少女の瞳
ミナハの手元に浮かぶ球体から放たれた光にぼんやり照らされながら、ミロは両手を大きく広げて言う。
「この地下水路は、私が生まれるずっとずーっと昔からあるものです! この国の人たちはみんな泳ぎが得意だから水路だけど、他の国はただの通路なんですよね?」
「そうね、少なくとも春都は地下通路だわ。とは言っても、よっぽどのことが無いと使わないし、王族以外の人間が知ってるものじゃないけれどね」
アリスは膝を抱えて座り、うんざりした様子でこちらを見る。
「まだ?」
「いや、さっき出発したところですやん」
「ジメジメして気持ち悪いから早く出たいの。もっと力入れて漕ぎなさい」
この女……!
現在ぼくたちは、ミロが教えてくれた『王族の避難水路』を進んでいる。ボートは民家から拝借した。船と言えるものが通れるほど通路は広くないから、仕方なくみんな乗れるボートを選んだわけだが、
「なぜ私が漕がねばならんのだ?」
「ぼくに聞かないで」
ミナハは中心でライト係、ミロは最年少のため係は無し、アリス……こいつは文句を垂れることにしか脳がない。男のぼくと年長のソノが必然的に力仕事を任された。
「ミロ、よくこんな通路を知っていたな」
「うん! 前、おじいちゃんがね……」
言いかけたところで、少女は進路の先の暗闇をじっと見つめる。大きな瞳は白色に輝きを放ち、その後輝きが消えたかと思うとミロは小声で呟いた。
「皆さん戦闘はできますか?」
一同が頷くと、ミロはほっとした様子で告げる。
「前方からボートがやって来ます。乗員は男性二名、軽鎧を装備しています。武器は剣を一本ずつで、魔法は使えない模様。おそらく見回りの下っ端でしょう」
淡々とした口調は、とてもミロのものとは思えなかった。こんな小さな体で、初めて見る人に対して棒っきれ一本で向かってくるような少女の口から発されたとは信じられない。
「ほら、来ましたよ」
光の届く範囲に、相手のボートが入ってきた。
「貴様らここで何をしている?」
剣を構えた兵士。こちらを威嚇するように、剣をゆらゆらと動かしてみせた。
だが、そんな兵士に怯えるわけもなく……
「おい貴様ら」
「なんだ? 女が舐めた口を!」
ソノが振りかざしたオールは男の首元に強い衝撃を与えた。彼らは先程の威勢の面影もなく、力なく水路に沈んで行く。
「ミナハちゃん、よくこんな人と一緒に生きてきたね」
「マスターですから。馴れっこですよ」
小さく微笑んだミナハの表情はかなりぎこちなかった。この子は確実に無理をしている。
「さあ進もうか! 出口は近いぞ!」
「進めるのはマスターですよ」




