勘違い野郎、再来。
怖い兄さんから逃げ、無事に電車に乗り込んだ。案外空いていたので遠慮なく席に座る。
すると、アリスがこんな話を始めた。
「そういえば、この世界には『奴ら』がいないよね」
「奴ら? って誰?」
「モンスターよ! 人を喰う木とか、ゴギャーって鳴く魔鳥とか」
「そんなのがいてたまるかよ……」
脳内で想像してしてみるが、そんなのはマンガの中だけで十分だ。日本の空を仕切るのはピーヒョロロロ……と鳴くトンビと決まっているのだ(ぼくの中では)。
「じゃあ魔法は?」
「そんなのあってたまるかよ。魔法なんか夢のまた夢。使えたら世界征服できるわ」
「使えるのに退化してるんだよ……」
とんでもない言葉が聞こえた。
「え? 使えんの?」
「使えるよ! だからこの世界にも『魔法』って概念が存在するんでしょ。見てて」
人のいない車両。アリスの手元に金色の光が集結して何かに形を変えて行く。
出来上がったのは、小さいが確かな炎だった。
「ふひっ、どーよ」
「おぉ……! なんでもありだなこの話」
「異世界から来た私の存在がある時点でなんでもありだよ」
「そうかな……。そうだな!」
できれば中二でアリスに出会いたかった。
「奏唄も試してみれば?」
「試せって言われてもな……」
これは完全な黒歴史だが……
胸元に『亀』って書いてある服着た、金髪のお兄さんを真似たこともある。なんなら、100均で刀三本買って、くわえたりしたこともある。でもあれ、喋れないんだよ。緑髪の剣豪さん、よく喋れるよね。
「具体的にはどうしたらいいの?」
「えーっと……」
「ならば私がレクチャーしてやろうか?」
「「ウォシュレット(殿)!」」
どうして奴がここにいる……!
内心テンパりまくりのぼくだった。
「姫。さっきはよくもやってくれましたね」
「う……」
「おかげで『緑茶』と『おせんべい』という固有名称の食品と巡り会えましたよ。感謝します」
……この人、警察で何してたんだ?
「で、そこの少年!」
「はっ、はい!」
「名前は?」
「織宮 奏唄です」
「そうか……。奏唄様か……!
殿とかつけられちゃうと、照れるではないか!」
「は? 奏唄様?」
「姫の夫になるのだろう? そのようなお方に『殿』などと呼ばれると恐縮するのだ。私のことはウォシュレット兄さんと呼んでくれ」
やっぱりこの人(?)ものすごい勘違い野郎だ。
アリスもアリスで、『やった! ウォシュレットの野郎、私を諦めた!』みたいな感じのほっとした表情をやめてくれ。
「では、奏唄様。私が魔法のレクチャーをしようではないか。姫を護るため、魔法を身につけておくのも大切だろう?」
何からアリスを護るんだよ。この世界にはモンスターなんていないぜ、兄さん。