第040話 「両親の想い」
当主は僕とハクビとジャックを道場の奥の個室に連れてきた。
奥さんであろうアモンの母も一緒についてきている。
アモンはついてこない。
道場で皆と一緒に後片付けをしている。
個室のドアを閉めると、すぐに夫婦そろって僕らに深々と頭を下げた。
「息子に修行をつけてもらい、
そして、息子を憶病者じゃないと言って下さり本当にありがとうございます。」
あれ? いきなり雰囲気が変わった。
「アモンは小さい頃から優しくて困ってる子を見たら手を差し伸べられる子なんです。
けど、泣き虫で弱虫でちょっと抜けてる所があるからよく周りの連中にもからかわれたりします。
けどそれでもあいつは捻くれずにまっすぐ育ってくれました。
泣きながらでも人に手を差し伸べられることが私達の誇りだったんです」
「じゃあ、そのままでいいじゃないの」
ハクビはまだ少し不機嫌に見える。
「はい。私達もそう考えていました。
しかし、そうもいかなくなっていたのです」
当主は語り始めた。
「前にアモンの闘気が暴走し他の門下生に大ケガをさせてしまうことがありました。
アモンは酷く落ち込み闘気を使うこと自体も避けるようになっしまいました」
その話は聞いたことがある。
「私達はアモンに武道を強制するつもりはありませんでした。
そもそも人を傷つける事を酷く嫌うアモンは武術に向かないと考えました。
だから、アモンに言ったんです。
『別に武術続けなくていい、お前の好きな事をやればいい』と」
確かに武術には向き不向きはあるのかもしれない。
「そしたら、あいつ真剣な顔して言うんです。
『オラはキザンの武術が好きで道場のみんなも好きだから、道場を継いでキザンを守りたい。それは諦めたくない』って。
あいつは本気でした。
だから、私と上級の弟子達で試行錯誤しながら、どうにかアモンの闘気を引き出そう発破をかけていたんです。
しかし結果はご存知のとおりです」
そうか。
だから大人鬼人はアモンに絡むようなことをしてたのか。
「この人ね。
今もこんな事言ってますけど、家では本当にアモンに甘やかして叱ったりもしないんです。
だから、アモンを叱るのは昔から母親の私の役目なんですよ」
「いいだろ、オッカー。
今、その話は!」
良い家庭なんだろうな。
とても暖かい感じがする。
「それで数週間前から近所に越してきた女の子と仲良くしてもらってるって聞いてたんです。
すごく強くてアモンを助けてくれたって。
あいつがあんなうれしそうに話をしてくれるのは久しぶりでした。
だから、ウチの上級の弟子が女の子に負けたと聞いて、すぐにアモンを最近助けてくれる子だとわかりました」
「俺は、そいつに倒されてるけどな」
ジャックが恨み節をつぶやく。
「その際は、大変失礼しました。
後でしっかり謝罪させてください」
「やめてくれよ。そんなつもりで言ったわけじゃねぇよ。
俺だって倒すつもりで挑んで単純に負けたんだ。
恨みはねぇよ」
ジャックは肩をすくめて話を戻すよう促す。
「ありがとうございます。
話を戻しますと、その女の子がこの公開試合に向けて修行をつけてもらってると聞きました。
アモンがすごくがんばってるのがわかりました。
そして今日、息子の変化に驚きました。
あのアモンが闘気を纏って上級弟子を一撃で倒したんです。
飛び上がりたい程うれしかったですよ」
本当にうれしそうに話すキザンの当主は、もう武術家の顔ではなく息子を溺愛する父親の顔になっていた。
「だから皆さんには、本当に感謝しています。
また泣き虫の件について、改めて撤回します。
本当にありがとうございました」
母親と共に深く頭を下げる。
♢
「ここからは、私の個人的なお願いとなります」
一気に武術家の顔に戻った。
「改めまして、わたくし、名をギランと申します。
アモンをこの短期間であそこまで鍛えてくださった。
そして、闘気のたたずまいからして、凄腕の武人かとお見受けします。
厚かましいのを承知ですが、お嬢さん、私と一戦立ち会い頂けないでしょうか」
「いや、そもそもアモンにーー」
ハクビが言いかける前に僕は割り込む。
「いいじゃないか。ハクビ。
お相手してあげれば。
そもそもアモンの修行を見てあげていたのもハクビなんだ」
嘘はついていない。
ハクビはアモンの足跡修行にはだいぶ付き合ってやっていた。
ハクビはちょっと不満気な顔をしたが答える。
「まぁ、いいわよ。
何も減るもんじゃないし。
相手してあげるわよ」
ギランの話を聞いて機嫌は直っているようだ
♢
ハクビとキザン当主ギランの立ち会いが行われることになった。
個室から戻ると、既に門下生以外のギャラリーは帰っていた。
アモンを含む門下生達は全員正座をしながら当主の戦いを見守る。
アモンの父、つまりキザン当主ギランは強い。
闘気の感じから分かる。
ハクビもある程度力を出さないと苦戦することもあり得るかもしれない。
道場で向き合うと同時にお互いが闘気をまとう。
ハクビはコントロールできる範囲の全快の闘気を纏った。
手加減はなしだ。
「はじめ!!」
審判のハジメの合図のが発されるか否か、
「負けました。立ち会いになりません」
ギランの素早い反応にハクビは少し驚いていた。
「思った以上にやるようね。
で、どうするの? 終わり?」
「師匠、何言ってるんですか?
こんな女の子に――」
元気の良さそうな鬼人の青年が言う。
「黙れ、誰一人動くな。
口を閉じろ!!」
ギランはピシャリと怒鳴る。
「お嬢さんには我ら道場の者全員でかかっても敵わん。
それがわからないからおまえらは未熟なのだ」
ハクビの闘気を感じ取れた上級の門下生達は青い顔をして押し黙っている。
「もしよろしかったら、ひとつ稽古をつけて頂けないでしょうか」
真剣勝負の立ち会いでは完敗で相手にならないことを認める。
その上で稽古という形で教えを乞う。
手合わせするのは最初と変わらないが、ギランなりの筋なのだろう。
まぁ、間違っても殺さないでほしいという意味もあるのかもしれない。
真剣勝負なら殺されても文句は言えないだろう。
すごく実戦を意識している道場のようだから。
以外に食えないのかもな……このオジサンは。
「いいわ。来てみなさい」
「ありがとうございます。
それでは改めまして。
はっ!」
ギランは強い闘気を纏う。
久しく見ていない強者のものだ。
ハクビの7割くらいあるんじゃないか?
お互いジリジリと間合いを読む。
ギランが先に動いた。
一気に踏み込んでからの上段突き。
ハクビがギリギリで交わすと、ギランはそれを待っていたかの様な中段蹴りを繰り出す。
ハクビは体を反転させて蹴りを避ける。
それと同時に懐に踏み込みギランの喉元に寸止めの突きが添えられた。
「参りました」
ギランがはっきりと発声する。
勝負は一瞬。
初級者の門下生じゃ何があったのか目で追えないだろう。




