R66,爆ぜろリア充(爆ぜろ)《前編》
「ガイアさん! エイプリルフールですよ!」
四月一日を迎えた魔地悪威絶商会オフィス。
イベント事があろうがなかろうが、テレサは今日も元気である。
「なので私は今から嘘を吐きます! 覚悟は良いですか!?」
何だその面倒なテンション、とガイアはノートPCを立ち上げながら溜息。
しかし、ふとある事を思いつく。
「……なぁ、知ってるかテレサ、今年からエイプリルフールは廃止になったんだぞ」
「えぇぇッ!? そうなんですか!?」
「まぁ、嘘だけどな」
「きーッ! 何故にそんな嘘を吐くんですか!? 初期の頃、ガイアさんは嘘を吐かない事を売りにしてたのに!」
「そんなん売りにしてた覚えは無いが……」
ガイアは「俺はあんまり無意味な嘘は吐かないぞ」と言う事実を申告していただけだ。
テレサを弄り回すためなら、息をする様に嘘くらい吐く。
「ねぇ、ガイア、えーぷりるふーるって何?」
「ん? ああ、それはな…」
「ンバ。ここは俺の出番バ」
ここで口を挟んだのは、アシリアの首から紐で下げられた一本のクナイ。
すっかり変わり果てた姿と化したモノの、天才科学者から引き継いだ博識は健在、バンバさんである。
「エイプリルフールとは、別名『四月馬鹿』と呼ばれるイベントの一つンバ。四月一日の午前中は『人を不幸にしない嘘』ならどんな嘘でも吐いて良いとされてルンバ。そして午後にはその嘘のネタばらしをする、と言うのが慣習ンバ」
「何で嘘吐いて良いの? 嘘は駄目って族長言ってた」
「エイプリルフールの起源は諸説あるンバが、一番有力なのは『とある国での凄惨な事件』が発端と言う説ンバ」
「事件?」
「そのとある国では古く『三月二五日を新年とし、そこから四月一日までの期間中に新年を祝う祭事』を行っていたンバ。しかし、ある時に玉座に就いた王が新年を世界基準である一月一日に制定し直したンバ。それに反発した一部の人々は、四月一日に『今日は嘘の新年である』とお祭り騒ぎを始めたンバ。それが気に入らなかった王は、その騒ぎに参加した人々を片っ端から処刑してしまったンバ」
「そんなの酷い!」
「その通りンバ。あまりの非道さに国民は激怒し、王への抗議のため、国民総出でこの『嘘の新年』を盛大に祝う様になったンバ。それがエイプリルフール…公的に嘘を吐いて良い日の起源になったのでは無いか、と言われている出来事ンバ」
「まるでウィキペ○ィアだな……」
流石は天才科学クナイである。
今の所、科学要素は一切披露していないが、その知恵袋で今後の解説役を一手に担ってくれそう感が凄い。
と、そんな話をしている内にPCが立ち上がった。
早速依頼のメールを確認しよう、とガイアはPCを操作し始める。
「お、久々に依頼が来てるぞ。テレサ。差し出し人は……ヨーコだな」
「ヨーコさんって確か、コックリさんの時のセーラー服でも機関銃でもない狐っぽい女子高生の方ですよね」
「……今のご時世、大抵の女子高生はセーラー服でも機関銃でも無いと思うが」
「ヨーコ、直接来れば良いのに」
「ヨーコさん、律儀な所ありますからね……あ、私が知った様な口を利いてごめんなさい……」
ヨーコはコックリさんの一件以降、アシリア&コウメと友人としての付き合いがある。
何か依頼があるのなら、遊びに来たついでにでも相談してくれれば良いのに、と言うのはガイアも同意見だ。
何せ、ここはそんなガッチガチの便利屋企業では無いのだから。
「えーと、依頼概要は……『不審者退治』?」
……前回のコックリさんと言い、何かまた妙なモンに関わっている様だ。
最近、夜中にオーロラ商店街周辺の通りや路地で、奇妙な不審者による被害が起きている。
被害者は決まって男女二人組、いわゆるカップル。まぁ、中には交際関係に無い二人組もいたらしいので、犯人は『カップルっぽい二人組』を無差別に狙っているモノと思われる。
犯行の内容は、趣味が悪いの一言に尽きる。
突如、不気味な『一つ目の仮面』を被った不審者が二人組の前に立ち塞がり、その二人組の個人的な秘密を暴露していくのだと言う。
他者が知りえない様な極プライベートな秘密まで暴露してくるため、おそらく不審者は読心術の類を習得していると思われる。
これにより、浮気や思わぬ性癖を暴露され、破局してしまったカップルは数多く……
ヨーコの友人にも被害が及び、魔地悪威絶商会にこの通称『一つ目暴露マン』をシバき倒…大人しくさせて欲しい、と言う依頼が来た訳だ。
「と、そんな感じだ」
静寂に包まれた夜の商店街入口。
あと一時間もすれば日付が変わると言う時間帯だけあり、人気は全く無い。
当然、大概の店も閉店済み。柔らかな三日月の光と街灯だけが頼り。
そんな場所で、ガイアは案件解決のために呼んだ『助っ人』に、今回の依頼概要を説明していた。
「……で、何故私が助っ人に呼ばれたのでしょうか」
その助っ人とは、狂った様な大量の三つ編みが特徴的な同級生、シェリー。
「囮捜査だと言うのなら、そちらのメンバーでカップルを組めば……」
「俺がテレサやアシリアやコウメを連れて歩いてて、カップルに見えるか?」
「……良くて兄妹、最悪、親娘ですね」
「だろ?」
大体、未成年を夜遅くに連れて歩く訳にも行かない。
色々と考慮した末、あの三人では駄目だった。
で、シェリーに白羽の矢が立った訳だ。
シェリーはガイアと同い年で、外見も歳相応。
この取り合わせなら、おそらく一つ目暴露マンも出てきてくれるだろう。
「あのくノ一の方は?」
「カゲヌイは今日に限っていくら呼んでも出て来ねぇ」
何か企んでやがる事は確実である。
「左様で……………………はぁ」
「何か、異様にノリ気じゃないな……」
「それは……何故私が、リア充のために骨を折らなければならないのか、と……どちらかと言えば、私はその不審者の心情をよく理解できる側の人間ですよ? ご存知ですよね?」
「あー……」
シェリーは諸事情あって、つい最近までかなり熟成されたぼっちだった。
一つ目暴露マンの所業に関しては「いいぞもっとやれ」と言う感想が強いらしい。
「流石に実行に移すのはどうかと思いますが、私としては、この犯人の気持ちは痛い程にわかる訳です」
やれやれ、とシェリーは溜息。
「……何か悪いな、こんな事を頼んじまって」
もう少し人選を考えるべきだったか、とガイアは反省しかけたが、
「ま、まぁ、でもですよ? 数少ない友人の頼みですし…何よりこう言う擬似リア充体験をできる機会は貴重なので協力しますがね!」
「……ノリ気じゃねぇのかノリノリなのか、よくわからんテンションだなおい……」
「えぇ、自分でもそう思います。今更ながら少々フワフワしてきました」
今まで、シェリーは『友人として』ガイアと二人で遊びに行く事は何度かあったが、カップル云々を意識しての行動はこれが初めてだ。
シェリーとしては、妬ましくも憧れた世界に片足を突っ込み、ちょっとワクワクな感じなのだろう。
「では、まずはラブロマンス系の映画でも観に行きますか? 定番ですね」
「不審者を探しに行くって言ったよね!?」
ワクワクが止めどないのか、早速シェリーが目的を見失い始めた。
普段はクールなテイストのシェリーだが、高校時代に打ち立てた『血迷いシェリー列伝』からお察しの通り、結構アレな子である。
「ッ、次何時こんな体験できるかわからないんですよ!? 下手したら…と言うか結構な確率で私は終身独り身なんです! それだのにせっかくの機会に夜道をブラブラ歩くだけ!? 殺生過ぎやしませんかガイア・ジンジャーバルトォォォォォ!」
「うぉぉうッ!? ちょ、いきなり久々のご乱心!? 落ち着けって! こんな時間に騒ぐと迷惑だしってあばばばばばばばばばばばばば」
突如シェリーに胸ぐらを掴み上げられ、ガイアは激しく前後に揺すられる。
「良いですか、ガイア・ジンジャーバルトォッ! いえ、この外道ォッ!」
「外道!?」
ひとしきり外道を揺すり終えたシェリーは、外道の襟を解放すると、
「酷く妬むって事は、それだけそう言う事に憧れてるって事なんですよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!」
街灯に照らされたアスファルトに膝を着き、咽び泣き始めた。
「あなた以外、私にリア充の疑似体験なんてさせてくれる異性の友人がいるとでも……? 知ってるくせに、ふふ、ははは……」
「……あー……頼むから正常な状態に戻ってくれ。今度ちゃんとした形でそう言う機会を設けるから」
これではカップルどころか、泣き上戸の酔っ払いとそれを介護する苦労人にしか見えない。
「……それは、ただの口約束ですか? 生命を懸けた血の誓約ですか?」
「この場合、どう足掻いても後者になると思う」
破ったら殺されるだろうから。
「…………少々、お見苦しい所を見せてしまいました。申し訳ない」
「まぁ、前にも似た様な姿を見てるけどな……」
アーリマン・アヴェスターズとの全面対決(笑)の時に。
「それは忘れていただけると幸いです。では、気を取り直していきましょう」
何事も無かったかの様に平静を装い、シェリーが立ち上がる。
と言う訳で、外道&シェリーによる囮捜査、再開である。