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第049話 「勇者の香り」

 うっすら意識を取り戻す。


 いつものハクビの心音を感じる。


 意識がだんだんとはっきりしてくる。


 知らない天井、知らない部屋。


 腕に巻き付いている妹を撫でてやった。


 部屋に居るのは僕とハクビだけだ。


 ハクビは既に起きていたのか、僕が撫でると起き上がって、横になっている僕の横に座った。


「キョウ兄、おはよう」


 ハクビは人型に戻っていて、また成長している。


 まだ幼さが残るけど、もう女性と言ってもいいくらいになっている。


 胸の膨らみも目立つ……


 とっても美人さんだ。


 僕は少し恥ずかしくなったけど、ハクビが抱きついてきて顔が見えなくなって落ち着いた。


 ハクビは少し泣いている様だ。


 僕も強く抱き返した。


 自然と涙がでる。


 本当に危なかった。


 味わったことのないくらいの死線だった。


 ハクビも同じように感じてるんだろう。


 あんなに死に近く直面していたのは初めてだ。


 灰龍 ガーシニアの時も危なかったけど、今回はもっと死がリアルに感じられた。


 ヘルハザードの気分次第で間違いなく殺されていた。


 生きているという実感。


 また2人でいられること。


 あたりまえになっていた平和な毎日が、不安定なものであることを改めて思い出す。


「キョウ兄、あの時、本気で逃げろって言ったでしょ」


 ハクビが呟く


「あぁ。そうだね。

 逃げてほしかったよ」


「もうあんなこと絶対言わないでよね」


 すこし間ができる。

 けど答えはもう決めてある。


「あぁ。悪かったね。

 もし死ぬなら一緒に死のう」


「わかっているならいいわ」


 顔が見えないけど、満足そうな顔をしてるのが手に取るようにわかる。


 あの時確実に死ぬとわかっていて、ハクビはあの死線に戻ってきたんだ。


 どうにかなると楽観出来る相手じゃなかった。

 どう転んでも敵わない相手だった。


 ハクビは間違いなくそれが分かっていた。


 けどそれでも戻ってきた。


 逆だったとしても、僕も絶対あの死地へ戻ってハクビと一緒に死ぬことを選ぶ。


 置いて逃げるなんて出来るわけがないんだ……



 同じなんだよな。


 ハクビも僕も。


 僕は直ぐに自分の気持ちだけを優先させてしまうんだ。


 そこは反省しよう。




 ♢




 しばらくするとノックが鳴り、ジャックが部屋に入ってきた。


「よぉ、大丈夫か?

 また成長したみたいだな。

 もう俺よりもでかくなったんじゃないか?」


「うん。そうだね。

 体調は悪くなさそうだよ」


 ジャックに少し遅れてギラン、アモン、ルービア、ドーサルも入ってきた。


 なんだみんな居たのか。


「お元気そうで何よりです」


 僕もハクビも隠蔽魔法で目と耳を隠していないけど、ドーサルが自然に話しかけてきた。


 体の成長についても触れてこない。


 ジャックが事前に話しておいてくれたのだろうか。




 ドーサルが事件の顛末を説明してくれた。


 僕は丸1日以上意識を失っていたらしい。


 ハクビは僕が意識を失うとすぐに少女の体に戻った――もう少女じゃなく女性になったけど……


 すぐに僕を地上に運んで、ダークエルフ達を捜索するようにルービアとギランに伝えた。


 ルービアもギランも騎士団と道場の人員を総動員して街中を捜索したがダークエルフ達は見つからなかったらしい。


 ホブゴブリン達の存在は街の人たちには伏せられている。


「ウロボロスへ協力していた店主達からは何か分かったの?」


「それが店主たちは何も知らないというのです。

 先祖代々出入口やローブの男達については知っていたが、合言葉を言えるものだけを通すことだけをして、自分達はそれ以上詮索しない事を通してきたというのです。

 決まっているのは合い言葉だけ。

 少なくとも5世代以上前から決まっていた仕組みとのことでした」


 そうか。


 ダークエルフ達は数百年も前からエステルの地下に根を張って魔王召喚を目論んでいたのか。


 寿命も人間とは違って長いのだろう。


 あの地下空間の主はダークエルフ達で、彼らは出入り口を使わなくても移動できる。


 それに必要とあれば人間に化けることもできるのだろう。


 僕らの隠蔽魔法の様に。


 見つけるのは困難だろう。





 ホブゴブリン達は現在はエステルの収監所のにいるらしい。


 ウロボロスの連中はダークエルフ達に力を与えることができると甘い言葉で誘われて、あの地下空間に足を踏み入れ、あの魔法陣と魔獣の血を使ってホブゴブリンにされた。


 僕とハクビが気絶させたホブゴブリンの中に、ルービアが探していたナイア少年も居たそうだ。


 ホブゴブリン化した後は、ダークエルフの使いぱしりをしながら、ウロボロス傭兵団のまま活動を続けていた。


 意外にも、ダークエルフ達はホフゴブリン達の行動を制限せずに、使いぱしりの仕事さえしていれば、自由に動くことを許可していたらしい。


 ナイア少年は急に強くなったウロボロスに憧れをもち、リーダーの大剣の男に付きまとっていた結果、ダークエルフの目にとまってしまいホブゴブリン化された。


 ルービアはウロボロスをルービア直属の騎士団員として迎え入れようとしているらしい。


 ホブゴブリン化した者達は格段に身体能力が上がっているようだし、戦力として考えれば心強いだろう。


 ホブゴブリンを捕らえた僕に、ルービアが引き取ることの許可を求めてきた。もちろん僕はルービアの好きにすればいいと答える。


 けど、そんなことを騎士団が簡単に許すのかは不思議だった。


 後でドーサルがあきらめた顔をしてこぼしていたけど、ルービアは今回の件で正式にシュメールの後継者候補からは外れて、シュメールの名前自体も捨てる覚悟でホブゴブリン達を引き取ることを主張したらしい。


 確かにシュメールの後継者がホブゴブリンを連れていたらまずいのは分かる。


 けど、ルービアはもう迷わないのであろう。


 自分の気持ちを優先させている。


 僕の変なアドバイスが原因なのかな……

 少し責任を感じる。




「あのヘルハザードという者のことは未だに国にも報告しておりません。

 ギラン様とも話し、国にどう報告するかはキョウ殿にお任せしようと決めております」


 ドーサルが言う。


 僕は改めて魔法ヘルハザードのこと、そして魔王グルカゴンのことを隠すことなく聞いたこと全てを話した。


 みんな青ざめていた。


 それは僕も同じだ。


 今、ヘルハザード級の戦闘力を持つ者に襲撃されたら簡単に殺されてしまう。


 しかもこの国の女性達を奪いに来るなんて気持ち悪い理由で。


 ヘルハザードはしばらくはこの大陸に来れないらしいけど、グルカゴンはいつ来てもおかしくないという話だった。


 魔獣達を連れてくるのはないらしいから、グラディウムの悪魔の言い伝えとは少し違う違うようだけど、本当にこの大陸で大虐殺が起こるかも知れない。


「そいつらの言った通り、しばらくどっかの小さい村に隠れるって選択肢はないのか?」


 ジャックが真剣な顔で聞いてきた。


「あっ? それは考えてなかったな」


 自然に思ったままを答えた。


 言われてみれば、とりあえず僕らだけでエステルの街を出るという選択肢もあるのか。


 とりあえず逃げるという選択肢。


 確かに賢い選択かも知れない。

 勝てない戦いはするべきじゃない。




 けどそれは嫌だな……


 なじみの食堂のおばちゃん、近所の人達やクザン道場のみんなが虐殺されるなんて嫌だ。


 これまでの旅で出会った色んな人達が侵略者に奪われるなんて嫌だ。


 それを自分達だけ隠れてやり過ごすのは……やっぱり嫌だ



 すこし思考を動かした後に僕は付け加える。


「何ができるかわからないけど、

 僕は戦うよ。魔王の虐殺は止めたい」


 ジャックは笑顔になる。


「かぁーーー!!

 かっこいいよな! 我らが勇者様はよ!

 俺もついに勇者パーティの斥候だぜ!」


 ジャックが変にテンションがあがって僕の肩をバンバン叩く。


 勇者って、僕もグラディウムの悪魔の1人なんだろうけど……


 ギランもアモンもルービアもドーサルも何故かうれしそうだ。


 そして口を揃えて自分達も一緒に戦うことを宣言した。


 勝ち目はすごく低いと思うんだけど良いのかな……

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