表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/160

第12話 新入社員(獣)

 しんしんと雪が降り注ぐ朝。


 学校が休みだし、特に2度寝願望も湧かない。

 そんな訳でガイアはオフィスへと足を運んだ。


 しかしまぁ、どうせ今日も特にそれといった変化の無い日々だろう。

 特に事件も依頼も無く、今日も1日が過ぎてゆく……はずだった。


「…………」


 オフィスのドアの前に、見慣れない少女がいた。


 外見から判断するなら、小学生くらい。テレサより若干子供っぽい。

 しかし、何というか、おかしい。


 まだまだ寒いこの時期に、身にまとっているのはボロボロのキャミソール1枚。山にでも篭っていたのかというレベルのボロさだ。

 炎の様に真っ赤な赤髪が腰まで伸びているが、全く手入れは行き届いていない。

 簡潔に表現するなら「野生児」という感じだ。


 そして何より目に付いたのは……


「……猫耳?」

「ん?」


 こっちに気付いた少女。

 その目はまるで猫の様に鋭く、そして、その頭部にはまさに猫の様な耳が生えている。

 丸めている様だが髪と同じ赤色の尻尾も生えている。


「お前、ここの人?」


 ビシッとオフィスのドアを指差す少女。


「あ、ああ……」


 珍しい来客だ。

 この少女は、おそらく『獣人族』。山や森の奥で暮らす、半人半獣の人種だ。

 そもそも獣人族そのものが少数部族であり、そうそうお目にはかかれない。

 ガイアも生まれて初めて見る。


「アシリア、ここに用がある」

「え……?」


 アシリア、というのはおそらくこの少女の名前だろう。

 用、というと、仕事の依頼だろうか?


 しかし、ふと、少女が腋に挟んでいた物に目が行く。

 それは、チラシでは無い。

 求人情報誌だ。


 まさか……


「アシリア、ここで働く」





「ガイアさん! 猫耳です! よくわかんないけど『萌えー』って奴ですよ!」

「よくわかんないなら騒ぐな」


 静かにソファーに座っている獣人少女。

 珍しくオフィスに帰ってきたテレサのデブ猫、ミーちゃんをムギュっと抱きしめて大人しくしている。


「アシリア、今すごく寒い」とか言っていたのでガイアの上着を貸してやったが、まだまだ足りないらしくミーちゃんから暖を取っている様だ。


 彼女の名はアシリアというらしい。


「しっかし、まだ求人出してたんだな……」


 てっきりこれ以上の社員獲得は諦めたモンだと思っていた。


「何言ってるんですか、ボス1人幹部1人の悪の組織なんてカッコ付きませんよ!」


 お前がボスの時点でカッコつかねぇと思うわ、と言いかけたが、


「お前がボスの時点でカッコつかねぇだろ」

「ひどい!」


 とりあえず言っておく。


「で、面接とかすべきじゃねぇのか?」

「え? 必要ないですよ。可愛いから採用です!」


 もう企業っていうか部活のレベルである。


「それにしといても、だ。話は聞いとくべきだろ」


 人里に寄り付かない少数部族がわざわざこんな所に来るなんて、絶対何かしら事情があるはずだ。


「そうですね……じゃあ、アシリアちゃん」


 アシリアと向かい合う形でソファーに座るテレサ。


「…………」


 そんなテレサをしばし眺め、アシリアはガイアの方を見る。


「ここ会社じゃない? 何で子供がいる?」

「ひどい!?」 

「存在そのものがママゴトみたいな会社だからだ」

「こっちもひどい!?」


 私は本気でやってますー! とテレサが騒ぐが、アシリアは相手にしていない。

 年齢相応な外見や大人びた仕草を元にガイアの方が偉い立場だろうと判断した様だ。

 ……残念ながら外見も中身もガキなこのテレサが、ここのボスである。


「うぅ……アシリアちゃんが私を相手してくれません!」

「完全に格下に見られてるんだろうな」

「絶対私の方が年上なのに!?」


 いや、その辺は外見だけで判断すると怪しい所だ。

 そして中身だけで比べるならおそらくアシリアの方に軍配が上がるだろう。


 どうやらアシリアはその辺を直感で察し、ガイア>アシリア>テレサの順で序列を組んだ様だ。


「ひどいです……」

「あー拗ねてないでさっさと話進めろよ」

「ガイアさん最近私に冷たくないですか? 優しかったあの頃は一体……」

「お前の妄想だろ」


 テレサに対して優しくしていた時期など身に覚えが無い。


「……もういいです。私は強く生きます。もう涙なんて見せません。……さて、アシリアちゃん、何でここで働こうと思ったんですか?」

「お前には関係無いよ、子供」



「……今のは効くな」


 オフィスの隅っこで膝を抱えてイジけ始めたテレサ。

 あそこまで見事に切り捨てられると流石に哀れだ。


「泣くなよ、もう涙は見せないんだろ?」

「ひぐっ、泣いでまじぇん!」


 嘘つけ。


「あー、アシリア?」

「うん」


 ガイアの呼びかけには素直に応じる。


 獣人の生活形態は野生動物のそれに近い群生らしいし、序列が上だと判断した相手にはとことん忠実なのだろう。

 一旦下だと判断されると悲惨な目に合う様だが。


「とりあえず俺はガイア、あっちで丸くなってるのはテレサ、お前が湯たんぽにしてるそれはミーちゃんだ」

「ガイア、テレサ、ミーちゃん」


 ガイアの紹介に従い、アシリアは1人1人に視線を配る。


「テレサも社員?」

「一応、アレが社長だ」

「冗談?」

「残念ながら俺はあんまり嘘をつかん」

「……ここ、悪の組織……」


 じーっとオフィスの隅で小さくなって泣いているテレサを見つめる。

 そして困惑した様な表情でガイアを見る。


 気持ちはわかる。非常にわかる。


「ん? つぅか悪の組織だってわかった上で来たのか?」

「うん。アシリア悪の組織に入りに来た」


 変わった獣人もいたものだ。


「アシリアのいた獣人の里は今『ぐろーばる』っていうの目指してる。だから若い内から里の外で勉強する」


 社会勉強のために街に出てきた、という事か。


「アシリア、頭は良くないけど、頑張って文字覚えた」


 そして求人情報誌を読みあさり、ここに辿り着いたという訳か。


「アシリア、獣人の中でも力は強いし、『悪の組織』なら簡単に雇ってくれるだろうって、族長が言ってた」


 すごい事を言い出す族長もいたものだ。


「……族長は悪って言葉の意味わかってんのか?」

「悪は戦う者達だって言ってた。ここは戦士の集う場所。アシリアぴったり。アシリアは狩り得意だし好き」

「狩り……」


 根本的に認識が間違っている。

 まぁ大雑把に括れば合ってはいるのだろうが、重要な部分が抜け落ちている感が否めない。


「……つぅかおい、いつまで泣いてんだ」

「うぎゅ…泣いてないですってばぁ……」


 何とか泣き止んでいたテレサがトボトボとソファーへと戻って来た。


 まぁ自分より年下でさっきまで散々可愛い可愛いキャーキャー言ってた相手に本気の目で「子供」呼ばわりされたらかなり凹むだろう。

 普段から子供扱いされるの嫌がっているだけに、尚の事ダメージはデカイ様だ。


「どうせ私は子供ですよ……」

「拗ねんなよ…大体何を今更」

「少しくらい労わって欲しいです!」

「はいはい」


 ガイアは仕方ないな、と溜息をつき、テレサの頭をポンポンと優しく叩く。


「そこはかとない子供扱い!」

「いや、モロだけどな」


 アシリアの件のダメージがデカすぎて感覚が麻痺している様だ。

 モロクソからかわれている事に気付いていない。


「ごめん。社長とは全然全く夢にも思わなかった」

「ま、まぁわかってくれれば良いんです」

「本当に、何だろう何でこんな所に子供がいるんだろうと思ってた。だって社長ってもっと大人のイメージあるから。見た目も言動も何か子供っぽくて、社員だとも思わなかった。正直今でも何かの冗談かと…」

「ストップだアシリア。悪意は無いんだろうが、もう止めてやれ」


 アシリアはただ純粋に感想を述べているだけだろうが、いちいちテレサが傷つけられている気がする。


「ガイアさん、私今生きているのが辛いです……」

「頑張れよ……」


 流石のガイアも励ましてしまう程にテレサは消沈。


「ところで、アシリアここで働いていいの?」

「…………」


 それはテレサ次第だ。


「いいですよ、もちろんです。よろしくお願いします」

「うん!」


 嬉しそうにうなづくアシリア。


 テレサはうつ向きながらも笑顔を作ってみせた。


「意外だな。意地張って『嫌です!』とか言い出さないかと心配したが……」

「そんな子供みたいな事はしません」


 それに、


「私の日常生活を見せつけて、きっちり私が大人の女なのだとわからせてあげればいいんです!」

「無理だろ」

「ちょっと即答過ぎやしませんかガイアさん!?」

「なぁテレサ。大人ってさ、自分の事を客観的に見れる奴の事を言うんだぜ?」

「だから私は大人です!」


 その宣言の時点で、既に自身の事を客観視できていないのが丸分かりである。


 まぁ良い。

 それがテレサらしいと言えばらしいのだろう。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ