新幹線
ある、老夫婦の日常。
「新幹線が通っていれば今頃はなあ」
老父、ちゃぶ台に方肘をつけ、テレビに移る博多の風景をぼんやり見ながら、割りと大きな声で台所にいる妻に話しかける。
「そやなあ、新幹線が走っとればもっとこの辺も栄えとったかもしれんねえ」
「昔は、柳ヶ瀬も新宿みたいやったのになあ」
「新宿言ったことないのに、よう言うわ」
「いや、そうやと思うけどなあ。日曜とかちんちん電車の中が混み混みやったろ」
「ああ、そうやったなあ。あれ、根尾とか谷汲とか行くやつやったから」
「あっちの人からしたらこの辺は都会やでね」
「やな」
岐阜県で唯一の新幹線の駅は、「岐阜羽島」である。
首都である岐阜市からかなりはずれた位置にこの駅が存在するが、このようになったのには、当日の政治的なものが絡んでいる。ただ絡まなければ、そもそも岐阜に新幹線の駅は出来ていなかったため、どのみち首都を新幹線が通る可能性は限りなく0に近かった。
「まあ、東京オリンピックあったからしゃあないわな」
「そやなあ、懐かしいねぇ」
ちゃぶ台にそろった夕飯を、老夫婦は向かい合わせに座って食する。ちゃぶ台は、地元から離れた息子達が、小さい頃から使っている。その表面にある無数の傷は、親子の歴史であった。たまに、その傷を撫でて、老婆は遠い昔を懐かしむ。
「あの頃は、みんなよう働いたなあ」
「ほんと、よう働いた。貧乏暇なしで金稼ぐために、よう働いたわ」
「そうやねえ」
「そうそう、そんで貯めたお金で、新幹線乗って大阪万博行ったんや。あれは、すごかった」
「すごい人でしたねえ。どれもこれも並んでばかりだったけど月の石ちゃんと見たなあ」
「ちょっとの時間しか見れんかったけど、見れて良かったわ」
遠い昔のことだが、昭和の記憶は鮮明であった。
世の中は急速に進化を遂げ、当日未来の道具であった携帯電話すら過去に変わろうとしている。しかし、夫婦の思い出は変わらない。
「あの賑わいを考えると、逆に新幹線が羽島しか止まらんでよかったかもしれんな」
「そうやね、さびれるのもなんやけど、人が多すぎるのもなんやもんね」
「岐阜は岐阜、柳ヶ瀬は柳ヶ瀬よ!」
そう、老父が自慢げに言ったが、ちと力を入れすぎたため、食卓に体が強く辺り、茶や味噌汁が一斉にガバッとこぼれた。
覆水盆に帰らず。
宝石が役目を終えた柳ヶ瀬の時は戻らない。




