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幸せの藍色

作者:ヒナの子
 今日は二月の中旬、十三日だ。
 そして今日、三十五を過ぎたおじさんには少し気後れする行事がある。

 そんなことを思いながら息子たちの寝顔を確認して、英気を養い、家を出た。

 通勤ラッシュよりも少し前の列車に乗り込み席に座る。電車の垂れ幕の中でふと、爬虫類イベントの広告に目が行った。
 開催される日付は二十七日から二十八日と記されている。この日付に大した意味はない。だが……このイベントは彼女との初デートで訪れた記念すべきイベントだ。
 まぁ、成功したか失敗したかは……お察しの通りだ。確かに俺は爬虫類が好きだったがそこまでのマニアではなかったし、彼女もまた同じだ。

 会社の最寄り駅に電車が着いた。改札に降りると今からラッシュで戦う戦士達と遭遇。人の波と逆方向に足を進める内に、赤い看板やハートの記された看板がよく目に映る。
 十分後、俺は人混みを抜け会社へと辿り着いた。

 お盆だろうが、なんとかウィークだろうが普段通りの運転しかしないこの会社が妙に浮かれていた。
 それほど影響力のある行事なのだな、と何故か渦中にいるはずの俺は客観的な意見を導いた。
 なぜ十三日なのに? その疑問は野暮ってもんだろう。明日は休日だ。

 ーーさん! 義理チョコです。と、後から後輩の声が掛かる。俺はそれを素直に受け取った。

 そんなやり取りを数回繰り返した時には日は沈み、定時を超えていた。
 俺は慌てて帰ろうとするが、想定外の仕事の山がデスクから俺の足を引っ張った。

 結局、帰路につけたのは午後十時を回っていた。
 駅前は今どきのカップル達の独壇場となっていて、おっさんの俺が通れる隙間はほとんど埋め尽くされていた。
 しかし、同じ思いを抱えた人生の先輩が道を切り開いた。俺のためにやった行為ではないのは明らかだが、心の中で感謝をし、ハードルの下がったことにガッツポーズをした。
 実際、ラブラブモード発動中の広場をおっさんが横断しただけなのだが……。

 俺は疲れた。だから仕方がなかったのだ。こうして、電車の中で揺られながら俺の意識はどこかへ飛んでいった。

 夢を見る。夢というよりは記憶に近いのかもしれないな。

 十七のバレンタインディ前日。
 ちなみに早生まれなので受検という壁にぶち当たっていたはずの頃だ。

 しかしこの日、俺は息抜きと称して気になっていた女の子を誘いデート? に来ていた。
 この日は爬虫類イベントではなく、普通の有名なテーマパークだ。

 その日はいつもよりも寒い風が強く吹き、雪もチラホラと舞っていた。
 寒そうに手をカイロに擦り付ける彼女を見た。何度も手を繋ごうか、いや、付き合ってもいないんだし、と葛藤を繰り広げた挙句……結果は出なかったのをよく覚えている。

 やがて日は落ち、あたりは暗くなった。
 やっと待ち望んでいたイルミネーションが始まった。
 漫画ではここでロマンチックに手を繋げたのかもしれない。無論、俺もそう思っていた。
 しかし現実はそう甘くはなかった。

 彼女の両手は携帯に伸び、一生懸命その綺麗な光景をメモリーに写し取っていた。
 俺も諦め、イルミネーションを見始めた。
 宣伝しているだけあるのか、それとも彼女と一緒だったからか……とても美しかった。

 二人で夕飯を食べ、ラッシュを避けて電車に乗った。案外、受験のストレスを発散したのだろう。座ると同時に疲れが出始めた。

 俺もウトウトしだすがーーコツン。
 俺の肩に小さな感触が寄りかかった。
 そこから俺はウトウトすることもなく、ただ姿勢よく、彼女のことだけを考えて座っていた。

 そんな彼女の知らない俺の幸せも長くは続かない。デートの終点、別れの時がやってきた。
 改札を出て、すぐのT字路。
 この場所まで彼女は五分、俺は二十分家からかかる。

 別れ際、彼女はちょっと待ってと、少しうわずった声で俺を呼び止めた。
 普段の彼女が纏う雰囲気、その密度が濃くなったように感じた。

 そして、藍色の紙袋を取り出し、ちょこっと俺に差し出した。

 彼女は口を開き、少し斜め下を向いてこういった。
 バレンタインだから、これ。

 そう手渡されたのは人生初の、バレンタインのチョコレートだった。

 俺の顔はどんだけ赤くなっていたことだろうか。
 俺は素直にありがとう、と言えたと思う。

 彼女は嬉しそうに微笑した。俺はその嬉しさに舞い上がり、悶絶しそうになっていた。
 しかし、まだ終わりではなかった。彼女は再び口を開き言葉を絞り出した。
 もう一つ…………ーーくん。私とーーーー

「おーい、起きてもらわないと困るよ。ほら、もう終点」

 ぼやけた視界は次第に明瞭になっていく。
 そこには十年以上前から見慣れた駅のホームの姿があった。

 すいません、と言ってそそくさと駅を去った。
 寒いな〜と、凍える手をポケットの中のカイロに押し付ける。
 それでも家の鍵を開けるのに一苦労するほど手は赤くなっていた。

 カチャリ、と出来るだけ音を立てないように扉を閉める。既に日付が変わるか変わらないかまで、時計の針は進んでいた。

「おかえり」
「ああ、ただいま。寝ててよかったのに」

 リビングには微かな明かりがついていた。そこから彼女が出迎えてくれた。

 手を後ろから回して小さな箱と一緒に差し出した。
 箱の上にはハッピーバレンタインと書かれていた。

「ありがとう」
「いいえ、大事な日だからね」

 その箱が手に乗るとじわっと温もりが手のひらに広がった。
 彼女は照れくさそうに笑った。
 そう、この日は大事な記念日、結婚記念日でもあるのだから。

 その晩の夢は幸せだった。電車の中の夢の続きだ。

 もう一つ…………私と…付き合ってくれませんか?

 俺はあまりのことに驚きつつも、即答した。
 よ、よろしくお願いします、と何とも頼りない感じだったかもしれない。

 それでも、彼女は満面の笑みを真っ赤な顔に浮かべてこういった。
 ちょっと待って、幸せすぎる。

 それはこっちのセリフだ、と突っ込みたくもなるが、彼女の顔に見とれて何も言えなかった。

 そして俺は、いつかの彼女に復唱するように、結婚を申し込んだ。

 俺と彼女との関係は二月十三日から始まった。
 幸せの藍色の紙袋を俺は一生忘れないだろう。

読んでくださってありがとうございます!!
今日はバレンタイン、貰う側もあげる側も緊張する勝負の日。
そんな方々への小さな贈り物になればいいなと思います。

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