アンダー・ ヴィース
柳ケ瀬に来て早々、謎のボインシスターに話しかけられたジャンヌとまく朗。彼女は一体何者なのか?
「はーっ? お前さん、ジャンヌ=ダルクの生まれ変わりなのか!」
「それは、正確とは言えない……記憶はそのままだし……」
「ま、嘘ついとる感じやないな」
柳ケ瀬の脇道にそれると、そこはアーケードの天井がなく、洋今までとは大きく変わった空間になっていた。柱や柵は白を基調とし、淡い漏れ日に照らされる女神像を中心にした人口の泉からは水が隆々湧き出す洋に満たされた空間。どういう意図かは解らないが、この場所は柳ケ瀬と言う場所に不思議と順応しており、独特の個性を与えている。
そんなこの空間に、よく噛み合う謎の修道女もまた。同じことが言えるのかもしれない。
「その、伝説の聖女ジャンヌ=ダルク様がこんなところにわざわざ来るって事は、余程けったいな事情ってことかね?」
「その前に、名前を聞かせていただけないか。あまりにも素性がわからない者に事の下りを説明するのは問題がある」
「あ、そうやね。ごめんごめん、礼儀がなっとらんかったわ。」
修道女は、金色の前髪を右手でさらっと流した。
ストレートに生える髪の毛は、一度は振られたが、すぐまた元の位置に戻った。
「わたしは、岐中クエス。表向きは、柳ケ瀬に住まうしがないシスターや」
「うわー、見た目もアニメチックですが名前までアニメチックですねジャンヌさま」
トイレを行くのをすっかり忘れたまく朗に話を振られたが、私も 現世の名前は 十字 まもり なんて名前だからあまり人の事は言えない。
「生まれてこのかた、ここに住んどるからこの辺の事には結構詳しいんよ。何でも聞いてちょうだいな」
「えーと、ジャンヌさま? 聞いちゃいますか、ガブリエルブレインのこと」
おいおい、確認もなにもダダモレ……
「なに……まく朗ちゃん、今、ガブリエルブレインって言ったか?」
「はい、口が滑りました」
クエスと言う女性は今までとは違った鋭い目つきで、こちらを見てきた。その鋭さはコスプレ衣装に見えていたその黒衣を、何か真実味を帯びたものに変えた。
「あれを、知っている者はそうはおらん……どこで聞いた?」
「話せば長くなる」
「そうか、ならまた場所を変えようか。その話、教会で聞くよ」
「教会ですか?」まく朗があれれと首をかしげる。
「柳ケ瀬にそんなのあるって聞いたこと無いです~」
「そりゃ、知らんよな。ま、連いて来んさい」
予想外に早く、ガブリエルブレインを知るものとコンタクトをとることが出来た私達は、柳ケ瀬の西に向かう。
そこは、キャバレーとかキャバクラとかクラブとかが軒を連ねる夜の店だった。
「うわー、聞いてわいましたが岐阜駅の南側に並ぶフーゾク街ですね~なんだかムラムラします」
「あんた、可愛い顔してまー随分卑猥なことはっきり言わっしゃるなあ。この子いつもこんななのか、ジャンヌ様?」
「知る限りは……」
「まあ、随分個性的やわ」
一番個性的なのは、間違いなく貴公だがな。まさか、そんな見た目をして、自覚がないとでも言うつもりなのか?
「しかし、ここいらも昔と比べて活気無いよ。半分くらいは店閉めてるしな」
「それは残念です~」
「それ、着いたよ」
クエスが立ち止まったところには、「エロターヘブン」と書かれた看板の下に、地下に続くと思われる先の薄暗い階段が見える。前世で見た反王連盟のアジトを思わせるその光景は、少し不気味だ。そういえば、あの時、中にいた反王派「カリュプス」の青年が私にこう言い放ったのだったな……聖女の皮を被った悪魔め、いつか冥王の裁きを受けるが良い……と。彼はその言葉を残して憐れにも自ら命を断ったが、あのときの私は悪魔などと言う大それた存在ではなかった。ただの、傀儡でしかなかったのだ。他人の死の痛みをわからぬくらいの操られし傀儡。聞こえていたあの声も、今思えば、もう幻聴と化していたのかもしれない。
「はわー? まさか、私達を昼間から夜のお店に連れていくつもりですか~? おねーさん大胆ですね~」
「安心しやあ。あんたが考えてるのとは全然違うて」
階段を下った先には薄い外の光に照らされるだけの、鉄の重厚な扉があった。その扉の暗くて所在もわかりづらい鍵穴に、クエスは袖から取り出した大きな鍵を差してがちゃりと扉を開ける。
「入れるなんてラッキーやと思ってええよ」
扉の先中は、弱い朱光に照らされる階段が、また下に向けて直線上に延びていた。下り出すと、それは存外に長い。コツコツと、我々の足音だけが、左右を圧迫する煉瓦造りらしき壁に響き渡る。
「どうや、驚いたか?」
「いや……」
既に大須で似たような経験をしている。まったく、商店街というものには秘密の地下通路及び地下施設が付き物なんだろうか……
「へー、さすがやな。けど、さすがにこのあとは驚くと思うよ」
「うわー、楽しみです!」
そんな、期待を寄せるまく朗の期待に叶うか叶わないたか、階段を下り終えると、そこには大きな空間があった。左右の壁には精密に天使様が描かれたステンドグラスが貼り付けられ、仕組みは解らないが裏側から淡い光に照らされて、美しく輝く。天井にはドーム状になっておりフラスコ画らしき女神が空を泳ぐ絵が描がかれている。そして、部屋の奥には聖母マリアらしき像の置かれた祭壇があり、何本もの小さな蝋燭がゆらゆらと何か幻想的に揺らめいている。そう、そこは「聖堂」と言うに相応しかった。
「どうや、なかなか味わいのあるところやろ?」
「そうですね~センスいい作りですね~蝋燭がカメ〇マですけど」
「え、まく朗ちゃんよくわかったね? そうや、天下のカメヤ〇ロウソクやで!」
「えへへ~いつも仏壇にお参りしてるからロウロクには詳しいんですよ。トイレの次に詳しいです」
いやいや、私は夏冬お墓参りしたり、それなりに仏教行事に参加してるがロウソクの見分けなんてまったくできないんだがな……まあ、蝋燭がメジャーなカ〇ヤマロウソクの確率は高いから、適当に言っても当たる気はするが。
「それで、ここは何なのだ?」
「ここは、柳ケ瀬地下教会や」
「教会か。なぜまたこんなところに……」
「理由か。それは歴史は戦国時代末期までさかのぼるんよ」
「そんな昔からあるのか?」
「そうや、豊臣秀吉が伴天連追放令を出したくらいの時に細川ガラシャが命じて作らせたって聞いとる。あれから先、キリスト教の取り締まりはどんどん厳しくなっていったからな。それを予想してのことやったのかなあ」
この岐阜にいたこともある織田信長は、キリスト教に傾倒していたという。それに影響されて、この近辺で同じように信仰を始めた者が多くいても不思議ではない。だから、クエスの言う事はそれなりに信憑性がありそうだ。
「ガラシャ様は明智光秀の娘さんですよね~ゲームとかでは銃を撃ったりして結構便利なのですけど、実際に面白い事してたんですね~ちびりそうです。ああ、そういえばトイレに行きたかったんでした」
「ああ、便所ならその奥にあるよ」
「ホントですか?」
「実に原始的なやつやけどな。見たらきっと驚くで」
「ふわわ~! 楽しみです!」
今までで一番ときめいた顔で、まく朗はひょひょひょと道端の鳥みたいな動きでトイレに向かった。どんなものなのかは気になるが、それは後でまく朗に聞くとしよう。トイレソムリエみたいなものだし。
「それで、ガブリエルブレインは……」
「まあ、焦りなさんなジャンヌ様。順を追って話すに」
「ああ、すまない」
「それで、ガラシャ様がなくなってからは彼女の息子であり細川忠興の三男である細川フィリポにより管理され、以後江戸時代も隠れキリシタンの住居として密かに維持されたんや」
「それは日本の歴史では相当ミステリアスな話だな。話に聞くと、とてもキリシタンでいられる状況じゃ無かろうに」
「まあ、近隣の者たちがかくまってたらしい。あと、この辺は昔はこんな風じゃなかったからそこまで人通りは良くなかったんやないかな~一部は沼やった言うし」
「まあ、すべて憶測か」
「で、江戸が終わって明治時代に入ってからは大分やりやすくなって、まあそうこそこそせんでもよくなったんや。もっとも、まだ商店街もあらへんしやることはあんまなかったかもしれんがな」
「その割に、今でも見えないようなところが入り口で、厳重に鍵をかけて入れないようにしているんだな」
「それは、それが、今あんたが聞きたいことに繋がるってわけよ」




