もう一人の自分
「簡単に言えば、お前らの敵ってことになるな」
「そんなの見ればわかるわよ!」
アリスは夜枷に向けて火の玉を連射する。が、
「おう、威勢のいい姫さまだ」
夜枷はそれを全て軽々と斬り伏せてみせた。顔には余裕の笑みが浮かんでいる。アリスは「うそ……」と小さく呟いて口元を手で覆っている。
「お前、まともに戦ったことないだろ?」
「それは……」
「お姫様だもんなぁ! 俺らみたいな行くところが無くて、雇われて、命賭けて戦うだけの種族とはわけが違うもんなぁ! ロム!」
「は〜い。神隠発動」
どこからともなく現れた半透明の大きな手。
それは、有無を言わせずにアリスを握ってふっと姿を消した。消えたアリスは、一瞬にして遠くの柱に縛られているコトトの隣に現れた。コトト同様、縛られた状態で。
「何を……」
いや。考えれば全てわかるはずだ。
アリスが消える直前に夜枷は「ロム」と、白仮面の男に指示を出した。この点からアリスを消したのは白仮面の男ということで間違いない。
───男の魔法は、時を止める魔法なのか?
それならばこの世界を止めた犯人はこの男、この男を倒せば世界は元に戻るはず……だが、そんなに簡単な話ではないのだろう。コトトはこれを結界だと断言した。信じるほかない。
「さあ、邪魔者は消えた。始めようぜ」
「え……? あ、え? そういう感じ!?」
待ってくださいお願いします!
ぼくが戦うなんて聞いてない!!
「ほら、殺し合いだぞ?」
「速い!」
目の前で薙ぎ払われる刃を間一髪で避ける。常人……少し前のぼくなら死んでいたかもしれないが、あいにく今のぼくは普通じゃない。
「ほう。なかなかやるようだ」
夜枷の猛攻をひらりひらりとかわす。が、いつの間にか夜枷の左手に握られていた小刀で横腹に一撃もらった。
「いってぇ!」
「避けてばかりでは話にならない」
「わかってるよ!」
───クウヤでも来てくれたら勝てるのに。
「くそっ! 我が手の内に現れよっ!」
何も出ない。こんなときに限って、何も出ない。
「余裕だな。お姫様の隣を歩くわりに力は皆無か」
夜枷の猛攻は続く。横腹の傷は思った以上に深く、傷を庇うのを優先してしまって身体が思うように動かない。小さな傷が身体中に入るが、致命的な一撃はない。夜枷はおそらく、遊んでいるのだ。
剣撃が終わる。飛んできたのは蹴りだった。
「ぐっ」
ぼくはその場に倒れ込む。もう動けない。
「異世界で話題になっている〝魔力を手に入れた純人間〟もこの程度か。お前を殺せばとある国から多額の報酬が出るんだ。すまない、死んでもらう」
お前を殺せば……?
すまない、死んでもらう……?
「ぼくはこんなところで死ねないんだよ」
『ぼくを殺そうとする奴は許さないよ』
どうしたらいいんだよ。
『今のぼく。身体を貸してもらってもいい?』
うん。
『少し借りるね。君は寝ててくれたらいいよ』
傷だらけの身体だ。痛かっただろうに。
久々に吸う冷たい空気は『ぼく』の意識をはっきりとさせてくれた。
「まだ動けたか」
「まあね。痛いのは遠い過去に経験済みだよ」
ヒュオォォォ……っと冷気が集まり、『ぼく』の手の中に剣を創る。夕焼けの光を浴びて赤く炎のように輝く剣は、スッと空間を斬って夜枷の刀と交錯する。
すばらしい斬れ味だ。
夜枷の折れた刀の先端は、コンクリートの地面にストンと突き立った。




