R62,大自然の猛攻(花粉症)
魔地悪威絶商会オフィス。
「は、ふぁひふぁふぁん、ふぁふんふぉふぃふぇふへふほ」
「……ついに人語も忘れたか」
やれやれ、とガイアは溜息。
「うびゅ、見てわからないんですか!? 私は花粉症なんですよ!」
「えぇい、仮にもお姫様が汁を撒き散らしながら近寄ってくんじゃねぇ」
そう、テレサは今、花粉の猛威がクリティカルヒット中なのだ。
おかげで涙やら鼻水やらが止めどない。あられもない様とはこの事か。
ガイアは花粉が平気な質なので、この時期を嘆く者達の悲痛な思いは理解し難い。
「つぅか、そんなに花粉がキツいんならエアコン入れろよ」
「へはほん? ほうひへへふは?」
「……もしかして、お前、除粉運転機能の事を知らんのか」
最近のエアコンには、花粉除去に特化した空気清浄機能が標準装備されている。
現に、オフィスのエアコンのリモコンにも、きっちりその作動ボタンが存在している。
ガイアにそのボタンを見せつけられ、テレサは呆然。
「……私が垂れ流した汁は一体……」
「救いも何も無い完全な無駄汁だな」
軽く深めに切り捨てて、ガイアはエアコンを起動させた。
「むぅ、通りでお城に居る時は平気だった訳ですね……エアコンにこんな便利機能があったなんて……」
鼻や目尻は真っ赤だが、ようやく汁の分泌が落ち着いたテレサはほっと一息。
「って言うかですよ、何でスギさんはこんなに花粉を撒き散らすんですか!? いい迷惑なんですが!? ワイルドが過ぎますよ!?」
「スギだって生きるのに必死なんだから許してやれよ……」
「しかしですねガイア氏。いくらガッツくにしても、公共の場で精子を撒き散らす様な大っぴらな生殖行為は少々控えるべきだとは思いませんか? 全くけしからん」
「いきなり出てきてくれた所悪いが、黙れ忍者」
相変わらず唐突に登場した挙句、とんでもない事を口走る真の忍者、カゲヌイ。
「おやおや、いきなり黙れとは若者恐い」
カゲヌイは両手を広げてオーバーにやれやれポーズ。
「…て言うかお前、アシャードはどうした?」
「ああ、アシリア氏のお兄様については……まぁ、面白い事になっているとだけ」
カゲヌイが面白がっていると言う事は、相当悲惨な事になっていそうだ。
「うーん…ひとまず落ち着きましたけど、これじゃあロクに外に出られませんね……」
テレサは恨めしそうに窓の外を眺める。
そこには目に見えないテレサの敵が無数に飛び交っている事だろう。
「どうせお前、インドア派だろうが」
ガイアが知る限り、テレサはアシリア達と買い物に行く時以外、いつもいつも日がな一日オフィスでダラダラしている。
「何か、出かけられないとなると無性に出かけたくなるじゃないですか! ほら、台風の日とか!」
お前はガキか、と言いかけて「ああ、ガキか」とガイアはセルフで納得する。
「と言う訳で私は今、無性にお出かけしたいです! 冒険の心!」
ここまで危険を冒す事だけに重点を置いた冒険も珍しい。
「じゃあもう防塵ゴーグルと防粉マスクでも付けて出かければ良いんじゃねぇの?」
「忍者ゴーグルと忍者マスク、お貸ししませうか?」
「いいえ! ここは私の力で攻略してみせます!」
挑戦する姿勢はご立派だが、わざわざ壮絶な遠回りをしたがるのは悪癖と評価せざるを得ない。
「あー……じゃあもう勝手に頑張れ」
ガイアはせいぜい生暖かい目で見守ってやる事にする。
「えぇ!? ガイアさんも知恵を貸してくださいよ!」
……数行前の自分の台詞すらもう記憶に無いらしい。
「……自分の力でどうにかするんじゃなかったのか?」
「ガイアさんは私の部下、つまりガイアさんの力は私の力!」
ジャイアニズムすれすれの主張である。
「さぁガイアさん! 花粉を攻略する画期的な策を! ゴーグルとマスク以外で!」
「近年稀に見る無茶ぶりだなおい……もう鼻摘んで目を閉じて出かけちまえ」
「危ないですよ!?」
「だろうな。つまりやめとけって事だ」
「身も蓋もない!」
身と蓋があろうがなかろうが、正直もう、これが限り無く正解だと思う。
「ダークヒーローを志す者が、花粉なんかに負けて良いんですか!?」
「そもそもダークヒーローは花粉なんぞを敵対視しないと思うが」
例え花粉症のダークヒーローなんてのがいたとしてもだ。子供染みた冒険心に駆られて花粉を攻略しようとはしないだろう。
素直に除粉設備の整った室内で待機、もしくは花粉予防グッズで身を固めて外出するのが、ダークヒーローと言うか大体の大人の対応だと思う。
(って言うか、ダークヒーローって単語、久々に聞いた気がするな……)
もう本当、この組織の存在意義ってなんなんだろうか。
実に子供らしく元気に喚くテレサを適当に相手しながら、ガイアはそんな非常にどうでも良い思考に耽るのだった。