第12話 結末は、ハッピーエンドには思えない
「月くん。答えはね、『よくやった! これであの女を手に入れる事ができる! 娘? そんなのはお前が……ああ、そうだ! お前ももう不必要になるんだったな。ゴミはゴミと仲良くしているがいい』なんだよ」
「……は?」
回答の意味が掴めなかった。
あの女とは誰の事なんだろうか。
それに不必要っていうのはどういう意味なんだ?
「ふふっ、やっぱり分からないよね。あの女っていうのは、私のお母さんの事なんだ。尼子宗大はね、私のお母さんの事が好きだったの。でも、私のお父さんとライバル関係にあったから、お父さんの好きな人を奪って、自分が上だって思い知らせたかったらしいの。おかしいよね、そんな考え」
「……分かるかよ、そんな話。ヒントとか何もなかったじゃないか。分かる訳がない……」
「お父さんが無理心中を図ろうとしたけど失敗しちゃって惨めに自傷して自殺した後、お母さんを囲うために借金を全額返済したの。でも、私も美羅も不必要だったから捨てられそうになっていたの。でも、美羅は尼子グループにしがみついて、私を救ってくれたから、今度は私が美羅を救う番だったの。だから、尼子宗大の物語を修正して、美羅を救う物語にしたの。この物語は私たち二人が生きるための物語だったの」
「他人を犠牲にしてまでもか?」
古城有紀は当然心を痛めている。
錦屋いなりに会えないと言ったのはやはり罪悪感からなのだろう。
錦屋いなりは、自分の物語のために踏み台にされて、あんな目に遭ったのだから。
「うん。呪縛から逃れるためには必要な犠牲だったの。そう思わないと、私だって苦しいもの」
言葉とは裏腹に有紀は笑みを浮かべていた。だが、その笑みにもう薄幸さは存在していなかった。
変わってしまったというのか。
俺が知っている頃の有紀とは別人になってしまったというのか。
「でもね、一番苦しかったのは美羅なの。美羅はね、あの事件の時……そう、三日目の聞き取り調査の次の日、藤沼に呼び出されていたの」
有紀は言いにくそうな表情をして目を閉じた。
「……私は辱められたんですの、誰も来ない廃屋で……気絶するまで……何度も何度も……」
美羅は有紀の胸に顔を埋めたまま、低い声でそう告げた。
その記憶が蘇ったのか、美羅の顔が一気に青ざめ、尼子美羅の瞳から光が消え去った。
「だから、私がいじめをしていたと名乗り出たの。分かった、月くん? 美羅を守りたかったの、獣から……ね。だから変わる必要に迫られていたの。不必要だと言われた私が、私を必要としている人のために犠牲になったの」
藤沼のDNA型が一致した強姦事件が数件あったと書いてあったが、もしや尼子美羅もその中の被害者であったというのか?
そういえば、じいさんが口を閉ざしていた理由は、これだったのか……。
そうだとしたら、俺は……大馬鹿野郎だ。いや、違う。被害者に石を投げていたクズそのものだ。
「それにね、三週間前、美羅はね、藤沼に押し倒されたの。それでね、下着の上からまさぐられながら、『今度は孕ませてやるよ』とか囁かれたんだよ。月くん、おぞましい事だと思わない? だから、私が物語を書き直したの。藤沼を殺せばそれで終わるかもしれないけど、それだと同じ穴のムジナじゃない。だからこうするしかなかったんだ」
「……」
俺は言葉を失っていた。
これは、愛する尼子美羅を救う物語であったのだ。
その事に俺は気づきもしなかった。気づいていたとしたら、藤沼善治郎が地獄に落ちるよう仕向けていた事だろう。
いや、待てよ。
藤沼善治郎が誰かの意思で動いていたかのように思えるのは何故なんだ?
古城有紀がそういう風に言っているだけなのか、それとも……。
「みんなには悪い事をしたって思っているよ。でも、その痛みは中等部の頃の傷が今頃出て来たって思って欲しい……なんて虫の良い話だけど、そう思っているの。思い込みたいの。ありがとう、月くん。月くんがね、もしもの時と思っていた仕掛けた導線に従って行動してくれなかったら、私は藤沼に殺されていたかもしれなかったんだよ。ホントはね、傷害致死も加われば良かったんだけどね」
「……」
俺は言葉を失っていた。
美術室での出来事が尼子美羅の狂言である事に気づけば、俺は古城有紀にたどり着いていたかもしれない。
ここで藤沼と尼子美羅が会っているかのように演出をしていたのは、藤沼とはここで決着を付ける予定だという導線のための自作自演であった。
「月くんはね、深読みしすぎなの。私が転校してね、音信不通になった時、素直に終わったんだって思えば良かったのに。そうすれば、納得できたのに。私は悪い女の子なの。俗に悪女って言われるかもしれないけど、月くんを手玉に取っちゃうような、みんなが傷つくのを平気な顔で見ていられるような悪い女の子なの。だから、軽蔑して嫌いになってね、私の事を」
これは、欲にまみれた大人達の中で儚くも美しく生きようとしていた二人の少女の物語であった。
もし、俺がその物語にたどりついていたとしても、見て見ぬ振りをしていたかもしれない。
物語があらぬ方向に向かっていたら軌道修正したりしたかもしれない。
この物語に出て来た大人達はあまりにも卑しかった。
そんな大人達に救いの手を差し伸べるほど俺はできた人間ではないし、義憤さえ抱いて手助けしたかもしれない。
そんな事を知ったら、探偵失格ではあるんだろうが。
「私達の物語はここで終わり。月くんは、この言葉の意味を近い将来知る事になるよ。これでようやく羽ばたけるの、輝ける未来へと」
古城有紀は尼子美羅を抱擁しながら、薄幸そうに微笑んだ。
二人の物語は、ここでハッピーエンドを迎えたと言いたげに……。




