龍のお兄さん(怖い)
翌日。変わらず冬休みである。
「え、奏唄とデートしなきゃだめなの?」
「なんでそんなに嫌そうなの? ぼくでも傷つくよ?」
今日はアリスの着る服を買うため、電車で少し離れたショッピングモールに行くつもりだ。無論、ぼく自身がデートをしたいわけじゃない。せざるを得ないのである。
「自転車で駅まで行くから、後ろ乗れ」
「えー、胸当たっちゃうじゃん」
──なに言ってんだこいつ。
ふと、家の前で青年が足を止めた。
つんつんと逆立った青髮。真紅の瞳の中では縦に大きく裂けた瞳孔がこちらを見ていた。
背中と腰の境からは黒い鱗が光る尾が伸びていた。
「探しましたぞアリス様!」
「ウォシュレット!?」
ウォシュレット……?
「奏唄! 自転車を出して! 早く!」
「お、おう!」
わけのわからないまま、愛車のスタンドを蹴り上げてサドルに跨る。同時にアリスが後ろに乗る。
「貴様! 姫をどこに連れて行くのだ!?」
ウォシュレット殿は腰に下げた剣の柄に手を掛けて少し抜く。ぼくは全力でペダルをこぐ。
「ほらお前がグダグダ言ってるから変なの来たじゃねぇか! つーか、あれ誰!? 怖すぎでしょ!」
「彼の名前はウォシュレット。私の家に仕える騎士団長よ。多分、私を捜しにきたのね」
「は? 親父さんに許可取ったんだろ?」
「えーと、その……あいつ、私のことが好きだから……」
「あー、だいたい理解した。逃げよう」
つまり。
あの怖い人はアリスのことが好きで、父親に許可をもらった家出(最早ただの長期旅行)で現実界に旅をしに来ているにも関わらず、ものすごい勘違いでアリスを捜しにわざわざやって来たのか。
「……想いが重いな」
「全然面白くないから」
「待てこらーっ!」
「ほら来たわよ! 早くしなさい!」
「はぁっ!? あいつ速すぎんだろ!」
おかしいなー、結構こいでるんだけどな。マンガなら脚がグルグルになってるレベルで。
「やむをえないわね……」
「なに? 魔法でも使うの?」
「いや、ウォシュレットには悪いけど、彼には犯罪者になってもらうわ」
秘奥義、通報!ってやつですか。
アリスはポケットから『ぼくのスマホ』を取り出し、何故だか知らんが慣れた手つきでダイヤルを押した。
「もしもし警察の方ですか? 変な男がずっとついて来るんです」
「本当に通報しやがった……! どれだけあの人のこと嫌いなんだよ……」
てか、やっぱりお前が持ってたのかよ。返せや。
「なんかあの、刃物持ってるみたいで」
「刃物ってか、あれは紛うことなく武器だ」
「待てと言っておるだろう!」
その言葉を最後に、彼がかっこいい制服を着たお兄さんに連行されたのはまた別の話。