オール・クリア
「なんだ……これ……!」
「奏唄様!」
本に描かれた魔法陣から伸びる手が、ぼくの首を掴んで離さない。人間の手の形をしているのに、爪は尖って皮膚は鱗のように変形している。
【邪魔ヲスルナ】
脳内に突然響く低い声。
「お前…カカハ……か? そう…なんだろ?」
締め付けられた喉から精一杯の声を押し出す。すると、首を握り締める力が少し弱まった気がした。
【私の願いは……】
「今、叶った」
「……っ!」
「久々の現世だ。やはりここに来ると、怒りがふつふつと湧いてくる」
ウォシュレットの声で……
「ふむ、この身体も悪くはないな」
ウォシュレットの身体で……
「さあ! 時は満ちた!」
でも、中身だけが違う。
カカハ・フラネオがウォシュレットの中にいる。
ぼくは魔法陣から伸びる腕を、クウヤに借りたままだったナイフで斬りつける。浅い傷しか与えることができなかったが、手は離れた。
「カカハ・フラネオォォォォ!!」
「お前誰だ? 目障りだ。消えろ」
悪魔のような双眸でこちらを睨むカカハ。それだけで凄まじい衝撃がぼくの身体を正面から叩いた。吹き飛ばされ、本棚に背中を打ち付ける。
「かはっ……」
「いひゃひゃひゃ! あー愉快だ。いい、実にいいよ!」
「うっ……くっ……」
起き上がることのできないぼくに叩き込まれる多くの拳。痛い。痛い。
……でも、痛くない。
何より、今一番痛い思いをしているのはウォシュレットのはずだ。こんな、気持ちのない拳とは訳が違う。
「ははっ」
「なんだぁ? なぜ笑うのだ貴様!」
「笑ってるんじゃねーよ」
カカハが目を見開く。口から血が流れた。
「嗤ってるのよバーカ」
カカハの胸は、アリスの剣によって貫かれていた。
あれ待てよ? 中身がカカハなだけであって、身体はウォシュレットなんですけど……。
ウォシュレットなんですけど……?
「ウォシュレットの身体を傷つけるとは……はぁ……大した暴挙に出たな……っ」
「知らないわよウォシュレットなんて。あいつはねー、なんだかんだで助かるのよ!」
ブス、ブス、ブス。もう一つブスっとな。
アリスが黒ひげ危機一髪かよって言いたくなるぐらい、ウォシュレットの身体に容赦のない刃を突き立てる。とてもみなさんにはお見せできません。
「カカハ・フラネオ。一つ答えろ」
「なん……だ……」
「どうして今になって現れた?」
「大戦……」
「はっきり言え」
「じきに異世界大戦が始まる。多数存在する異世界が争い、ばらばらの世界を一つに統一しようと戦う。だから私は……今……」
ウォシュレットの身体から力が抜ける。
カカハの意識が消えたのだろう。というか、もしかしたらリアルにリアルなアレかもしれない。
「アリス! 早く応急処置! ウォシュレットが死んじゃうよ!」
「あー、はいはい」
のちに確かめたのだが『彼は人喰いの龍神様』の内容は綺麗さっぱり白紙に戻った。ただ、一番前のページに「私の願いは分かたれた」と記されていたのが気になるところだが。




