はじまりはいつもカラオケ店
舞台は岐阜県……
「青い火影に注ぐ酒は~ほろり落としたエメラルド~」
吟遊詩人でもない年若き少女は、しんみりとした声で歌う。
正直あんまり上手くない。ただ、この曲に関してはその音程のムラが何だか味になる。
「悶え身を焼く火の鳥が~雨に打たれて夜に鳴く~」
まだ飲酒する歳でもなかろうに。素性に謎が多い人物だが、この前のオフ会でも全然飲んでなかったから絶対に未成年だろう。
「ああ~あ~あ柳ケ瀬の夜に泣いている~」
ジャーンと言う音と共に曲は終わりを告げた。日本と言う国の昔の歌、殊更演歌と言うのは締まりが良い。オルレアンで多くの戦士達と共に放った戦歌の勇ましさや、聖ブルゴーニュ少年合唱団のきらびやかな合唱、格好良いアニメソングも悪くないが、これはまたそれらとは違った趣きがある。歌った人間がお世辞にも上手じゃ無いのに、不思議と味わいのようなものを感じたのだ。
「どうですか、ジャンヌさま? 柳ケ瀬ブルースは?」
「胸に染みるものがあるな」
かつて、実際に冤罪かけられ悶え身を焼かれた経験があるので、私には何か親近感みたいなものを感じる。
「岐阜県民なら知っておきたい曲ですね」
少女はにこやかに言うが、私は完璧な愛知県民である。
隣県だが岐阜には縁など無きに均しい。そもそも、長らく籠の鳥のように引きこもっていたからほとんど県外に出たことが無い。そして、出たら出たで真っ先に向かったのはカラオケ店だ。朝カラサービスがあるとはいえ、これで良いのかと多少思う。
「ふわー! 97.67点出ました! 自己ベストです!」
なんでその歌唱力で全国採点の点数がえなりか●き並なのかも大いに引っかかったが、それよりも目をひいたのがランキング参加者の数だ。何気に200人を超えている。これは、そこら辺の有名アーティストの曲や中堅どころのアニソンよりも多く歌われていることになる。採点システムの関係で同じ人がカウントされている可能性はあるが、100人を超えている時点でご当地ソングとしてはかなり上々といえる。実際聞いた感じ歌いやすく名曲だと思ったので愛されるのも頷けるか。
「……それで、柳ケ瀬とはこのようなしんみりとした場所なのか?」
「別な意味で、しんみりしてますよ」
「そうか、それは気になるな」
「まあ、行って見ればわかりますよ~では、ちょっとお花畑に行ってきますぶりぶりぶり~」
話を横に流して、少女は下品な言葉を爽やかに放ってトイレにお腹の老廃物を流しに行った。一人きりになると、私は歌わずに腕を組み目を瞑る。
「ガブリエルブレイン」
大天使様の名を冠する、今は形も解らぬもの。
隠されし神の御居場所を見つけ出す手掛かりとなりしもの。
それが、その地にあると言うのか。