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R17,コンプレックスの真相(両想)

「先日はウチの兄が、大変ご迷惑をおかけいたしました」


 魔地悪威絶商会オフィス。

 ガイアとテレサの前で、1人の女性が綺麗な土下座を披露していた。

 ビシッとしたスーツを着込んだキャリアウーマン風の方だ。


 服装がまともなのでわかり辛いが、昨晩カゲロウを回収したくノ一、カゲヌイである。


「その菓子折りは我々トゥルー忍者も暮らす忍者の里の名菓、ヤツザキ堂の手裏剣クッキーです」


 テレサのデスクには、カゲヌイが持ってきた紙袋が置かれている。

 その袋には、血に塗れたクナイとヤツザキ堂とやらのロゴがプリントされていた。


「八つ裂きって……すごい名前だな……」

「ちなみにヤツザキ堂、追加料金で解剖で発見されない毒物をトッピングしてくれるサービスも行ってますよ」

「………………」

「あ、ご安心を。謝罪用の菓子に毒を混入なんてしません。常識です」


 謝罪用じゃなくても混入すべきでは無いと思う。常識以前過ぎる問題として。


「と言うか、後日伺わせてもらうって……謝罪の事だったんですね……」

「ああ……俺はてっきりお礼参りにでも来るのかと……」

「いやいや、今回の件、どう考えても兄が悪いですし」


 カゲヌイは顔を上げると、先日同様非常に薄っぺらい愛想笑いを浮かべる。


「驚きましたよ。兄が突然、『ちょっと嫁を迎えに行ってくる』とか言い出した時は。兄はこう、昔から少々阿呆なモノで……妙な事をしてないかと思い跡を付けてみれば、よりにもよって国家権力に喧嘩売ってるんですもん。止めた方が良いかなぁとは思ったんですがねぇ……」

「何で止めに入ってくれなかったんだよ?」

「いやぁ、兄と私の実力はほぼ互角なので、ぶっちゃけ戦うとなると面倒臭いなぁ、と……」

「すごくぶっちゃけましたね」

「と言う訳で、とりあえず兄が誰かの生命を奪おうとしたら流石に乱入しようかな、くらいのノリで観測に徹しておりました。いくら何でも、こんな事情での殺生は黙認できませんし」

「……で、あなたのお兄さんはどうあっても引き渡してはもらえないんですか?」

「それは不可能です。先に説明しましたが、トゥルー忍者は今、7世帯しか残っていません。そして若い世代は私と兄を含めてもたったの8人しかいないんです。族頭は引き渡し拒否の姿勢を一貫するでしょう」

「でも、お兄さんは悪い事をしたんですよ?」


 それも王の城へ乗り込み、衛兵や騎士のみならず王子までボッコボコにしたのだ。

 国家反逆罪を適用されても何も不思議ではない話だ。


「はい。ぶっちゃけ、私としても兄は豚箱に入るべきだと思いますし、入って欲しいとも思います」

「入って欲しい?」

「兄が終身刑でも食らってくれれば、次期族頭候補は3人……そして継承順位は私が繰り上げ1位になるんですよ。つまり私のフィーバータイムです」


 ……口調や雰囲気の印象と違い、割と我欲の強い人の様だ。


「でも、族頭は兄の身柄引き渡しを認める訳にはいかない、と言っています。もし国側がそれを強要するのなら……まぁ、相応の対応をする準備はあるそうです」


 相応の対応……おそらくは、戦う事も辞さないと言う意味合いだろう。


「里には現役のトゥルー忍者が18人、隠居してはいますが戦闘に参加可能な者が15人います」


 もし戦いになれば、あのカゲロウの様な怪物を33人も相手にしなければならない、と言う事だ。

 たった1人で、王城を警備する戦力を無傷で蹂躙できる様な連中が、33人。一国の総力を尽くしても、勝てるかどうか怪しい。


「先日の件の謝罪と、この事を伝えるために、私は来ました。後で城の方にも伺うつもりです」


 先日の件は全面的に申し訳ないと思ってはいるが、カゲロウを、一族を未来に繋ぐための貴重な人材を渡す訳にはいかない。カゲロウを守るためなら、国が相手でも交戦する覚悟がある。


 それが、トゥルー忍者達の意思。


「……まぁ、言葉通りに捉えないでください。ぶっちゃけた正味な話、里の皆は、国と事を構える事に余り乗り気ではありません」

「どういう事ですか?」

「一応忍者の里もナスタチウム王国の一部です。国がゴタつくと色々と面倒が起きるので」

「強気の姿勢を見せてるのは、交渉のためか」

「その通り。武力と頑なな姿勢を最初に示しておく事で、極力こちらに有利な着地点を模索するつもりでしょう。ポピュラーな交渉術ですね」


 自国の戦力を盾に、「その気になれば俺達はチミ達を滅ぼせるし、そうしても良いんだけど、武器弾薬がもったいないなぁー……さぁ、どうする?」的な姿勢を見せ、少しでも自国に有利な同盟条約を結ぼうとする。よくある話だ。

 トゥルー忍者達は今、この手を使い、どうにかカゲロウへの処罰を軽く済ませようとしているのだろう。


「……それ、流石にぶっちゃけちゃ不味いんじゃないのか? あんた一応トゥルー忍者を代表する特使的なモンとして来てんだろ?」


 特使がそういう事ぶっちゃけちゃうと、足元を見られてしまう。

 一点の淀みも無い強気の姿勢を見せ続けなければ、この交渉術の本懐は果たせない。


「先にも言いましたが、ぶっちゃけ、兄の失墜は大歓迎です」


 この人はもう少し言葉をオブラートに包む技術を学んだ方が良い。


「ですが、乗り気ではないだけで、いざ戦いとなれば迷いはしないでしょう。お互いのため、兄の扱いは慎重に考えていただく様に進言するつもりです」

「うぅ……私としてはシノさんの件もありますし、きっちり罰を受けて欲しい所ではありますが……」

「気が合いますね」

「建前だけでも良いから兄貴の味方してやれよ……」


 どんだけ自分の兄が疎ましいのだろうか。






「……あー……うん。何と言うか……最後の最後で格好付かなかったなぁ……」


 ベッドで横になりながら、チャールズは自分の腹にガッチガチに巻かれた包帯を軽く叩く。


「テレサ達には、ちゃんとお礼を言わないとね」

「……………………」

「シノ、りんごを剥いてくれるのは嬉しいんだけど、もう大分スリムになっちゃってるよ?」

「ほうぁっ……も、申し訳ありません……私とした事が……」


 思考が散漫な状態でりんごを剥いていたらしく、皮を殲滅した後もシノはりんごの果肉を削ってしまっていた。

 最早ほぼ芯しか残っていない。


「一応果物ナイフでも、刃物を使う時に余所事を考えてちゃ危ないよ?」

「……申し訳、ありません……」

「……まぁ、アレだよね。そりゃあ『あんな話』を聞かされたら、ギクシャクしちゃうよね」

「………………その……チャールズ様、一体、いつ頃から……」

「僕がまだギリギリ成人してなかったから……大体4・5年くらい前かな」

「この私ともあろう者が……そんなにも長い間、騙し抜かれていたとは……」

「僕は君ほど素直じゃないからね」

「………………」


 シノの表情筋は相変わらず基本位置をキープしているが、その頬は茹で上げたタコの如く紅潮している。


「それと…………まさか、チャールズ様の私物で、言葉にするのを憚られる様な事をしていた事まで把握されていたとは……」

「あー……うん、まぁ拝借する所より後は実際に目撃した訳ではないけど……持って行かれたモノのラインナップ的にね」


 ペンとかなら他の用途が想像も着くが、流石に異性の下着を持っていく行為の先にまともな展開は想像できない。


「……これからは、断りをいれます」

「どうしようシノ。止める気が無い事に驚きを隠せないんだけど」

「むしろここは開き直っても良いのでは、と1周回って思い始めた所存です」

「回っちゃいけないトラックを回りきったね」


 開いちゃいけない扉を開いた幼馴染に、チャールズは苦笑するしかない。


「……ありがとう、ございます」

「え、いきなりどうしたの?」

「私の想いや行為を知りながら、見逃していてくれていた事です」


 シノの想いや行為は、従者としては不適切なモノだ。

 それを処断しなかった所か、昨夜の件が無ければチャールズはこの先も見て見ぬふり、知らぬふりをしてくれていただろう。


「……まぁ、僕だって男だよ。女性に慕われるのは嫌じゃないさ」

「私が言うのもアレですが……私があなたなら、自分の下着であれやこれやする変態従者はお断りです」

「うん、本当に君が言う事じゃないよねそれ」

「……ところで、チャールズ様。失礼を承知で、お伺いしてもよろしいですか?」

「何?」

「私を押し倒そう、とか思った事、無いんですか?」

「ぶっ!? いきなり何!?」

「どうしても釈然としないんです」


 チャールズは、結婚やそういう行為の経験が無い事に非常に強いコンプレックスを抱いていた。

 暗黒期には馬の尻を眺めて真面目に思案する程度には。


 そんなコンプレックスを持つ彼が、自分に向けられた恋心を何故スルーしていたのか。

 シノとしてはちょっと気になる所だ。


「私にはメス馬の尻程も魅力を感じなかった、と言う事ですか?」


 シノは下賤の身、王族として手を出そうとは思わなかった……なんて事は無いだろう。

 獣すらロックオンしかけた以上、身分だ何だの言い訳は通じない。


「昨日も言っただろ、君が何故、僕への想いを隠しているのかは、知ってたって。君の意思を無視してまで……」

「………………」

「何でそんな訝しむ様な顔なのかな!?」

「いえ、チャールズ様の暴走状態を知っている身としては……説得力に欠けると言いますか」

「僕ってそんなに信用が無いの!? 結構僕としてはこの信条は中々重いモノなんだけども!?」


 独身や童貞である事に触れられたチャールズの激昂具合は並では無い。理性が吹っ飛んでんじゃないかと思える乱れ様である。

 彼に取って未婚である事と性経験が無い事はそれだけ強く深いコンプレックスと言う事だ。

 その状態を知っているシノとしては、やはりそんな綺麗な理屈はイマイチ信用に欠ける訳だ。


「あのね、そもそも、僕が結婚だなんだに拘り始めたきっかけは……っと」


 言いかけて、チャールズは慌てて口を噤んだ。


「きっかけ? ……そう言えば、チャールズ様って急に結婚だ何だを急ぐ様になりましたよね。確か、20歳になったくらいからですか。当時は『まだそんなに急ぐ歳じゃないだろ』とかウィリアム様にも言われてましたよね」


 チャールズは元々、全く恋愛沙汰に興味無さ気な、いわゆる草食系寄りだった。

 それが20を過ぎてから急に結婚を急ぎ始めて……


 てっきり、チャラい若者の早婚風潮が漂う昨今、その時勢に影響されて焦り出しただけ、とシノは思っていたが……


「きっかけ、と言うからには、何かもっとちゃんとした理由があるという事ですか? あの頃、何かあったのですか?」

「いや、それはね……うん、まぁ、良いじゃん。うん」

「そう言われると、気になるのですが?」

「いつか、話せる日が来たら話すよ」

「それは大体の目処が立っているのですか?」

「……そうだね。僕が無事、結婚できたら、かな」

「今聞かせてください」

「シノ、遠回しに僕が結婚できる訳ないって言ってるのかな? 君は僕の事が好きなんだよね? 僕の魅力とか知ってるんだよね? それでその反応はおかしくない?」

「自分の趣味が世間からズレている事は自覚してますので」

「色物扱い!?」








 それは、4年前、チャールズが20歳になったばかりの頃。


「おい、チャールズ。お前最近、婚活頑張ってるらしいな」

「あれ、ヴェルグ兄さん?」


 王城の廊下で、チャールズは第2王子ヴェルグと遭遇した。

 ヴェルグはいわゆるヒッキーであり、その服装も灰色のダボダボスウェットが基本と言う実に王子らしくない風体の人物だ。


「兄上が部屋から出ているなんて……通りで朝の快晴が跡形も無い訳だ……」

「てるてる坊主も裸足で逃げ出す雨王子……ってか。虚しいねぇ」


 日光浴は嫌いじゃないんだがなぁ、とやるせない笑顔を浮かべるヴェルグ。


「話を戻すがよ、チャールズ。お前、まだ婚活なんてする歳じゃねぇだろ?」

「……ははは、……ウィリアム兄さんにも、父上にも同じ事を言われたけど……」

「はぁ? 親父殿に急かされたって訳でもねぇんなら、何で婚活なんかしてんだお前?」


 ヴェルグはてっきり、いい歳して結婚所か男女交際すら乗り気でない自分の尻を叩かせるため、父がチャールズをけしかけているモノだとばかり思っていた。

 今、声をかけたのも「何か俺がだらしないせいで迷惑かけてすまんな」と謝るつもりでの事だった。


「……まぁ、兄上は基本部屋から出ないし、話しても問題ないかな……?」

「ん? ああ、例え部屋から出たって大して喋らねぇし、俺の情報機密力は中々のモンだぜ」

「……実はね。僕、好きな人がいるんだ」

「はぁぁぁ? じゃあ何で婚活してんだよ。その好きな人を口説きにいけよ」

「……そうも、行かないんだ」

「何だ? 身分の差とかか? どうせ後継は兄貴がいんだ。お前はもう、身分とかが足枷になる様だったら家を出ちまうって手も……」

「僕がそういう事をするのを、彼女は絶対に望んでいないと思う」


 チャールズは、雨が降り注ぐ中庭を眺めながら、少し寂しそうに笑った。


「真面目で、優しい人なんだ。僕を少しでも傷付けない様に、自分を殺しちゃう様な人」

「……成程な……」


 きっと、チャールズが家族と離縁してまで寄り添おうとすれば、その人は悲しむ。

 自分のせいでチャールズが家族と不仲になると、自分を責めてしまう。

 チャールズの目の前から姿を消すか、最悪……


「だから、僕はもう、彼女が傍にいてくれるだけで良い」

「そら立派な心意気だが……何でそこから婚活?」

「……やっぱりさ、そう簡単に諦めってつかないんだよ。僕だって、人間だもん」


 だから、チャールズは、


「次の恋を見つけて、しっかり家庭まで持てば、彼女の事を割り切れるかな、と思って」

「……そうか。だけど、その次の恋の相手に失礼な真似だけは、するなよ?」

「うん。わかってるよ」

「そか。そこをわかってんなら応援するぜ、チャールズ。ほれ」

「え?」


 ヴェルグがチャールズに投げ渡したもの、それは、小さな鍵。


「俺の部屋の1枚目の扉の合鍵だ。いつでも相談に来い。ギャルゲーにおいて百戦錬磨のこの偉大な兄がアドバイスしてやる」

「うん、ありがとう。でも多分その肩書きの人は頼らない」

「ま、そらそうだわな。じゃ、頑張れよ、我が弟よ」


 笑い飛ばしながら、ヴェルグは去っていった。


「……うん。頑張るよ」


 チャールズは、静かに誓った。


「シノのためにも、ね」



 ……好きな人のために必死に何かに取り組めるのは、良い事だろう。

 それが将来的に、触れられたら暴走するレベルのコンプレックスの根源になってしまった訳だが。



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