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第46話 シラユキ(♂)と七つの大罪④

「私のモノを、全部……?」

(そうだ。もうこの世に、テメェの居場所は存在しねぇ)


 テレサが生きた痕跡は、全て『マモンの生きた痕跡』に改変された。


 皆の中で『テレサ』と言えば、マモンの事。

 テレサを『テレサ』として認識してくれる者は、もういない。


(『強欲な接収(グリーディスティール)』……俺の特殊能力の名だ。記念に覚えとけ)

「技名カッコい…じゃなくて! 何でそんな事するんですか!」

「さっきから何1人で喋ってんだ?」


 マモンはテレパシーを使用しているので、傍からではテレサが1人で騒いでいる様にしか見えない。


「うぅ……ガイアさん! 本当にあの人が私だと思ってるんですか!? 全然似てないですよ!?」

「何を意味のわからん事を……まぁ似ても似つかないけど、だから何だよって話だし」

「薄情者! 私への愛が足りな過ぎです!」

「初対面で愛が足りないとか言われてもな……」

「初対面じゃないですよう!」

「いや、絶対初対面だと思うけど……」

(無駄だぜ。俺の能力は完璧だ。どんだけ語りかけようが、「私との会話の中で記憶が元通りに!」なんて嬉しいミラクルはありえねぇよ)

「だから、あなたはあなたで何でそんな嫌がらせするんですか!?」

「いや、嫌がらせじゃなくてマジで初対面……」

「ガイアさんじゃないですよう!」


 えー……っていうか、何で俺の名前知ってんの? というガイアの質問を無視し、テレサはマモンが座るデスクの前へ。


(ぎゃは……まぁ、ご主人様の命令なんでな。そう恐い顔すんなよ)

「誰ですか、ご主人様って……」

(この見てくれ見りゃわかんだろ? シラユキだよ。俺ぁあいつの命令通り、テメェの居場所を奪っただけだ)

「シラユキちゃんがそんな事させる訳…」

(テメェがあいつを拒んだからだ)


 拒んだ。

 おそらく、シラユキからの求婚を断った事だろう。


(テメェからシラユキ以外の全てを奪えば、テメェはシラユキと結婚するしか無ぇだろ?)

「そんなの……」

(テメェはもう逃げられねぇよ。あいつはイカれてる。本気でイカれてる。ナイスにイカれてる。狂人の素養がある。テメェを手に入れるために手段を選びやしねぇだろう。意地を張って独りで生き抜こうとしても、『他の6人』が追い打ちをかけるだけだ)


 例えシラユキを拒み続けても、その分シラユキが更に何かしら手を打ってくる。

 マモンはそう言いたいらしい。


(今晩は冷たい路上でオネンネしな。明日にゃシラユキが迎えに来てくれるだろうよ。せいぜい一晩泣き明かせ。ぎゃはははははは!)

「っ…………」


 このマモンという男が何者か、シラユキが何故この男を従えているのか、わからない事は多いが、わかった事もある。


 この異変の原因はこのマモンという男。

 そしてマモンにそうさせているのはシラユキ。


 テレサがシラユキの求婚を拒んだから、テレサを『シラユキと結婚するしかない』状況に追い込もうとしている。


 その行動原理は、テレサには全く理解できない。

 しかし、マモンの言う通りならそういう事だ。


「……シラユキちゃんと、話をさせてください」


 今のテレサでは、城に入る事はできない。

 自力でシラユキに会いに行くのは不可能だ。


(明日にゃ会えるつってんだろ)

「今すぐです!」

(無理だ。つぅか、話し合った所で無駄だと思うぜ。今のあいつは自分に都合の悪い言葉なんざ耳に入らねぇよ。諦めな)

「私、力づくだってできるんですよ……!」


 テレサには、魔法という強力な武器がある。

 それに、もしかしたらこのマモンという男をボコボコにすれば、能力とやらも解除されるかも知れない。


(脅しのつもりか? ……忘れちゃいねぇか?俺は今、『テメェ』なんだぜ?)


 マモンは楽しげに、視線をテレサの後方へ移す。

 そこにいるのは、ガイア。


(テメェに質問だ。あのガイアって野郎や、アシリアってガキ、コウメって女は、テメェが攻撃されるのを黙って見てるクチか?)

「……!」


 テレサが襲われれば、きっと3人はすかさず助けに入るだろう。

 アシリアやコウメは当然、普段こそ意地悪ではあるがガイアだって、そういう時は助けてくれるだろう。

 テレサだって、3人がそういう状況に置かれれば、絶対助ける。


 信頼していい。皆の事はよくわかっている。


 つまり、皆の中で『テレサ』であるマモンに危害を加えるという事は、3人と敵対する事を意味する。


 自分を必死に守ろうとしてくれる人と、戦わなければならなくなってしまう、


(わかったら、とっとと出てって今夜の寝床を探すこった)

「……っ……」


 マモンを倒せばいくらか状況は改善されるだろうが、それはできない。

 こちらからシラユキに会う事も不可能。


 テレサが今できる事など、何も無い。


「おい、何かすげぇしょんぼりしてるけど、大丈夫か?」

「…………」

「おい?」

「放っとけよ」


 マモンはニタニタと笑いながら、心配そうにテレサに話しかけるガイアを止める。


「そのガキに、構う必要は無ぇよ。お前とそのガキは『何の関わりも無ぇ赤の他人』だろうが」

「そうは言ってもな……」


 赤の他人。

 マモンのその言葉を、ガイアは否定しなかった。


「……そんな……」


 テレサの胸がひどく締め付けられる。

 一瞬、心臓の動きがおかしくなってしまう程に。


 きっとそれを狙って、マモンはわざわざそういう言い回しを選んだのだろう。


「……ガイアさん、私とあなたは赤の他人、なんですか……?」

「そりゃあ…今、会ったばっかだしな」

「……そう、ですよね」


 ガイアに、いや、ガイアだけじゃない。

 皆が皆、今の自分を赤の他人だと思っている。


 それを、改めて痛感させられた。


 さっきまで、この異常事態を全く理解できず、半ば夢を見ている様な感覚だった。

 だから、皆に「誰お前?」と言われても「えぇ何事!?」という感じで、驚愕と疑問だけが先行していた。


 しかし、マモンという原因を知った事で、この異変が確かな現実だと理解できた。

 それ故に、さっきまでは感じなかった感情を覚える。


 悲しくて、とても腹が立つ。


 マモンを今すぐにでもぶっ飛ばして、この状況をどうにかしたい。

 でも、できない。


「…………」


 泣きそうになるのを堪え、テレサは歩き出す。


 ここにいても、自分には何もできない。

 辛い、だけだ。






「……私、どうすれば良いんでしょう……」


 相談できる相手は、いない。


 夕暮れの茜色が夜の藍色へとグラデージョンを描く中、テレサはトボトボと街を歩いていた。


 途中、シンデレラやピノキオ、孤児院の腰痛持ちの院長さんなど、知っている顔と何度もすれ違ったが、誰もテレサに声をかけてはくれなかった。


 当然だ。

 今、あの人達の記憶に、テレサの姿は無いのだから。


「…………」


 とりあえず、どこか泣ける場所を探そう。

 そう、人気の無い道を選ぼうとした時だった。


「おい」


 聞き覚えのある、男性の声。


「……ガイア、さん?」


 振り返れば、そこにはガイアがいた。


 走ってテレサの事を探しただろう、息が荒い。


「何で……?」


 今のガイアは、テレサの事なんて覚えていないはずなのに。


「…………ちょっと、いいか?」




 ガイアは先程、妙な違和感をいくつか覚えていた。


 この少女の事を、ガイアは全く知らない。

 しかしこの少女は、ガイア達の事をよく知っている風で、決して初対面では無いと言い張った。


 とても嘘を吐いているとは思えない目だった。


 この少女が本気でイカれているか、本当に初対面では無いのか。

 そのどちらかなのだろう。


 それに、マモンの態度がとてつもなくおかしかった。


『ガイアの知る普段のあいつ』は、絶対あんなトゲのある言い方はしない。

 だって『ガイアの記憶通り』なら、マモンはドがつく阿呆で、のほほん界のトップランカーとも言える様な奴なのだから。


 それにあいつなら、この少女を無下に扱うどころか、むしろ「一体どうしたんですか?」と相談に乗るくらいしたはずだ。


 その違和感が、どうしても拭い切れなかった。


 なので、とりあえず詳しい話を聞こうと、この少女を追いかけた訳だが……


(でもなぁ……)


 見れば見る程、ガイアはこの少女の顔に心当たりなど無い。


 本当、全く持って記憶に引っかかりを覚えない。

 忘れている、とかいうレベルを遥かに超えている。


 この感覚を、人は「知らない」と言うのだろう。


 そんな事を考えていると、腹に違和感を覚えた。


 いつの間にか、あの少女がぐわしっと抱きついて、ガイアの腹に顔を押し付けて大泣きしていた。


「思い出してくれたんですね!? やっぱり最後に愛は勝つんですね!? 流石は私のガイアさんです!」

「ちょ、待っ、思い出してないから、っていうかやっぱお前の事なんて知らな…ってうぉい!? 人のシャツで鼻水拭くな!」


 必死に引き剥がそうとするが、少女は絶対に離すものかとガイアの腰の辺りにしがみついている。


「とてもなつかしい感覚の様な気がしますぅぅぅぅぅ……」

「何がだぁぁぁぁ! つぅかマジで一旦離れろ! このシャツ割と気に入ってんだよぉぉぉぉぉ」

「嫌です!」「絶対に離しません!」

「分身した!?」


 何か分身し始めた2人の少女に纏わりつかれ、ガイアの身動きが大分制限される。


 日が落ちかけた街中で俺は一体何をやっているんだろう、とガイアは本気で思う。






「……記憶の差し替え、ねぇ」


 ようやく落ち着き、離してくれた少女。

 離してくれたと思ったら「お腹が空きました……」とか喚きだしやがった。


 そんな訳でテレサという名前らしい彼女と共に、ガイアは一軒のファミレスに入った。

 ガイアの1つ前のバイト先に近い、美味いと評判のファミレスだ。


 そこでテレサから大体の話を聞き、ガイアは深々と溜息を吐く。

 話によると、テレサは本来マモンのポジションにいるべき存在で、マモンの特殊能力で取って代わられてしまったのだと言う。


「信じられるか」

「ひどいです! 漫画とかだとこういう場合、過去の回想に入って一気に思い出したりするモンじゃないですか!?」

「とにかく口の周りのケチャップ拭け」

「むぎゅ、ここで私と…今のあなたで言うマモンって人と初めて会った時の事は、覚えてるでしょう?」

「まぁ確かにマモンにスカウトされたのはここだけどよ……」


 テレサはさっきから、やたらとマモンとガイアの思い出話に詳しい。


 いや、詳しすぎる。

 本当にその場にいたような発言ばかり。


「あの時も、私はオムライスで、ガイアさんはラーメン。でも今日はあの時と違って、私の方が先に来ましたけどね!」

「何のドヤ顔だそれは……」


 ざまぁみろ、と言わんばかりにスプーンをこちらに向けドヤ顔を披露するテレサ。


「……いくらあいつとの過去をズバズバ当てられてもな……逆に、お前は記憶を読み取る特殊能力を持ってて、マモンを陥れようとしてる、って可能性もある訳だし」

「そんな魔法使えませんし、使えてもそんな事しませんよ!」

「だから、その辺をどう信じろってんだよ」


 マモンとテレサ、どちらを信じるか?

 そう言われれば、ガイアは当然マモンの方を信じる。


 確かに今日のあいつの様子はおかしかったが、それだけで今までの付き合い分の信頼がチャラになどなりはしない。


「うぅ……でも本当なんですよ?」

「…………」


 まぁ、テレサが嘘を吐いてなさそうってのは雰囲気でわかる。


 テレサからは、邪気という物の類を一切感じない。

 素直なアホ娘、というオーラ全開だ。


 しかし、それが凄まじいクオリティの演技だという可能性は捨てきれない。


 ガイアは心理学のプロなどでは無い。

 雰囲気や仕草だけで、テレサの人柄を完全に判断する事はできないのだ。


「どうしても、信じてもらえませんか?」

「…………まぁな」


 とてつもない勢いでテレサが凹む。


 その姿を見ていると、ガイアは妙な感覚に襲われる。


 このままではいけない気がする。

 何故だかわからないが、そんな気がするのだ。


 とてもとても、些細な違和感が、確かに存在する。

 そして、それを見逃してはいけないと、本能が騒いでいる。


 本当に、どうしてかはわからない。


 でも、テレサが落ち込んでいるのを見ると、胸の奥で何かがザワつくのだ。



 ここで、ガイアはマモンの手助けをしていこうと心に決めた。



 突然、何故かその時の記憶が、鮮明にリプレイされる。


 何故?


 その記憶に、今、何か意味があるのか?


「!」


 その記憶に、僅かなノイズの様な物が混ざる。


 何かが、おかしい。


「……わかった」

「え?」


 どうしても拭い切れない違和感。


 それを解消するのは、とても簡単だ。

 確かめればいい。


 その『記憶を差し替える事もできる特殊能力』とやらを、マモンが本当に持っているのか。


「あいつに直接確認しよう」

「そんなの嘘吐かれちゃうに決まってますよ!」

「大丈夫だ。嘘の吐き様が無いやり方だから」


 ただ、これをやった結果、マモンがその能力を持っていなかったとしたら、……とても怒るだろう。


(……ま、あいつの事だし、謝ってお菓子でもくれてやりゃ、大抵の事は許してくれるだろ)


 あいつ基本ガキだしな、とガイアはうなづく。


「……直感で物を言いますけど、何か今、私に対してすごく失礼な事を考えませんでしたか?」

「何の事だかな。……とりあえず、さっさと食って、さっさと白黒つけに行こうぜ」

「望む所です!」


 テレサの言う事が真実か。


 そして、ガイアの内にある違和感とその真偽は関係があるのか。


 それを、確かめよう。

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