暁夜
「夜枷、日本人なんだよね?」
「うん。日本人には違いないが、俺が生まれたという事実はない。俺は存在しない人間だ」
「どういう意味?」
「俺は、ゼストに誘拐された身だ。子供が誘拐されたのに警察に届けない親はいない。だから、俺がいたという事実、俺にまつわる記憶を周りの人間から全て消し去ったんだよ。魔法が使える者に不可能はないさ」
テレビの中でニュース記事を読み上げるキャスターの声が響く中、カップ麺を啜る。
「夜枷って、本名?」
「質問多いな……。本名じゃねーよ、お仕事上の名前。まず名前に「枷」なんて漢字付ける親はいないだろ」
「まあ、そうだね」
ピンポーン
「おっと、誰か来た」
席を立ち、玄関に向かう。
「気をつけろ。敵の刺客かもしれない」
「こんな真っ昼間から? ないない! もしそうだとしても、殺しのプロがいるんだから、並大抵の奴には勝てるよ」
「頼る気まんまんじゃねーか……」
鍵を外して扉を開ける。冷たい冬の空気とまだ赤くない太陽。結界が解かれたことを改めて確認する。
「はーい……って、知砂!?」
「何そのテンション。変なの」
ふふっと笑う知砂。その手にはお皿に布が被された物を持っている。おそらく昼ごはんのお裾分け。
と、そのとき。
「奏唄……チサの苗字は何だ」
「え? 琴結だけど」
「まさか、琴に結ぶと書いてコユイ……?」
「よくわかったね! 珍しい字なのに」
「ん? 何こそこそやってるの?」
「奏唄。命令だ。帰らせろ」
「なんで!?」
「いいから帰らせろ!」
「誰かいるの?」
「はっはっは、こいつがね」
「おまっ、バカ野郎!!」
ぼくの背中に隠れていた夜枷を引っ張り出す。なんだい、人見知りかい? だめだよそんなんじゃ。
パリィンという音。お裾分けの食べ物が散乱する。
「暁夜……? なんで……!」
走り出す知砂。向かう先は……自宅。
「待てコラァァア!!」
「え、何これ。どういう状況!?」
「奏唄! それ片付けとけ!」
何がなんだかわからないので、知砂が落とした料理を片付ける。おぉ……ナポリタンだ!! まだ生きてるやつ……パクリ。めちゃ美味い……!
〜ゼスト地下牢〜
ウォシュレットは一定の周期で歩いている看守を呼び止める。
「そこの青年」
「ん? どうかしましたか?」
まるで店に来た客を相手にするように、笑顔を絶やさずに応答する看守の青年。もっと「おとなしくしていろ!」などと言われるかと思ったのだが。
「牢に入れられる理由がわからないのだ。我々は何か悪いことをしたのか? 目が覚めたときには既に牢の中だったものだから」
「いえ、特には。いきなり国内に現れたもんだから盗賊か何かかと思ったらしいです。僕、これでもなかなか権力があるものでしてね。身分証明できるもの、あります?」




