歩く
「うぅ〜、さみぃ〜」
「…………」
吹雪の中の暗がりを、手の上で揺らめく火の玉の灯りを頼りに歩く。
「むー」
「どした?」
「歩きにくい」
アリスの足を覆うのは、薄いピンク色のヒール靴。こいつはあれだな、バカ。
雪の中をヒールで歩くやつなんて初めて見たわ。
「ほら」
「なによ」
「おんぶ」
「…………」
火の玉をアリスに渡し、両手をフリーにする。
背中にアリスが乗ってくると、どことなく安心するし、あったかい。……ちょっと柔らかい。
「奏唄、ごめんね」
「ん? いきなりどうしたの?」
「私さ、奏唄にいっぱい迷惑かけてるよね……。
私を見つけてくれたことで、奏唄が得したことなんてないよ。コトトのこともそうだし、ウォシュレットはあんなだし……」
──ほんと、ごめんなさい。
「アリス……?」
「すー……すー……」
寝ちゃったみたいだ。
ぼくはただひたすらに龍族の国を目指して足を進めた。
「この匂い……」
ウォシュレットは、自宅のベッドの上で飛び起きる。慣れ親しんだ2つの香りが鼻腔をくすぐるのだ。
「まさか……!」
上着を持って、ウォシュレットは飛び出した。
「ん……?」
なんかあったかい。あれ……? ぼく、横になってるのか?
「気が付かれましたか」
呆れたような笑みを浮かべてこちらを覗き込む縦に裂けた瞳孔。
「ウォシュレット……?」
「はい、ウォシュレットですよ。あ、今あたたかいスープを持ってきます」
これはどういう状況ですかね。
ウォシュレット探しに……つーか、追ってここまで来たはずなのに、記憶がないのはどういうことでしょうか。
「カナタ……ごめ……」
「はぁ、寝言言ってるし」
銀色の髪をすく。アリスはふにゃっと口元を緩めた。
「こうしてると可愛いんだけどな……」
「ですね。はい、キノコのスープです」
「ありがと」
スープを口に含む。優しい甘さが広がって、身体も芯から温まっている気がする。
「昨日、ぼくはこの家にたどり着いたの?」
「いえ。奏唄様と姫は、二人で雪の上に寝ていました」
まぁ、無事でよかったです。と、ウォシュレット。
「ウォシュレットに運ばれたのか……。ごめんな、無駄な迷惑かけちゃって」
「いえいえ」
「それにしても……」
木の、いい匂いがする部屋だな。
家具も全て木製。住人であるウォシュレットのこだわりが感じられた。特に壁の本棚。題名順に揃えられているよう──あれは。
目に留まったのは『彼は人喰いの龍神様』。
やはりウォシュレットは持っていた!
「ウォシュレット、お前、あれ!」
「もう、そこまでたどり着きましたか……」
ウォシュレットはその本を取り出して、机の上に広げた。
「これが、お前の先祖から伝わる……?」
「はい。呪いの本です」
本を手にとって内容を確かめる。
……読めないんですけど。どうしよう。
中に記されているのは文字列ではなかった。
黒いインク……いや、これはおそらく血だろうと思われる物で描かれた魔法陣。
突然、そこから手が伸びた。




