングで悲願が成就するとは」
思わず、エデルは笑ってしまった。
「遂に……俺はレベル99の壁を越えた!」




