空間残留なんたらかんたら
謎の修道女、岐中クエス。
彼女に連れられて、柳ケ瀬の地下深くにある謎の教会にやってきた。
トイレ退場するまく朗をよそに、ガブリエルブレインの秘密に迫る……
「ガブリエルブレインは、ここにあるのか」
「そや、あの時……太平洋戦争の時からな」
「あの、ひどく悲しく罪深き戦いか」
私も、この体に生まれ変わる前、かつては幾度もの戦いを経験した身だ。しかし、私の知る戦いは互いが、人と人とが身をぶつけ合っていた頃の戦いとは色々なものが随分違う。罪無き、戦など望まない人々が無機質で非情なる炎に焼かれ、苦しみ不条理な死を迎えた事実、終息した後も決して言えない傷……当時の話を聞く度に胸が痛む。
「広島長崎のように原爆は落とされへんかったがな、この岐阜も空襲にあったんや。その時はこの辺にもいっぱい爆弾が落ちてな、たくさんの人が死んだ。わたしのじーさまは、その頃の事を知っとったから、よー話してくれたで。だんだんあの時の事を知る人はおらんくなるが、それは恐ろしいことだって言うてた。実際そうやな。戦争を身に持って知らん人間はどうしても戦争に対しての、やってはいかんと言う事の意識がどうしても甘くなる」
「……ああ、少しづつ薄れるだけでなく、事実を歪曲させ、勝手な解釈や脚色がなされる事もあるな」
「そう。やから、正しく伝えるものが必要や……って、ちょっと話が逸れたかな」
「構わない、続けてくれ」
「そんで、神父であったそのじー様は、当時な、この教会を防空壕として開放したんや」
防空壕とは、空爆による攻撃から身を守るために掘られた穴や地下道等の事を言う。ただ、そこにいけば
絶対安全というわけではなかった。逆にそこに行ったことで退路が無くなり命を落とした者もいたと聞く。
「確かに、この場所なら空襲に対しては安全か」
「この教会、この聖堂部屋だけやなくて地下通路になってるから結構広いんよ。いつごろその規模になったかは知らんけど避難場所には最適やったというわけや……ただ……」
「ただ?」
「ある時を境に、じー様は一部の人間を除き、この場所を誰にも入らせんようにした」
「……もしや……」
「そう、ガブリエルブレインを手にしたその時からな」
「!!」
クエスはマリア様の像に体を向けた。無数の市販品ロウソクの火の光たちが、彼女の眼にゆらゆらと映る。
「その日、大規模な空爆があってな。沢山の人がここに逃げて来た。この聖堂にも人がごった返したんや。じーさまは、教会を運営する仲間の数人と、その人たちを介抱したんやな……中には相当な怪我人もいて、この教会で亡くなった人もいた。聖母様の下で天に召された事はせめてもの慰めになったのかもしれんけど、それで納得できるものではないよな」
「さぞかし無念であったろうな……」
「ああ、その子も、その1人やった」
「その子?」
「そう、左手を肩からを失い、大火傷をした男の子。いつの間にか教会に入っ来てて、部屋の隅の壁にもたれかかってたそうや。見るからにもう助からんのが見てとれたじーさまは不憫に思って何か少しでも出来る事は無いかとその子に近づき、話しかけた。すると、素性とか何も言わずに。ただ無言で、存在する右手にぎゅっと握りしめていたものを、じーさまに差し出した。その時の男の子の目と死に際の遺言を、じーさまはずーっと、おそらく死ぬまで忘れんかった」
「遺言……少年は何を言い残したと?」
「このガブリエルブレインを、決して誰にも渡さないで。そして、止めて……これは、世界を壊す程の力を持つ≪装置≫だから……とな」
「装置?」
「ああ。その意味がわかったのは、それから何十年も後やったがな」
「それで、その神父様はここを隔離したわけか」
「そ。じーさまが亡くなる1年くらい前やったかな。その後は私が、管理者を受け継いで今に至るわけ。おかげで、柳ケ瀬からなかなか出られへんで残念や」
「ガブリエルブレインが何なのか、よくわかったな……話からして少年はすぐに死んだのだろう? 一体どうやって……」
「まあ、いろいろバックアップもあってな。それに、あれ自体が自ら教えてくれたとこもあったな」
「自ら?」
「そうや、自らが≪時空残留固定装置≫やってことをな」
「じくう、ざんりゅう、こてい、そうち、か。SFめいた響きだな」
「まあ、実際エスエフちっくやしな。あれのおかげで、柳ケ瀬が3つになったわけやし」
クエスは軽い口調で言っているが、話は明らからにただ事ではない展開になってきている。
「どういうことだ……」
「ガブリエルブレインはな、一定の法則で≪時≫のコピーを作る力があったんや」
「時を複製するのか。そうすると、どうなる」
「正確にはある一定の空間ごとコピーされるんや。まるごとやから人間とか生き物も含まれる。で、そのコピーした空間は、コピー元とは違う時間軸に保存される。そして、そのコピーされた時間は、コピー元とは違い時間がまっすぐ流れない。ずっと同じとこを繰り返すんや」
「ずっと、繰り返す? 何か頭の痛い話だな」
「まあ、簡単に説明すれば、今日のこの1日がずーっと続くわけ。例えば昭和25年4月21日がコピーされたとすると、その日の午後0時になったとき、また昭和25年4月21日のコピーされた時間にもどるってな感じや」
「いわゆる無限ループか」
「うんうん、そゆこと。まあ、実際はもう少し期間が長かったんやけどね。ちなみに振り出しにもどると、その空間にいる生き物の記憶もリセットされてしまうんよ。あと、その空間は端とはしが繋がっていて、南に突っ切ると北に出る。これも、無限ループや」
「それは色々と厄介だな。しかし、なぜそんなことを知り得たのだ? その、コピーした世界に行く方法があったのか?」
「当然や。細かいことは割愛するけど、ガブリエルブレインの力で、行けた。その場所の昔の姿を直に見れる辺りは一種のタイムマシンみたいやな」
「なるほど、柳ケ瀬が3つになると言う意味はわかってきた。だが、行けたと過去形で言うという事は、今はもう行けなくなったということか?」
「ああ、他の柳ケ瀬は消えてしまったからな」
「消えた?」
「そうや、ガブリエルブレインが機能を失って、同時に消えた。元々あってはならんものやったから仕方ないよ」
「そういえば、ガブリエルブレインを渡した少年が止めろと言ったんだったな。余程放っておいてはまずかったと言うわけか」
「うん。放置していたら、今頃世界は無かっただろうし」
な、何だと!?
超展開すぎる……歴史の裏に隠れ、柳ケ瀬ではこんな一大事が発生してたのか。話している人間が普通でないので嘘とは到底思えないし、下手すれば否下手せずとも今まで私が経験したものよりも恐るべき事象なのではないだろうか。
「驚いたやろ? 話せば相当長くなるが、時を残留させ、同一空間を増やすことには色々とパラドックス的な問題があったんや」
「……そうか。しかし、今の話、全てが過去形だな。その件は、もう終息したと?」
「ああ、色々と失うものはあったけど、結構前に一件落着したよ。だから、今のガブリエルブレインには、もう空間残留機能やら世界を滅ぼす力は無くなった」
「……」
「そう、そのはずやった。やのに、あんたらはここに、それを求めてきた」
クエスは、強く深いい眼差しでこちらを見てきた。その瞳の奥には、何かが宿っている。悲しみなのか、苦しみなのか、私の魂を痛ませる何かが……
「ほわわ~ん」
そんな緊迫した状態になったところで、水を差すようにまく朗がふわふわとトイレから戻ってきた。おかげで、場が緩む。
「随分長かったな」
「いやー、とんでもないものを見てしまいました。生きていて良かったです」
その間、こちらはとんでもない事を聞いた訳だが、何も言うまい。しかし、そんな驚愕感動するようなトイレとは何なのだろう? 後で私も入ってみるとしよう。