悲劇
春都の草原に伸びる桜の木。その内の一本にもたれかかる金髪の女性が呟く。
「奴は何者なのだ……」
脳内で思い返される先刻の映像。
龍の男に乗り移った呪いの存在を祓ったあの少年。あれはこの世界の住人ではなく、ただのなんの力も持たない人間に見えた。
──なのに、彼からは魔が香った。
近くで草を食んでいた一角馬が言う。
『確かめなくてもよいのですか?』
「ああ。今日は下見に来ただけだからな」
女性は馬に乗り、雷となってその場から消えた。
朝だ! 今日はやっと帰れる!
と、起きてすぐに浮かれていると……
「アリス姫! 奏唄君!」
「シャグル、こんな朝からどうしたの?」
「コトトさんが、話があると……」
螺旋階段を走るように下り、走って城から飛び出す。コトトは庭の真ん中、たくさんの春都の兵に囲まれながら立っていた。
「アリス……、たいへん……」
「どうしたの?」
「アリスに借りてたあの本……、喋った……!」
う、うぅん……、コトトが言ってることがよくわからないのはぼくだけ?
「貸してた本? ってなに?」
「彼は人喰いの……、なんたら……」
「アリスおまっ……」
貸してんじゃねーかっ! ものすごい数の本を漁らされた僕の時間を返せ!
「貸したっけ? まぁいいや。で、喋るっていうのはどういうこと?」
コトトも独自のルートで例の本とウォシュレットの血統についての情報を手に入れ、自分なりに色々調べていたらしい。
昨日の夜のこと。
本に影のようなものが入り込み、【願い】【辛い】【助けて】などという音声を発した。それ聞いたコトトは怖くなり、その本を夢の中に封じたらしい。まぁ無難な選択か。
「コトトちゃん、本の中身はどんなだった?」
「アリス……、怖い……、声……、頭の中から……、離れないよ……」
「大丈夫。大丈夫よ」
もういいよ。ぼくはコトトと関わらない!
いやまあ、関われないんだけどね。無視されるから。
「で、コトト。本の中身はどんな感じだった?」
ナイスだアリス。
「中身は……、簡単に言えば……」
一ページごとに書き手が違うお話。
──交換日記みたいな感じだった。
違う。二冊の本。題名は同じなのに……
「内容が、違うよ」
「え……? 奏唄、どういう意味?」
「ウォシュレットの家にあったのは、魔法陣だとか絵が描かれた……いわゆるイラスト本のようなものだったんだ」
「上、下巻があるっていうの?」
「うん。もしかすると……」
コトトの言う交換日記というのは正しいのかもしれない。時代は違えど、カカハの血を引く者が書いていたもの。
コトトが持つ本は、交換日記ではなく……
恨み辛みを吐露し続けた結果生まれてしまった呪い……長きにわたって続く呪いの核なのではないか?
「こりゃまた……ひどいな……」
クウヤは朝早くから日本にいた。カナタを安全に返すための下見だったのだが、事態は思わぬ方向に進んでいたらしい。
壊滅状態の街。空を飛び、地を這う奇形生物。
「他の世界からの使者が荒らしたっぽいな」
人気のない街を見下ろし、クウヤは呟いた。




