本能寺の変前夜~魔天戦国異事録外伝~
よくある戦国時代のワンシーン。
「父上様」
「お玉や、よくお聞くのだ」
灯籠の火に照らされる京の屋敷で、頬の痩けた髷頭に白髪混じる男は、まだ齢頼りなき愛娘に、優しくしかし重い口調で語りかける。
「明日の晩、私はお屋形様……第八天戴王、織田信長を討つ」
「それは、まことですか」
「是、真である。あれは、既に人ならざる者。このまま放置すればやがて、完全な邪悪となりこの日の国は滅ぶ。止めねばならぬのだ」
傍らにある異国の刀剣を持ち上げ、その刃を淡い火光に照す。漆よりも黒き、得体も知れね金属で出来た刀身は、揺らめく光を受け、怪しく輝いた。
「秀吉殿には既に手を打っていただいておる。あとは、私が南光坊天海様より賜ったこの<亜論醍十>で、奴の首を討てば良い。明日の夕刻、信長は、確実に、本能寺に入り宿をとる。そこを、狙う」
「恐ろしゅうございます。玉は、今大恐ろしゅうございます。それは、あまりにも。屋形様は、確かに残酷な面を持つお方ではありますが、私や父上には随分親切にしてくれましたでしょうに」
「確かにかつては人の心があった。しかし、今は在らず。最早手後れなのだ。あれは話など通じぬお屋方の化けの皮を被った悪魔よ」
「父上」
娘は、父が怖かった。しかし、父が正気を失ったとは思わなかった。父の眼差しには、今までと変わらね志が宿っていたからだ。だから、娘は、これから父の口から出る事を疑わず漏らさず聞こうとする。
「この刀は、犠牲の刀。持つ者に絶大なる力を与えるが、同時に死のさだめを与えるそうだ」
「それは、屋形様を討った後、父上は死ぬと言うことですか」
「そうだ。今が、そなたと共に過ごす最後の時間となるだろう」
「明智の家はどうなさるおつもりで」
「そこは、そなたの出番となる」
「えっ」
「良いか、お玉。明日の朝、此処を出て、安土に居る母上と合流し、すぐさま稲葉山城に向かえ。明智の血を絶やさぬために」
「はい、父上。玉は心得ました」
娘は武士の子であった。内心は父親に死んでほしくはない。しかし、父の志を裏切る事は、最もしてはならぬことであるとすぐに判断したのだ。使命を全うすることが、己のすべき事と。
「良い返事だ。ならば、これも渡してもよかろう」
明智の男は、懐から金色の鍵を取り出した。
十字架を型どったその鍵は、娘の手の平に乗せられる。
「何ですか、これは」
「それは、明智の里の地下宝物庫の鍵。中に眠る<天使の知恵>の管理者、明智の血を引く者が持つべきものだ」
「管理者とは」
「あれは、悪しき者が使えば世界を壊しかねぬ危険なもの。しかし、あれ自体を破壊すれば、それもまた世界を滅ぼす。明智は、代々あれを守ってきた。厳重に監理してきた。それが、1つの使命」
「明智のお家を、それだけでない壮大なものを、お玉に守れと仰せですか」
「お前なら出来る。そなたは、男に負けぬ胆力と優れた理解力、高い知性を持つ。護り手の才も繋ぎ手の才も十分に足る」
「護り、繋げる」
「そうだ。武に関しては秀吉殿や細川殿が補ってくれよう」
「わかりました、父上。お玉は、その仕事務めさせていただきます」
娘は深くお辞儀をした。すると、父はその艶やかな髪映える頭を撫で、優しく微笑んだ。
「すまぬな。寂しい思いをさせて」
「いえ、父上はもっと、お寂しいのでしょう」
「ははは、やはり隠せぬか」
「その任果たせますよう、お祈りいたします」
「ありがとう、お玉の支えあれば必ずや上手く行くであろう」
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この翌日、この男、明智光秀は織田信長を討ち果たした。
そして、数日後、後の太閣である秀吉により討たれたと語られたが、これは秀吉自身の口からのものであったとも言われ、真相は定かではない。信長を斬った魔刀の所在も不明である。
娘は、後にガラシャと名を変え、明智の里にあった<天使の知恵>を落命するまで密かに護り続けた。柳ケ瀬に地下空間を作り出し、その秘宝をそこに移動させた経緯については諸説あり、地下空間の構築は人為的なものであるとの説が有力であるが、一方で、彼女は<天使の知恵>の恩恵により強大な魔法を使役する力を得ており、その力により空間を作り出したとの説もある。
戦国の世を生きた者達の真は、時と共に風化し変化したが、秘宝の輝きもまた、時と共にその色を変える。そして、何百年も後に、ひとつの試煉を世界に投げかけたのだった。




