第016話 「息子と娘の祈り」
ジャック達の村がみえてきた。
森の高台から歩いてきたから村全体が見渡せる。
30棟くらいの建物が山あいの平地部分に建っている。
僕らの丸太小屋と大きく変わらない簡単な作りの建物だ。
「キョウはウルムの村は初めてか?」
僕がうなづくと、ジャックは村について説明してくれた。
「ここは創世の村 ウルム、創世の勇者が生まれた村だ」
500年程前にこの大陸に平和をもたらしたとされる創生の勇者がこのウルムの村で生まれたらしい。
家に着くとまず簡単なズボンとシャツを渡してくれた。
ジャックが小さい頃に着ていた服らしい。
寒かったしありがたく直ぐに着させてもらった。
サラはそのままご飯支度に取り掛かる。
僕とジャックは魔獣換金所へ向かう。
「キョウは、冒険者なのか?」
「冒険者?」
「いや、だってさ、ここいらの山で野営してるのなんて、魔獣狩りの冒険者しかいないからな」
ここはとりあえず話を合わせる。
「まぁ。そうだね」
「けど、魔獣換金所で素材を売ったことはないんだよな?」
「え? う、うん」
僕はやはり嘘がうまくない。
さっき魔獣換金所の存在を聞いて驚いていた事をジャックは見逃さなかった。
僕は困ったような顔をしてしまう。
「まぁ、無理に詮索する気はないぜ。
妹の命の恩人だ。歓迎する!
とりあえず何も持ってないんだろ。
今日は泊まってけよ」
運が良い。
何もしらない世界で目を覚まして数時間後に屋根のある家で宿と夕食をご馳走になれる。
ジャックとサラに感謝だ。
魔獣換金所でバトルボアを引き渡すとお金がもらえた。
ジャックはそのお金を僕に渡そうとしたけど、泊めてもらってご飯もご馳走になるからと受け取らなかった。
後でまた何匹か狩ればいい。
バトルボア一体分のお金は大人5人でも、節約すれば一か月は暮らせる程度の価値になるらしい。
あんなに小さいイノシシが結構な価値になるもんだ。
食事ができると、サラは母の部屋に食事を持って行くついでに僕を改めて紹介した。
僕らが魔獣換金所に行っている間に、今日の事を既に母親に説明していたらしい。
「母さん、さっき話したキョウさんよ」
「サラを助けてくれて本当にありがとうね。
もしよければ、何泊でも泊まっていってね」
ジャックとサラのお母さんは2人と同じオレンジの長い髪をしている。
病床について長いのか、痛々しいくらいやつれて痩せている。
声にも張りがなく生気が感じられない。
長居しても悪いので、直ぐに部屋を後にした。
ダイニングに戻って、ジャックとサラと食事をとる。
「お母さんね、何人かの神官様に見てもらったんだけど毒性の何かの影響なんだって。
だから何個か解毒薬試してるんだけど、効かなくて……」
「そうなんだね……」
僕の相づちも少し暗くなる。
「うん。けど、本に載ってた薬草は見つからなくって」
「まぁ、おふくろの話はいいだろ、サラ」
ジャックが割り込む。
「とにかく、食おうぜ。
サラの飯は絶品だぜ。キョウ。
将来、絶対いい嫁さんになるぜ。
まぁ、おまえには嫁にやらんがな。ガハハ」
「もう、やめてよ、お兄ちゃん」
サラが困ったように言う。
取り留めのない話をしながら食事をとった。
ジャックは商人をしていて、馬車で他の場所から物を運んだりしているらしい。
僕に気を使ってか、当たり障りのないおちゃらけた話もしてくれて、サラもそれにあわせて話を盛り上げてくれる。
調味料が効いてるご飯なんて15年ぶりだ。
ジャックの言う通りすごくおいしい。
人間と会話をしながら食卓を囲むのも本当に久しぶりだ。
すごく嬉しいはずなんだ。
けど……
さっき会った2人の母親のことが頭から離れない。
日に日に弱って行く母親を看病してる気持ち思うと、大笑いできるような気持ちになれなかった。
2人には悪いけど、楽しく会話できていなかった気がする。
夜はジャックとサラの部屋でジャックを真ん中に川の字で横になった。
寝つきはもちろん良くない。
ハクビとコロンの心音を感じないから。
そして、サルの顔とさっきのやつれたおばさんの顔がどうしても頭から離れない。
もしサルがあんな風にやつれていたら気が気じゃないだろうなーー今はどうしてるかわからないけど。
2人の気持ちを思うと胸が苦しい。
僕は何を迷っているのだろう?
魔法の制御ができない。
この世界の事情もよくわからない。
だから、とりあえず魔法はつかわないと決めた。
それになんの意味がある?
このままジャック達の母親を見捨てる程の理由なのか?
マジカルサルだったらどうするだろう?
答えは直ぐに出た。
「ジャック起きてる?」
「ああ」
「サラは?」
「起きてます」
「2人に話があるんだ」
僕は回復魔法が使えること、
お母さんを助けられるかもしれないことを伝えた。
2人は驚いて布団から飛び起きた。
少しでも可能性があるなら今すぐにでも治療してほしいと申し出た。
もう夜も深くなっていたが、ノックして部屋に入るとおばさんは起きていた。
なかなか眠れないらしい。
事情を話すとおばさんも是非にということで治療を始めた。
おばさんのお腹あたりに手をかざし呪文を唱える。
「リカバリー」
ケガの治癒と言うよりは体の異常状態を治す魔法。解毒にも効果がある。
コロンが毒キノコを拾い食いしてしまった時に覚えた魔法。
思わぬところで役に立った。
やはり出力がうまくいかない。
イメージしたよりずっと弱い出力になってしまう。
しかし3回ほど繰り返すことで、体全体に十分に魔法を流し込む事ができた。
回復魔法は出力の強弱で失敗になるようなことはないから大丈夫だろう。
おばさんは『楽になった気がする』と言ってしばらくすると眠ってしまった。
リカバリーが効いていれば、一晩も寝ればだいぶ回復するはずだ。
おばさんが眠りについた後に僕は布団へ戻った。
2人はもうちょっと母親の様子を見ると言ってそこから動かない。
そりゃそうだろうな。
今は祈る気持ちで良くなることを願うだろう。
けど、僕はなんとなくなく治療は成功している自信があった。
リカバリーの効果はもちろんだけど、息子と娘の祈りは暖かい。
その暖か魔法は必ず母親に届く。
そう強く思う。
♢
次に目を覚ますと僕はオレンジ色の髪を持つ青年に肩をグワングワンと揺らされていた。
「おまえのおかげだよ。本当にありがとうな」
僕を無理やり起こして抱きしめてくる。
やっぱり祈りは届いた。
僕はジャックに手を引かれておばさんの部屋に入ると、サラがウワンウワン泣きながら母親に抱きついていた。
一目見て違いがわかる。
血行がよくなったおばさんの目からも涙がこぼれ落ちていた。
ジャックが僕の肩に手を回してくる。
「なんでおまえが泣いてんだよ」
僕は自分も涙がでていることに気づく。
本当に涙もろくなっちゃったもんだ。
「よかったな。と思って」
僕は素直に答える。
「全部、お、おまえのおかげだよ。
ほ、本当にありがとうな」
ジャックも声を詰まらせながら、僕の肩をバンバン叩く。
泣くのは我慢しているようだ。
僕は獣の家族達の顔が浮かび、元気でいてくれることを願った。




