第036話 「一軒家での暮らし」
エステルの一軒家での生活は規則正しい。
朝起きると皆んなで朝ごはんを食べる。
ここでの主食はパンとチーズ、卵などを食べる。
料理は主にハクビが担当する。
食事が終わるとベルが昼過ぎまで僕とハクビに読み書きを教えくれる。
全く知らない文字なので最初は難しそうに感じていたが、仕組みをわかってしまえばベルの言った通り簡単にマスターできそうだった。
僕らは既に音としては単語も文法も覚えているから、その音が読めて書ければいいわけだ。
前世での言葉である日本語と異なりこの世界には漢字がない。
だからアルファベット程度の文字にそれぞれ音が決まっていて、それを組み合わせて文にしていくイメージだ。
言うならば、ここでの文字は日本語をローマ字で表しているだけだ。
ローマ字の種類と音を覚えてしまえば、自分の知ってる音通りの言葉を文字にして書くことができる。
ハクビは読み書きの勉強は性に合わないらしく数回で飽きてやめてしまった。
最近では午前中の時間はジャックと街を散策しているか、隠密の動きの指導をしてあげているらしい。
もしくは既にガキ大将まで登りつめた近所の子供達と遊んでいる。
午後は森に入り広大な森の端の方で僕とハクビは闘気と魔法の修行をする。
これ以上の力は必要ないのだけど、魔法と闘気の修行は僕らの日課になっていたし、何があるかわからないので鍛えておいて損はないだろう。
ベルは時間があえば一緒に森に入るけど、基本的に午後は別行動をしている。
エステルの知人に会ったり、グラディウムについてベルなりに再度調べてくれているようだ。
ジャックは僕たちと一緒に自分の隠密の動きの修行をしている。
とても真剣だ。
しかし、僕のアドバイスは絶対に受けつけない。
「俺はおまえの教えは受けない。
俺はおまえの斥候であって弟子じゃないからな!」
ジャックはカッコつけてそう言うが、僕の妹にはペコペコ頭を下げて色々教えてもらっている。
ハクビの修行内容は僕が考えているし、修行方法を考えるのはわりと得意だと思っている。
だからハクビがジャックに教えている修行方法も、僕がハクビにアドバイスしたものなわけで、間接的には僕の教えを受けてるわけなんだけど……
まぁ、それは置いておこう。
魔獣狩りは週に1度だけにしている。
なぜなら、最初の頃にハイペースで魔獣を換金していたらすぐに余る程のお金が貯まったし、あまりに目立ち過ぎるのは僕達の立場を悪くするかもしれないと考えたからだ。
ビルデガルの関係者が僕やハクビ、そしてジャックの存在に気づいたら面倒だ。
♢
ここでの生活も1か月が過ぎた。
残念ながらグラディウム大陸の新しい情報は得られていない。
しかし、暮らしは快適だ。
一軒家に住んでいるのでご近所さんと顔なじみになり、よく行く食堂や商店の人達ともよく話をするようになった。
みんな気さくに話かけてくれて、僕も気持ちよく会話出来ているように思う。
人々は暖かい。
前世では知らなかった。
前世でも暖かい人はたくさんいたのだろうけど、僕がそれに気づけなかったのだろう。
前世の僕の世界は冷たい寒色の一色しかなった。
今の僕の世界は暖色の彩りで溢れている。
泣き虫でお調子者のサルと家族達が与えてくれた世界だ……
ハクビは男勝りで面倒見が良いので、近所のガキ大将みたいになっている。
一応裏の世界で殺し屋をやっているジャックお兄さんがハクビの教えを受けているくらいだから、近所の子供達が勝てるわけはない。
「喧嘩はしてもいいけど、大怪我をさせるのはダメ。
小突いて泣かすくらいにすること」
頭のいい子だから大丈夫だと思うけど、僕も口を酸っぱくして言い聞かせている。
ハクビは街での生活を楽しみながら、充実した毎日をおくっているように見える。
もちろんコロンの事を考えて2人で暗い気持ちになることはあるけど……
これから僕らの暮らしがどうなっていくかはわからない。
けど、トトとカカとジジとコロンと再会して僕らの故郷の森に帰れたとしても、それからずっとあの森で5人だけの生活に戻るのべきなのだろうか?
最近はそんなことも考えるようになった。
色んな人達と交流しながら楽しそうに暮らしているハクビを見ると、わざわざ5人だけの生活に戻すことが良い事なのか自信がない。
僕自身もジャックやベルと出来ることならこれからも関係を続けていきたい気持ちもある。
ふと気づいて、強制的に思考を止める。
自分でも認識してるとおり、『どうなっていくかわからない』ことは考えない。
僕の悪い癖だ。




