第3話 呆気なく終わるシキの謎
――――――――――5月31日 16:30
図書室は不自然なほど賑わっていた。
眠り猫シキの話が出る前に何度か来た事がある。
その時は閑古鳥が鳴いていたレベルであったはずだ。
それがどうだろうか。
眠り猫のシキが鳴くなどという噂が立ったからなのか、満席な上、立ち見客らしき人までいるではないか。
これぞ、シキちゃん効果である。
「凄い人なのです」
ここまでになっているとは、いなりも知らなかったようで、圧倒されたように出入り口で固まってしまっていた。
この図書室の蔵書は六万冊程度だと記憶している。
入りきらない本も多く、そういった本は別室で補完しているという話だったはずだが、補完場所がどこかまでは耳にした事がない。
収容人数というべきか、図書室にある座席の数は百程度あるので、それなりの広さがある。
眠り猫シキの人気が凄まじいというべきなのか、猫の置物が鳴く怪異を目の当たりにしたい人が多いのか分からないものの、図書室が満杯に近いのは事実であった。
「猫の鳴き声が人を呼ぶんだから、シキは眠り猫のように見えて、招き猫ってところなのか?」
「なのです」
出入り口で立ち止まっていてはいけないと思い、図書室の中に歩を進めると、いなりも俺に倣うように図書室に入って来た。
「位置関係は……」
入って右側のところに返却用のカウンターがあり、そのカウンターに続くように貸し出し用のカウンターがある。
そのちょうど中間の位置に、眠り猫のシキが鎮座していた。鎮座というよりも、安眠していた。
カウンターのさらに奥には扉があり、『図書準備室』という表札が扉には掲げてあるけれども、何があるのかはこの位置からでは目視できない。
図書準備室からカウンターまでのスペースは、図書委員の領域というべき場所のようである。
二人の図書委員が椅子に腰掛け、図書室内の様子を困ったような顔をして見つめていた。
こんなに人が来てしまって、戸惑っているといったところなのだろう。
「ん?」
カウンターの中にいる図書委員の一人に見覚えがあった。
中等部の時、同級生だった五十嵐麗子であった。
切れ長の目が特徴的で、目つきが多少鋭いせいか、常に睨まれているように思えてしまう。
髪は腰の辺りまであるのだが、うなじが見えるちょうど良い位置で髪を結んでいた。
昔から麗子はこの髪型だった気がする。
五十嵐麗子もまた錦屋いなりと同じ白ワニ事件の関係者であったりするが、俺とはあまり接点がない。
どちらかと言えば優等生の位置しているせいなのか、性格は結構きつめで、他人の領域にも平気で踏み込んでくる傾向がある。
そのせいか、好き嫌いがはっきりと分かれており、とっつきにくい印象がある。
「……」
麗子が俺を見て、そして、いなりを見て、眉間に皺を寄せた。
「……何があったのか知っているぞ」
ぽつりと麗子が呟いた。
そして、俺といなりを交互に見つめて、もう一度眉間に皺を寄せた。
「何の話だ?」
俺は麗子を真似したワケでもなく、眉間に皺を寄せた。
何を知っている?
眠り猫シキの話なのか?
「いなりにも来たみたいね」
その言葉の意味を確かめるべく、いなりを見ると、その顔から生気が抜けたかのように青白くなっていた。
「だから、何の話だ?」
いなりがここまで青ざめていた、今の言葉はどういう意味なんだ?
『何があったのか知っているぞ』
麗子は何を知っているというのだ?
「レイちゃんにも?」
顔を蒼くしたまま、いなりが確認するように麗子に言う。
その返答なのか、麗子は眼を閉じて頷いた。
「亡霊なのです?」
「私にはわからないわよ、そんな事は」
麗子は突っぱねるように言い放ち、俺の事を値踏みするように見つめてくる。
「あなたはシキちゃんの件で?」
「いなりに頼まれたからな。シキちゃんが化け猫になってない事を証明してくださいって、な」
「あなた、バカね。置物が鳴くなんて噂を信じているの?」
麗子は鼻で笑い、愚か者を見る目で俺をねめ付けた。
「俺は信じちゃいない。頼まれたからなんとなく見に来ただけだ。噂の類いなんだろうけどなぁ」
拒否できそうもないいなりの威圧感で否応なく、とはさすがに言えず軽く誤魔化した。
「ふふっ、それだけ? 本当にそれだけ?」
「ああ」
あまり首は突っ込みたくはないが本音だ。
何かがひっかかったため、錦屋いなりの依頼というべきか頼み事に関わってみようなどと思ってしまったところもある。
錦屋いなりから話しかけてくるという不自然さが気になったのだ。
俺が避けているのを知っているはずなのに、話しかけてきた理由を。
「で、君はシキの鳴き声を聞いた事があるのか?」
「ないわよ。置物は鳴かないわよ」
麗子ははっきりと言い切った。
「でも、図書室で猫の鳴き声が聞こえたっていう話が出ている。それについて図書委員としてはどう思う?」
「迷惑ね。本を読むわけでもない、物見遊山の人たちが図書室に集っているのは迷惑よ。迷惑なのよ」
麗子は俺など眼中にはないように図書室に詰めかけている学生達を流し見ながら、聞こえよがしに声音を上げてそう言った。
キツいと言うべきか、性格が悪いと言うべきか、はっきりともの申すというべきか。
今の麗子の言葉が聞こえているだろうなと思って図書室を見回すと、当然聞こえていたようで、気まずそうに視線を彷徨わせている人たちが多数いた。
元から図書室を利用している人たちは聞いてもいなかったようで、黙々と本を読んだり、勉強を続けていたりした。
「じゃあ、猫の鳴き声は聞いた事はあるのか?」
「ええ、あるわよ」
「この図書室で?」
「ええ、当然よ」
麗子は俺の目を睨み付けながら、バッグをカウンターの下から取り出し、カウンターの上に置いた。
バッグの中をまさぐり、スマートフォンを取り出した。
「鳴いたのは、これよ」
麗子が何か操作したのか、
『にゃ~』
スマートフォンから可愛い猫の鳴き声が奏でられた。
「……なるほど。これで解決、と?」
「ええ、メールの着信音を猫の鳴き声にしておいたのよ。そうしたら、変な噂が広まってしまって、こんな状況よ。私のミスよね。なんでこうなってしまったのかしら」
麗子は深くため息をついた後、肩をすくめて見せた。
「そう……それで解決よ」
そんな俺と麗子との会話が聞こえていたようで、図書室に来ていたシキの噂を聞きつけて集まっていた連中が『何だよ』『つまんねえ』とかそんな愚痴にも似た言葉を吐き捨てながら図書室からぞろぞろと出て行った。
勝手なものだな。
残ったのは、俺たちと図書室を必要としていた幾人かだけだった。
眠り猫シキに対しての愛なのか、怪異を見に来ただけの野次馬なのか分からなかったが、これが図書室の本来あるべき姿なのだろう。
「……さて」
俺は麗子を見て、そして、いなりを見た。
「俺は屋上にいる。後で釈明を聞こうか」




