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◆第一話◆ 千年後の世界



「………」



 ゆっくりと、エデルは目を開ける。


 自分が椅子に腰掛けているのが分かる。


 横を見ると、そこには窓があった。


 窓の外には太陽の照らす青い空と、その下の長閑な山々が広がっている。



「ここは……」



 覚醒したばかりのぼんやりとした意識のまま、彼は周囲を見回す。


 そこそこ広い部屋。


 高級そうな家具が並んだ部屋だ。



「……そうか」



 眼前に手を持ち上げる。


 眠気眼に映るのは、記憶の最後にある、ごつごつとした成人男性のものではない。


 まだ幼い、子供の手だ。


 ……だが。


 力を軽く込めれば、その表皮の上に赤い光が滲み出る。


 紅色の燐光は、魔力の証。



「成功だ」



 興奮に打ち震えるように、ギュッと拳を握り締める。


 千年の時を越え、【大賢者】エデルは悲願の転生を果たした。




――――




「……さて」



 歓喜もそこそこに、彼は現状の考察を開始する。


 ここはどこだ?


 エデルは、自分の全ての力を情報にして〝魂〟に保存した。


 そして、いずれ未来に生まれる最適の器へと転生するよう、因果律の操作をはじめとした運命に携わる魔術を駆使し、この秘術を成功させた。


 エデルの計算をもってしても、どうしても千年もかかってしまうという問題はあったが、それはあまり気にならない。


 気になるのは、今の自分がどんな立場なのか。


 もう一度、窓を振り返る。


 ガラスにうっすらと映った自分の顔を見る。


 少し癖のかかった黒髪に、すっと鋭い目。


 人間の美醜に対してあまり興味の無いエデルでも、整った顔立ちであるとは思う。


 年齢は、十代の半ばくらいか……。


 もう一度室内を見渡す。


 見たところ裕福な家だとは思うが、千年後の常識、文化、価値観はわからないので、どう判断していいものか……。


 するとそこで、ドアを叩く音が聞こえた。



「誰だ?」



 エデルの問い掛けに答えるように、室内に入って来たのは、一人の女性だった。


 白と黒を基調とした、家政婦のような恰好をしている。


 母親だろうか?


 いや、自分に対して恭しく頭を下げるのを見るに、どうやら使用人らしい。



「エデル様、ご当主様がお呼びです。お庭の方へ」



 ……どうやら父親に呼ばれているらしい。



「……ああ」


「ガレリア様とアビス様も、既にいらっしゃいます。急がれた方が良いかと」


「……わかった」



 使用人に急かされ、エデルは部屋を出る事にする。



(……しかし……〝エデル〟?)



 こんな偶然があるだろうか?


 千年後の自分も、同じ名前なんて。



(……それに……〝ガレリア〟に〝アビス〟とは……)。




――――




「遅ぇぞ、エデル! お父様をお待たせするな!」



 庭に出る。


 広大な芝生の広がる風景の中、三人の人間が立っているのが見えた。


 一人は筋骨隆々の恰幅の良い壮年の男だ。



「来たか、エデル」



 合流した自分を見てそう言ったところから察するに、どうやら、彼が父親のようだ。


 もう二人は子供である。



「ったく、どうせまた本でも読んでて寝坊したんだろ? 別にそのまま寝てても良かったんだぜ?」



 向かって右側に立つ方の子供が、生意気な口調でそう言う。


 金色の長く伸ばした髪を後ろで一つに束ねている。


 見た目は美少年と言う言葉の似合いそうな容貌だが、口の悪さで全部台無しである。



「エデル兄さん……」



 もう一人は、蒼い髪を肩にかかる程度に伸ばし、小柄な体。


 少し不安そうに、チラチラとこちらを見て来る。


 彼も、見た目だけならなかなかかわいい少年である。


 この家は、結構美形の家系なのかもしれない。



「ガレリア、そろそろ口を慎め」



 そこで、父が口を開いた。



「お前達は明日から、王都のウィンバック魔術学園へと入学するのだ。向こうで、そのような粗野な口調をしていては、我が家の面目に関わるぞ」


「大丈夫ですよ、お父様。ちゃんと衆目は意識します」


「いいか、改めて言っておく。お前達は、我が由緒あるクラーム家の後を継ぐ資格を持つ者達なのだ。ガレリア」



 ガレリア……金髪の方を、父が見る。



「お前には千年前、この世界に雷名を轟かせた、かの【勇者】と同じ名前を付けた。その名に恥じぬ人間になれ」


「はい」


「アビス」



 続いて父は、蒼髪の少年を見る。


 アビス……と呼ばれた彼は、びくっと肩を揺らした。



「お前には千年前、世界を恐怖に陥れた【魔王】の名前を敢えて付けた。その名を名乗る以上、毅然とした心を持つようになれ」


「は……はい……」



 目を伏せ、消え入るような声で答えるアビスに、父は小さく溜息を吐く。


 そして続いて、遂に彼はエデルに向き直る。



「エデル、お前には千年前、至高と謳われた【大賢者】と同じ名前を付けた。その名に負けぬよう、聡明な人間になれ」


「……ふむ」



 合点行ったというように、エデルは頷く。


 しかしそれは、父の期待に応えて見せると、その意気込みを見せたわけではない。


 先程の謎が解けたのだ。


 どうやらこの父親、三人の息子に千年前の英雄の名前を付けたらしい。


 通りで懐かしいと思ったのだ。


 しかし、【勇者】や【大賢者】はともかく、自分の息子に【魔王】の名前を付けるとは……。


 この父親、中々破天荒だぞ。



「ははっ、無理無理。無理ですよ、父上。俺はともかく、エデルとアビスには無理です」



 笑うガレリア。


 しかし、こいつは全く偉そうだ。


 その自信は一体どこから来るのだろう。


 おいガレリア、千年前、お前と同じ名前を名乗っていた【勇者】は、俺には敵わないと戦う前に跪いて白旗を上げていたぞ。



「エデルは図書室で本を読み漁ってばかりの本の虫ですし、特にアビス、こいつは弱虫で泣き虫で、なよなよしていて決断力も無い、てんで話になりません。クラーム家の名を名乗る事すらおこがましい」



 無遠慮な物言いである。


 言われたいまま言われ、エデルの隣でアビスは縮こまっていく。



「それに魔力も、未だに魔力もまともに出せないようじゃ、学園に行ったって恥をかくだけだぜ?」



 言われて、俯き、震えるアビス。


 それをちらりと見るエデル。



「これだけはっきりと自分でコントロールできるのは、三兄弟の中でも俺だけだし」



 言った瞬間、ガレリアの腕から、見せ付けるように赤い光が溢れる。



「この年でこれほどの魔力を出せるのは、俺くらいのもの……」


「魔法の優劣は魔力の量だけでは決まらない」



 瞬間、だった。


 そんなガレリアの魔力の発露になど目もくれず、エデルが口を開いた。



「魔力伝導率、変換率、適正値……数多の要素の組み合わせから生み出されるものだ。魔法とは、そんなに単純ではない」



 瞠目するガレリアに、エデルはずかずかと言う。


 正直、先程覚醒したエデルには、今、レベル99に達した【大賢者】の、途轍もない量の魔力が備わっている。


 こんな与太事など、はいはいと聞き流していいくらいだ。


 だが、委縮するアビスの姿を見て、一つだけ言っておきたくなったのだ。



「量だけで優劣を語るなど愚の骨頂だ。そもそも、そんなちっぽけな魔力でよくそんな大法螺を拭けたものだな」


「なに!」



 ガレリアが激昂する。


 アビスも、驚いたような目でエデルを見ている。



「よせ、エデルの言う通りだ」



 掴みかかりそうになったガレリアを、父が止めた。


 彼に間に立たれ、ガレリアも渋々引き下がる。



「しかし、よく知っているな、エデル。日頃の勉強の賜物か?」



 いや、千年前では常識レベルなのだが。


 と言うか、千年前にもそうやって魔力の量が少ないという理由だけで、迫害されたり馬鹿にされていた才能の有る者達が多くいたのだ。


 そういう者達を自らの下に集め、指導し、優秀な【賢者】に育て上げたことも何度かあったか。


 などと、怒りに震えるガレリアと、焦るアビスの間で、エデルはのほほんと昔を思い出していた。



「さて、本題だ」



 ぱんっ、と仕切り直すように手を叩き、父が言う。



「これから山に入り、最後の特訓をする。明日から王都の魔術学園に行くための、最後の鍛錬だ」



 言いながら、父が指し示した先は、数千フィート程先に見える、木々の生い茂った山だった。



「最近、我が領地内を騒がせている〝魔物〟を倒しに行く」




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