第038話 「土俵の足跡」
家の裏の林の中、適当な平地にハクビとアモンを連れてきた。
ジャックはついてこなかった……
「いいかい、アモン。
君は闘気の暴走が怖い。
そしてそれが人に向いて大ケガさせるのが怖い。
だから、これからは君の闘気を地面に受けてもらおう」
「は、はい」
「じゃあ、ハクビ。
一定の出力で足の裏に闘気を込めて足跡をつけてみて」
《ボゴ、ボゴ》
ハクビの下に3センチ程度の深さの足跡ができる。
「アモン、見てごらん?
2つの足跡は均一に同じぐらい凹んでるだろ?
これからアモンにはひたすら足跡をつけてもらう。
一定の出力で闘気を放つ練習だ。
暴走しても地面が受け止めてくれるから安心だ。
好きなだけ練習できるよ。
それに君には特別に丈夫な地面を用意してあげるよ」
僕は適当な丘になっている部分から、土魔法で土を運び一気に圧力をかけて密度を濃くして固くする。
そして、相撲の土俵の様なものを作った。
「お、お兄さん、魔法も使えるんですね」
アモンは目を丸くしている。
そうかハクビは魔法が使える事をアモンに言ってないのか?
確かにワザワザ魔法使う場面もないだろう。
それに、目立つことはなるべく避けるようにとも言いつけてあるし。
「うん。僕は魔法使いなんだ。
けど秘密にしてるから他の人には言っちゃだめだよ」
「はい。大丈夫です。約束します」
アモンはまっすぐな目で答える。
信用して良さそうだ。
「ほら、この土俵が君の練習場だ。
試しに全力で足の裏から地面に向かって闘気を放ってごらん」
「フン」
アモンは足に力を込めるが闘気が伝わらない。
「フン」
2回目、少し闘気がでているが地面には何も変化がおこらない。
「フーーン!」
3回目、メリっと音がして5センチくらい凹む。
アモンはそのまま尻もちをつく。
不安定だけど瞬間的にほぼ100パーセントの出力がでたのだろう。
たいしたもんだ。
この硬さの地面を5センチ凹ませられるなんて。
「ハァハァ」
アモンは闘気の暴走に座り込んで息をきらしている。
「どうだい? 今のが精一杯かい?」
「はい。
今のは闘気すごくいっぱい出たと思います」
「そっか。じゃぁ、全力で5センチ程度だ。
これから2週間、君はこの土俵で1センチ程度の足跡を一定してつけれるよう練習してみるといい。
1センチより少なくても多くても失敗だ。
一定であるってことが一番大切だよ」
「はい。
オラ、やってみます」
『もっと実践的な事を教えてくれ』とか言うかと思ったけど、アモン少年は素直に僕の修行方法を受け入れてくれた。
信頼してくれている感じがする。
それに僕をすごく尊敬していることが伝わってくる。
ハクビは何を話しているのだろう?!
「土俵が足跡で一杯になったら、僕がまた平に直してあげるから好きなだけやるといいよ」
僕はそう言うと土俵をあとにした。
ハクビはしばらくアモンの足跡稽古を見てやるらしい。
家に帰ると、ジャックがすっかりいつもの調子を取り戻していた。
安心した。
立ち直りが早いのもジャックの良いところだ。
次の日の早朝に土俵に行くと足跡でいっぱいになっていた。
深さはてんでバラバラ。
5センチクラスの深さのものもいくつかある。
全力の闘気暴走を繰り返したら気絶するのではないだろうか?!
僕は土魔法で土俵を昨日と同じ状態になるように整地する。
それから2週間、アモンはひたすら足跡をつけ続けた。
思った以上に根性があるようだ。
足跡の修行はとてもつまらないものだろう。
けど、毎朝早くに整地のために土俵に行くと、前日よりも多い足跡が確認できる。
闘気の暴走が減って、つけられる足跡が増えているのだろう。
ハクビは時間を見つけては、アモンの修行を見てやっている。
アモンだってどうにかしたいとは思っていだのだろう。
どうしたらいいかわからなくてどうしようもなかった。
アモンが本気なのは十分に伝わってくる。
公開戦の前日。
まだまだ完璧とは言えないけど、ある程度一定の足跡がつけられるようになっていた。
「よし、今まで足の裏だけに込めてたい闘気をおヘソの下の丹田に込めてみるんだ。
足裏で1センチ凹むだけの闘気量だ。
やってごらん」
足跡修行の甲斐あってアモンはすぐに闘気を体全体に纏えるようになった。
「いいぞ。アモン
これが闘気を纏うということだ。
明日は闘気を纏って相手の攻撃をひたすら受け続ける。
そして、相手が疲れて連続攻撃が途切れたら、闘気を纏ったまま相手を強く押すんだ。
難しく考えなくて良い。
この2つだけを考えて試合に臨んでごらん」
「はい!
ありがとうございます!」
アモンは前よりハキハキしている様に見える。
♢
公開試合当日。
ベルは用事があるという事だったので、僕とハクビとジャックで公開試合を見に来た。
キザン道場は家から徒歩10分程度の距離にある。
アモンの家もすぐ近くだ。
木造のガランとした道場は使い古されてくたびれているが、手入を怠らず毎日掃除してるのかピカピカだ。
多くの人で賑わっていた。
黒い道着をきた門下生達は鬼人族が一番多いけど人間と獣人もいる。
今日は公開試合と言うことで一般の人達も見に来ている様だ。
ギャラリーがたくさんいる。
先に来ていたアモンは僕らを見つけてうれしそうに会釈をする。
アモンの横には鬼人族の女性がいる。
おそらくお母さんだろう。
優しくアモンに話しかけている。
物静かでとても柔らかい雰囲気の女性だ。
「アモンのやつ、ちょっと雰囲気変わったか?
なんか前と感じが違うな」
ジャックが不思議そうにアモンを見ている。
不安定でダダ漏れだった闘気がだいぶコントロールできるようになり、無駄に闘気をまき散らす事がなくなった。
ジャックもその違いがわかるって事は、だいぶ闘気が使えるようになっているのかもしれない。
僕の教えは絶対に受けてくれないから、修行の進捗は分からないけど……
道場の一番の上座には2メートルを超える鬼人がこちらを見ている。
「キョウ兄、
あのオジサンだいぶ闘気がつかえるわね」
「うん。かなりできるね」
おそらく、道場主なのだろう。
もちろん闘気を撒き散らしてるわけてはないが、闘気を抑えている状態でもどのくらいの闘気の使い手かを測る事ができる。
それはあちらも同じだろうから僕らが気になったのだろう。




