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第002話 「サルが見てる」

 サルがずっと僕を覗き込んでいる。

 敵意は無いように見える。


 思うように動かせない体を試行錯誤し、自分の手のひらを視界に入れる。

 

 紅葉の様にとても小さく、それでいてプニプニして柔らかそうだ。

 そうそれはまるで赤ちゃんの手だ。


 しばらく考える。


 状況を整理しよう。


 意識はとてもはっきりしている。

 これは夢じゃない。

 そして僕はキョウであった記憶を持ったまま赤ん坊に転生している。


 転生?


 好んで読んでいたライトノベルにはよくある設定だけど、転生は亡くなった人間が異世界で新たに生を受けることを言うはずだ。


 僕は日本のあの家で眠っていただけで、死んではいないはずなんだけど……

 

 もしかしたら死んだのかな?

 まぁ、そこは今どうでもいい。


 このサルはなんなのだろう?


 自分の体の感覚に落ち着いて意識を向けて分かったが、僕はサルにゆっくり揺らされている。


 揺れと共に背中を優しく叩かれているのもわかる。

 僕という赤ん坊をあやしているのだろうか。


 僕はおろらく人間の赤ん坊に転生している。

 けど、その人間の赤ん坊をあやしているのはサルだ。


 少なくとも地球では、新生児の日常にサルが出てくることは普通とは言えない。


 だから、ここは地球じゃないどこかの異世界なのだろうか?


「キーキキ、キーキキキー」


 歌なのだろうか? 

 僕の背中を優しく一定のリズムで叩きながらサルが一定の音程で鳴いている。

 いや、僕が理解できないだけで喋っているのかもしれない。


 何時間すぎただろう。

 時の感覚がわからない。


 視界にはずっとサルがいる。

 時々自分の小さい手足も視界に入る。

 

 この状況をなんとか整理しようと頭を働かせていると急に眠気が襲ってきて意識が遠のく。







 次に目を開けると、サルが僕を覗きこんでいた。

 少し驚く。


 やっぱり夢じゃなかった。

 どのくらい寝ていたかわからないが、前と同じような姿勢で揺らされているのがわかる。


「キーキキ、キーキキキー」


 またあの歌みたいな鳴き声がする。


 だいぶ時間が経っているのだろうか、前起きていた時よりも空腹に感じる。

 

 そして辺りが暗くなっている。

 暗くなって初めて気づいたが、最初目を覚ました時は日の光があったように思う。

 

 つまり昼間だったのだろう。

 今は太陽の光を感じないから夜なのだろう。


 山小屋みたいなイメージなのだろうか?

 サルの奥にむき出しの木の天井も見える。

 僕は室内に居る。


 空腹感を感じる。


 世話をしてくれている様子のこのサルは人間の赤ちゃんであろう僕の食事をどうするつもりなのだろう……

 

 詳しくはないけど、本来であれは人間の赤ちゃんは離乳食というのか、流動食というのか柔らかい何かを食べるはずだ。 


 少なくともサルと同じものを無理やり食べさせられでもしたら、人間の赤ちゃんは生きてられないんじゃないだろうか?


 異世界に転生した僕はわずか数日で死んでしまうのではないだろうか?


 けど、死んだらまた違う世界に転生できるかも?!

 

 いや、記憶を引き継いで転生できる保証なんてどこにもない。


 キョウとしての記憶は完全に消滅してしまうかもしれない。


 そう思うとやっぱり死ぬのは怖いな……


 そんなことを考えながら、『キーキキキーの唄』を鳴いてるサルを改めて見つめてみる。



 目があってるのかな?

 サルはほとんど黒目しかないから良くわからない。


 しばらくずっとサルを見ていた。

 『敵意はない』それだけはわかる。


 するとサルは何かに気づいたように僕の体をどこかに置いた。


 視点の高さから言って、何かテーブルのようなものがあるのか。

 

 横目にサルの上半身がみえる。


 自分の体に巻き付いていた布きれをまくり上げて再び僕を抱き直す。

 布きれはもしかしたら服のつもりなのかもしれない。


 サルは抱き方を変えて、僕の顔を自分の胸部に押しつける。

 胸部は布きれで覆われていたのを、わざわざまくりあげた部分だ。


《グリグリグリ》


 僕の顔が胸部に押し付けられる



 「……」



 ん? もしかして僕に乳をあげようとしているのかな?


 いやいやいや、ダメだとおもう。

 いや、絶対ダメだとおもう。


 人間の赤ちゃんがサルの乳を飲んで健康でいられるわけない。


 細菌とかバイ菌とかそういう話でダメだと思う。



 何より動物の乳を吸うってこと自体にさすがに抵抗がある。


 そもそもこのサルはメスなのか?

 例えメスだとしても、いつでも乳がでるものなのだろうか?


 色んな考えが頭に浮かぶ。


 とにかく、死にたくないからサルの乳は飲めない。

 必要に顔をグリグリされても飲まない。

 これは絶対だ。


 それからしばらく頑なにグリグリグリを無視し続ける。

 そうしているうちにまた意識が遠のいていった。







 次に目を開けるとサルが僕を覗き込んでいた。

 もうさすがに驚かない。

 いつものサルだ。


 サルは僕が起きたのに気づき、また僕をテーブルみたいな所に置いてから布きれをまくりあげた。


 この布きれはなんなんだ?

 やっぱり服なんだろう。

 だとして、なんでこのサルは服を着てるんだろう?


 どこかに人間の飼主がいるんだろうか。



 そうだ!


 これは良い事に気が付いたかもしれない。


 少なくともこの近くに服の概念を知っている誰かがいる。


 そして、その誰かがサルに服を着せたんだ。


 だからこのまま時間を過ごしていれば、その人間が現れて僕を助けてくれるかもしれない。


 生き長らえるチャンスがあるかもしれない!


 その気づきはサルの乳を頑なに拒む意思をよりいっそう固くした。


 起きては乳を拒み続けそして眠くなり意識が途切れるのを繰り返した。


 一向にサルの飼主は現れない。

 最後の方は不思議と空腹感はなく、どんどん自分が弱っていくことが実感できた。


 たぶんこのままだと死ぬんだろうな。

 ふとサルの大きい黒目を見ると、サルは悲しい表情をしているようにみえる。


 そういえば『キーキキキの唄』を鳴いてない。


 サルの表情なんて読めるわけ無いけど、何故だかその時は確信を持って感じた。



 このサルは、僕が乳を飲まなくて悲しい……



 思い返せば、10回以上だと思う。

 サルはいつ目を開けても僕を覗き込んでいる。


 そして諦めずにグリグリしてくる。


 何日経っているかはわからないけど短い時間ではないはずだ。

 サルだって不眠で生きていけるわけじゃないだろう。


 サルは僕を気に掛けてくれて悲しんでいる……


 僕はこのままだと間違い無く死ぬだろう。

 サルの乳を飲んでも死ぬだろう。


 どちらでも死ぬなら、このサルが少しでも報われる方を選びたい。

 そんな風に考えた。


 乳が本当に出るかはわからないけど試してはみよう。


 力を振りしぼって顔を動かしてグリグリ押し付けられているサルの乳を探す。


 グリグリ押し付けてた割には口元に乳首があるわけじゃなかった。

 

 サルも適当にグリグリしてるだけじゃないだろうか?


 少し手間取ったが、無事に乳首を見つけて吸い付くことができた。


 生暖かい液体がでる。

 驚いたことにサルの乳はまずくない。

 決しておいしくはないけど飲めなくはない。


 とりあえずお腹いっぱい乳を飲み。

 口を離してサルを見る。


 サルは喜んでいるようにみえた。


 僕はこれで死ぬけど、これでこのサルが少しでも報われるならそれはそれでよかったとも思う。

 

 本当に良く分からない異世界転生だった。


 また意識が遠のく。

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