第018話 「旅のはじまり」
ティグハートへ向かうことを決めた日の夕食の時に、僕はジャック達にその話を伝えた。
ジャックの母親は待っていたかの様に話をきりだす。
「ジャック、あんたキョウと一緒にティグハートへ行きなよ。
キョウは上級の回復魔法が使えるけどあまりに世間知らずだよ」
「な、何言ってんだよ?! おふくろ。
この家どうすんだよ。
どうやって金稼ぐんだよ」
ジャックは困った顔をする。
僕としては、もしジャックが付いてきてくれるなら心強いけど……
「キョウのおかげでこうやって元気になった。
あたしだって働ける。
それにサラだって冒険者向けの食堂で料理の仕事をすることになったんだ」
「なんだよそれ。聞いてないぞ。
サラはまだ小さいのに働くなんてはえぇよ」
ジャックはキッと強い目をする。
「お兄ちゃん、私ね。
自分の料理を食べてよろこんでもらえるのが好き。
だから、私が頼んで働かせてもらうの。
いつか自分の店をもってたくさんの人に喜んでもらうのが夢なの」
サラははっきりとジャックを見て言う。
「お兄ちゃんにも好きなことしてほしい」
「お、俺は別にこの村で商人の仕事してるのに不満なんてねえよ」
「あんた、妹と母親の命救ってもらった恩人を見捨てのかい?
キプロスの名が泣くね」
「別にキプロスは関係ねぇだろ。
それにこの名前は特別じゃねぇよ」
ジャックは少し考える。
「けどまぁ、世間知らずのキョウを1人では行かせられないのは本当だな」
ジャックは諦めたような声で応える。
母親と妹が本気で言ってることがわかったのだろう。
どうやら一緒に来てくれるみたいだ。
「そうと決まったらあんた、外で旅支度を揃えてきなよ。
キョウの分もね」
残りのご飯をかきこむと、ジャックは買い物のため席を立った。
僕も付いていこうとするがおばさんから止められた。
ジャックが外へ出て行ったのを確認してからおばさんが言う。
「あの子はね、昔からこの村を出てティグハートへ行きたいんだよ。
キプロスが治めるあの国にね」
ジャックの家名。キプロス。
ティグハート国の王族の名前と一緒だ。
けどジャック達はティグハート王家との接点が全くないらしい。
勇者ティグハートと共に国を興した初代キプロスがティグハート王亡き後に王になった。
それから、なにかしらの優遇を狙って各地で王族関係者を名乗るキプロス家が現れた。
だからこのウルムのキプロスも王族と関係ないキプロスのひとつだと見られてるらしい。
しかし、伝承でははっきりしていないが、キプロスはそもそもティグハートと同じこのウルムの村の出身で幼馴染であったというのだ。
代々このウルム村のキプロス家はティグハートと共に戦った初代キプロスの子孫であると信じてきた。
ジャックもあんな風にいってたけど、本当は今でも自分はキプロスの子孫だと信じているらしい。
「キョウ、あんたには助けてもらってその上お願いまでして悪いけど、
ジャックをお願いね。
あんたの役にも少しは立つはずだよ」
あばさんはしっかりと僕の目を見て真剣に言った。
「うん。僕も本当に助かるし心強いよ。
おばさん。
こちらこそありがとう」
次の日僕はジャックと2人でウルムの村を発った。
♢
目的地をティグハートに決めた僕らはまずはキヌガ大森林の首都 ザヌースへ向かう。
それから、ビルデガルを抜けてティグハート国の首都ティグハートを目指す。
ジャックはザヌースとウルムの村を往復する商人をしていたので馬車を持っていた。
しかし、馬車自体は本当に荷台のような板を張り合わせただけのものだったので、この機会にザヌースの町で人が乗れる新しい荷台を調達し、それからビルデガルを抜けることにした。
大きめの山道を馬車で揺られながら、しっかりと整備されているとは言い難いが、大きめの馬車二台がすれ違えるであろう広い道には結構な人数が行き交っている。
パルムの魔獣の森へ向かう冒険者風の団体や商人風の団体とよくすれ違った。
パルムを出て3日の道中、2回の夜はどちらも野営した。
野営といっても道から少し外れて山に入り、ある程度の広さの平地に焚き火を真ん中にして雑魚寝をするだけだが。
道中ジャックは色んな話をしてくれた。
僕はほとんど聞き役で、フンフン言いながら聞いている。
とても楽しい。
ジャックはよく勇者ティグハートと仲間達の話をする。
もう500年以上も前の事だがはっきりと覚えている様な口ぶりだ。
勇者ティグハートは伝説の英雄で、後にも先にもこのサトリーク大陸で勇者と呼ばれるのはティグハートだけらしい。
しかし、それを支えた【創生の8クラン】も負けず劣らずすごいらしい。
【キプロス】人間(斥候)
【バーキスト】人間(大賢者・大魔法使い)
【シュメール】人間(騎士)
【ガジェフスキー】狼人族
【ビッケゾン】巨人族
【ダガルゴ】ドワーフ族
【スティーフ】エルフ族
【キザン】鬼族
斥候のキプロスはいわゆる隠密の使い手で、どこに行くにもチームの1番前に立ち偵察の役割こなしていた。
最も危険で死亡率の高いその役目を果たす斥候はパーティで1番の英雄なんだと。
気配を消しながら獲物に近づけるため、狩も得意でパーティの台所事情にも一役かっていたらしい。
『そんな伝承よく伝わるな』と思いながらも、うれしそうに先祖の話をするジャックを見るのは嫌じゃなかった。
こっちの世界に来て、人間と会話を始めて10日程だが、僕は違和感なく人と話ができている気がする。
僕は聞いていることが多いが違和感はない。
なんの話かは覚えてないけど、
『なんだよ?そんな驚いた顔するなよ。
この世界じゃ常識だぜ!』
とジャックに言われた言葉が印象に残っている。
そうなのだ。
僕は驚いた顔をする。
能面といわれた僕のお面は、とうの昔にマジカルサルの魔法で消滅させられているのだ。
「なんだよ、いきなり笑いやがって思い出し笑いかよ。
話聞いてるのかよ? 気持ちわりぃな」
僕はサルの顔を思い浮かべながら顔が緩んだ。




