R83,早寝早起きは(三文かどうかは置いといて)得をする
魔地悪威絶商会、オフィス。
「肌のケア、ですか?」
「はい」
来客用のソファーに腰掛けて、テレサ&ガイアと向かい合い、狐系獣人女子高生・ヨーコが強く頷いた。
今回の相談事はどうやらお肌に関する事の様子。なんだかんだで、ヨーコは魔地悪威絶商会に置けるリピート率ナンバーワンである。
「あの……私って、獣人じゃあないですか」
「ああ、そうだな」
先端に向かうに連れて白味を帯びる薄い茶褐色の頭髪に、頭頂部でピコピコ揺れるイヌ科的耳、そして髪と同じ色合いのふんわりしてそうな尻尾。
誰がどう見ても、狐系の獣人だと一目でわかる。
「だからかはわからないんですけど……ペットか野生かを問わず、色んな動物が寄ってくる訳でして……」
魔地悪威絶商会が誇る猫耳獣人・アシリアも、散歩中に野良猫やらマングースやらに囲まれる事が多いらしい(コウメ談)し、『獣人族』と言う種族そのものがそう言う特性を持っている可能性はあるだろう。
「私も動物は好きだから嬉しい事は嬉しいんですけど……その……寄ってくる子達からノミやらダニをよくもらってしまって……肌がッ……!」
獣人の辛み。
花の女子高生なヨーコとしては、中々に深刻な問題だろう。
「つってもな……ウチの連中にその辺を聞いても、多分期待に添える様な答えは帰って来ないぞ」
「そうですねー……私、特別そう言うのに気を使った事ないですし……」
確かに魔地悪威絶商会の女子勢は肌の悩みなんぞ無縁な連中だが……
テレサはただ体質的に肌が荒れにくいだけだろう。何せ、クールビューティがどうこう騒いでるくせに「……ちーく?」と小首を傾げる程度の女子力しか持っていない。まともな肌ケアなんぞしているとは思えない。
アシリアが肌の悩みを抱えていないのは、都会生育なヨーコと違って単純に肌が強いだけ。おそらく女子力に関してはテレサとどっこいどっこい。
コウメなら前者二名よりは多少そう言った知識はあるかも知れないが……彼女は基本的に「自分をよく見せる」と言う感性を持ち合わせていないと言うか、むしろ目立たぬ様に進化しようとするタチなので、特別これと言った美肌技術は持ち合わせていないと思われる。
カゲヌイは真の忍者。
「いえ、私が今日、答えを伺いたいのは……コックリさんです」
「コックリさん……? あ、コックリさん!」
「お前……今一瞬忘れてただろ。いくら名前が出てくるのが久々だからって……」
コックリさんとは、随分前にヨーコの依頼で知り合い、アーリマン関係で色々とお世話になったりもした精霊獣の事である。
この世のあらゆる知識をその場で取得できると言う『神通力』を持っており、プライバシーを侵害する様な質問以外ならなんでも答えてくれる存在だ。
「わ、忘れてません! 私とトックリさんはお友達ですよ!? 証のメダルだってもらいましたし……えーと……アレどこにしまいましたっけ?」
「…………………………まぁ、それはそれとして、コックリさんなら自分で呼べば良かったんじゃあないか?」
ヨーコは召喚術系の才能があるらしく、以前も全くの素人でありながらコックリさんの召喚に成功した。
わざわざテレサを頼らずとも、自分で召喚できるはずだが……
「……いや、正味また『帰らない』とか言われても面倒臭いなぁって……」
「ああ……」
前回、ヨーコがコックリさんを呼び出した時は「もっと質問責めにして欲しいコン!」とか言って帰宅拒否、ヨーコの教室に居座って盛大な授業妨害をかますと言う事態に発展した。
あの一件が軽くトラウマらしい。
「あ、メダルありました! では、ヨーコさんの要望にお応えして、ソックスさんを呼び出しましょう!」
「……コックリさんな」
最早、ッしか合ってない。
「肌ケア、コンねぇ……」
精霊獣時計とメダルによってテレサに召喚された、狐・犬・そして綺麗な顔をしたタヌキの三つ頭で構成された三つ首九尾の巨獣。
久々登場、コックリさんである。
「はい。何か良い方法はありませんか?」
「……ふむ」
コックリさんは少し考え……
「そう言う事ならば、見せたい『映像』があるワン」
「映像」
「うむ。これだコン」
と、コックリさんの九尾の内一本が伸び、オフィス内のテレビ、その上部にモフッと乗っかった。
すると、テレビ画面が点灯。ある映像が始まる。
『驚愕ッ!! もち肌男子高校生、秦野望守道くんッ!!』
「……………………」
何か変なの始まった、とガイアは遠い目。
『これはこの世のどこかに実在する男子高校生、秦野くんの生態についてまとめた記録であるッ!!』
知らんがな。
『そこの「知らんがな」とか思ったやれやれ顔の男子大学生! ノリが悪いぞッ!』
「記録映像が人の心を読むんじゃねぇ」
アンラと言いカゲヌイと言い、何故こうどういつもこいつも人の心を読み腐りやがるのか。
俺のプライバシーどうなってやがる、とガイアは不満で仕方無い。
『さて、まずは秦野くんの肌がどれくらいモチモチなのかをご覧いただこうッ! こちらが秦野くんだ!!』
ここで画面に映ったのは、確かに「美肌」の一言を禁じえないイケメンな学ラン少年だった。
「わぁ、モデルさんみたいな肌のツヤですよ!」
「すごーい! い、一体どんなケアをしたらあんなキメ細やかな肌に……」
『しかも驚く事なかれッ!! 秦野くんは……「野球部」所属であるッ!! そう、高校球児なのだッ!!』
「えぇッ!? 汗や土で汚れまくる上に、球と棒に夢中で私生活まで犠牲にしがちで肌ケアなんかとは到底無縁そうなあの高校球児ッ!?」
相当驚いたのだろう。ヨーコの尻尾がボフンッと音を立てて膨らんだ。
「う、嘘……別に野球部=不潔とか言う偏見はないけど、ここまで小綺麗なイメージも……だって良くも悪くも野球に直向き過ぎるのが高校球児じゃ……ほ、ほんとに野球部……?」
『僕は野球部です。そう……僕は野球部なんです』
「や、野球部だーッ!!」
『お聞きいただけたかッ。同じ嘘を続けて二度も言うマヌケはいないッ!! 今の発言こそ、秦野くんが野球部員であると言う何よりの証明ッ!!』
「す、すごいッ! 一体、一体野球部の分際でどうしてそんなッ!?」
「よ、ヨーコさん……? 分際て……」
「……まぁ、イメージ的にわからないでもないけどな……」
ガイアは高校生の頃、友人の紛失物捜索のために野球部のロッカールームへ踏み入った事があるが……あそこには、目に染みる見えない何かがあった。何と言えば良いのだろうか……「多くの球児達が流した青春の汗が時間をかけて変異した何か」とだけ言っておこう。
流石に「野球部の分際で」は言い過ぎだとは思うが、心情的には理解できなくはない。
『秦野くんが何故にこんなにも美肌なのか……その理由は至極明快単純ッ!!』
「……………………」
ヨーコが息を飲んで見守る中……
『秦野くんは、早寝早起きなのだッ!!』
「ッ!?」
『なんと秦野くん、二一時までには絶対に就寝し、翌朝六時には起床するッ!! 平均睡眠時間が八時間を切った年は無いッ!! だが勘違いをしてはいけないぞ……重要なのは、「睡眠時間」だけじゃあ無いッ!! 「就寝時間」にも大きなポイントがあるッ!! 一部の業界に置いて、午後二二時から午前四時までの六時間は「睡眠のゴールデン・タイム」と呼ばれているッ!! 睡眠による体力や身体機能の回復効果が最も効率的になる時間だッ!! そのゴールデン・タイムの一時間前に床に入る事により、熟睡状態でゴールデン・タイムへ突入できるッ!! そのための二一時就寝であるッ!!』
「え、えぇ!? う、嘘ッ! すごっ…でもそれって高校生としてどうなの!? だってバラエティ番組とかってむしろ二一時台くらいからが本番じゃない!? そんな生活してて話題についていけるの!? 昨日だって『ァメトォォォク』めっちゃ面白かったよ!? 今日一日ァメトォォォクの話題一色だったよ!?」
『そんな生活してて、学校で皆と話が合うの? とか思った愚かな貴女。この映像を見てもらえれば、納得いただけるはず!!』
そんなナレーションの後に画面に映し出されたのは……通学中のバスの中だろうか。座席に座ってスマホを弄る秦野くん。
カメラが徐々に秦野くんに近づき、そのスマホ画面をアップにする。
「は、はぁぁッ! あ、あれは……」
『そう、皆のつぶやき大集合ッ!! 大人気SNS「ツイッツァー」であるッ!!』
秦野くんは。ツイッツァーを用いて何かを検索していた。それは……
「ッ、『#ァメトォォォク』ッ!?」
「は、歯医者叩く……? 昨日のァメトォォォクってそんな内容だったんですか?」
「ハッシュタグ、な。まぁ、お前とは無縁だろうから知らなくていい」
端的に言えばタグ…検索用のワードだ。
同好の志が自分のツイートを発見しやすくするためのモノである。『#おっぱい』と言うハッシュタグを付けてツイートすれば、おっぱい大好き人間がそのツイートを見つけやすくなり、返信コメントを送ってくれたりする訳だ。
SNS……不特定多数の誰かに自分を認知してもらい、繋がる事を目的とするサービスの特性と非常に親和性の高いシステムである。
『秦野くんは通学時間中にツイッツァーでァメトォォォクの実況ツイートをじっくりと閲覧し、その内容を把握しているのであるッ!! なので話題にノれないなど有ァり得ないィィッ!!』
『よう、秦野ー。昨日のァメト見た?』
『うん、見たよ』
「つ、ツイッツァー実況でしか見てないくせに何であんなにも自然に『見た宣言』ができるの!? 肌以上に精神面がすごいッ!! み、見習いたーいッ!! 私もするよぉぉーッ!! 早寝早起きッ!!」
「ヨーコさん、興奮しっぱなしで若干キャラ崩壊してきましたね。それとも、これが今時のJKのノリなんですか……?」
「さぁな……最近の高校生事情はわからん」
ガイアが高校生だったのはもう三年も前の話である。
ただ、いくら時代が変わったと言ってもあんなテンションの女子高生しかいない世の中は何か嫌だ。
「つぅか、映像はアレだけど……割とまともな方法を提示してきたな、コックリさん」
ガイアと面識がある高次元生物と言う奴は、どいつもこいつも頭のネジを何本かどこに捨ててきた様な連中ばかりだ。
精霊獣であるコックリさんもその部類だと勝手に決め付けていたが……
「ま、若い内は下手に弄らずに自然的なケアが一番だコン。早くから妙なスキンケアやアンチエイジングで身体を不自然に弄ると、本当に歳を食ってからが大変コン。同じ理由から、思春期の学生によく見られる過度なダイエットなんかも非常に問題視されているコン」
「そう言う事だワン」
まともだ。人型の連中の数倍、まともな発言をする珍獣がいる。
『さぁ、皆も健全で正しい生活習慣を心掛けようぜッ!! 秦野くんとのお約束だぜッ?』
「はァァーいッ!!」