第029話 「レーザーメス」
トラになったハクビを抱いて街を出た僕は直ぐに近くの森に入って数キロ走る。
適当な平地を見つけてハクビを下ろす。
首輪だ。
とにかく首輪を外さなくてはいけない。
王子を殺した時点では運良く首輪には何もおこらなかった。
けど、首輪の所有権はどうなるんだ?
他の貴族に所有権が移るなら危険だ。
一秒でも早く外さないと。
首輪を通じてハクビに危害を加えるかもしれない。
どうする? 壊すしかない。
できるのか? あの檻を曲げられたんだから首輪だって壊せるはずだ。
けど、同じやり方じゃ無理だ。
ハクビの首が吹っ飛んでしまう……
早くしなきゃ。
こうしてる間にも事態に気づいた貴族達が首輪に何かしてくるかもしれない。
もっと細かく闘気を集中させればどうだ。
けど闘気のコントロールがずれたら、ハクビを殺してしまうかもしれない。
そんなこと絶対いやだ。
無駄な思考を捨てろ。
解決策だけ考えろ。
妹を殺されるぞ。
ダメだ!
絶対にダメだ!
『レーザーメス』
首輪もプリンの様にキレるそんなナイフのイメージが頭に浮かぶ。
これだ!
右手はもう力が入らない。
左手を使う。
人差し指にメスをイメージしてありったけの闘気を込めてみる。
改めて集中して闘気を込めてみて分かるが、今までより圧倒的に鋭く強い闘気が出力できる。
僕の体の中で何かが変わった。
≪パチン≫
「んぉ!!」
激痛が走る。
左人差し指が根元から無くなっている。
切れて落ちたとかじゃない。
言葉の通り無くなっている。
ここまでの欠損は回復魔法じゃ治らないだろう。
今はどうでもいい。
時間が惜しい。
次は中指だ。
薄い闘気の膜が指を覆うよーー
《パチン》
「うぉ!!」
声が漏れてしまう。
いい線いってるぞ。
次、薬指。
よ、よし。固定できた。
撲はハクビの首輪を慎重に持ちながら、レーザーメスになった薬指をゆっくり近づける。
できるのか?
やるしかない。
何も考えるな。
目を閉じて上を向き一息つく。
よし!
メスが首輪にスンナリ入っていく。
イメージ通り首輪に切れ込みが入る。
半分くら切れただろうか――
《パチン》
「うぉ!!」
瞬間的にハクビの首輪から左手を遠ざける。
ハクビの首は?
よし! 切れてない。大丈夫だ。
傷ひとつ付いてない。
僕は深呼吸をして再度左の小指に闘気を集中する。
大丈夫だ。だいぶ慣れてきてる。
慎重に首輪の切れ込みを小指でなぞる。
《カラン》
首輪が切れて落ちる。
よし! やった!!
「ハァ、ハァ、ハァ」
改めてすごい量の汗をかいている事に気づく。
やったぞ!
僕の左手の指は小指と親指だけになってしまった。
改めて意識を向けると今でも手に激痛がある。
けど、どうでもいい。
とりあえずこれで首輪を通じてハクビを傷つけられることもないだろう。
ここはまだソフィーナの街から近い。
周辺の地図を思い出す。
ここから奥はまたしばらく森が続くはずだ。
♢
ハクビを抱いて森の奥深く数キロ走る。
そしてなるべく高い木のテッペンに登り、周りの地形を確認する。
とりあえずここにしよう。
大樹の根の中の空洞も見つけて、ハクビをそこに寝かす。
少なくともここを中心に辺り10キロ程度は森に囲まれている。
すぐ近くに小川と池を確認できたのでとりあえず数日は過ごせるだろう。
外傷が見てとれるハクビをヒールで治療する。
そして布きれを布団のようにかけてやる。
僕も大樹に寄りかかって座り、辺りに注意を払いながーー
突然、意識を失いそうになる……
いや、失っていたのか?
あれ?
トラのハクビが少女の姿に変わっている。
しかも、さっきの少女は小学校低学年ぐらいだったのに、今は小学校高学年くらいまで成長している。
少女はスヤスヤ寝てるので体は大丈夫そうだ。
けど、なんなんだ?!
獣のハクビも明らかに大きくなっていた。
白い毛の中にあったまだらな黒の模様がはっきりして、明らかにトラのそれだとわかるようになっていた。
よくわからない。
何れにせよ、ハクビがネコでもトラでも少女でもなんでもいい。
無事で居てくれればそれでいい。
だいぶ街から離れて安全な場所に居るつもりだけど気は抜けない。
ここで僕が意識を失うのはダメだ。
それは危ない。
体を休めながらも意識が飛ばないように注意する。
しばらくすると辺りが暗くなった。
少女のハクビは静かに寝息をたてている。
すこし落ちついたので、すぐ近くの池に水を調達しにいき水面に写った自分を見て驚いた。
目の黒目の部分が真っ赤になっている。
そして明らかに身長が伸びている。
これもハクビと同じことなのだろうか。
いきなり成長した。
闘気の量と質が明らかに変わった。
檻に入っていた少女をハクビと認識した時、僕は怒りでおかしくなったんだと思う。
今でもハクビがあの檻に入れられた経緯を考えるだけで、胸が引き裂かれそうになる。
王子を殺した。
それは少しも後悔していない。
けど、倒れていた人達は大丈夫だろうか?
必死だったからよく覚えていないけど、少なくてもジャックとベルは息をしていた。
街から出る時に目に入った何人かも息をしていたので死んではいないと思う。
数百メートル圏内の人達を気絶させることができる力。
闘気を飛ばしたのだろうか?
わからない。
♢
ハクビの寝ている大樹に戻ってからどのくらいたっただろう?
暗くなった空がまたうっすら明るくなったころ。
「キョウ兄?」
ハクビが目を覚まして起き上がってきた。
寒いのか布切れをマントの様に体に巻きつけている。
「やぁ、ハクビ」
少女の目を改めて見ると自然と涙が出た。
ずっとずっと会いたかった。
心配でしょうがなかった。
「遅いよ。来るの。
それにやっぱり泣くんだから……」
僕の方に歩いてきて膝の上に甘えて乗っかってくる。
ハクビの目からも涙が流れている。
泣くハクビを見たのはカカから乳をもらってた時期以来だ。
よほど不安だったのだろう……
「うん。ごめんよ」
僕はハクビの頭を撫でてやる。
白銀の髪を持つトラ耳の少女はものすごい美少女だ。
なんかすこし恥ずかしい。
「キョウ兄ボロボロだし。
目も真っ赤だよ。
背も大きくなってない?
あれ、指は?」
「ははは。ハクビもだいぶ変わったよ。指はちょっとヘマして失くしちゃったよ」
僕は笑って答える。
話したい事がたくさんある。
「あそ。じゃぁ、とりあえず見張り交代ね。
次はキョウ兄が休んで。私が見張ってるから」
涙を拭きながら、ハクビが申し出てくれた。
「そうだね。頼んだよ。ハーー」
疲れが限界に来ていたのか、名前を言い終わる前に意識がとんだ。
♢
ボンヤリと意識がもどる。
左半身に乗っている鼓動。
ハクビの心音だ。
安心する……
あれ? コロンはどこだ?
ガバッと起き上がって辺りを見回して今までの事を思い出す。
僕がいきなり起き上がったもんだから、ハクビも驚いて起き上がる。
「おはよう、キョウ兄」
あぁ、ハクビはなぜか獣人の少女になって、今は言葉も理解できる様になっているんだった。
「おはよう、ハクビ」
あまり頭が回ってなくて、獣の時と変わらず、寝起きに美少女ハクビの耳の後ろ辺りをゴシゴシする。
美少女ハクビは獣の時と同じように目を細めて気持ち良さそうな顔をした。
ゴシゴシされて喜ぶところは少女になっても変わらないんだな。
頭もさえてきて、改めて微笑ましく思う。
姿形が変わっても、ハクビはハクビのまま変わらない。
あたりまえだ。