R57,復活のM(あいつです)《後編》
黒頭の山。
山頂付近で破壊音が連続し、木々が次々にへし折られ、宙を舞う。
「のっぴゃぁぁぁぁあぁぁああぁ!?」
「どぅおぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!?」
増田と小森の絶叫。
グリフォン鷹枦が増田たちを狙って放つ風の魔法が、ゴリゴリと黒葉の森を削り取っていく。
「おらおらァ! どぉしたァ白ェの! 啖呵切っといて尻振って逃げ回るたァよぉ! 誘い受けって奴かァ!? あァ!?」
「クケェー!」「クキャー!」
「我輩にそんな面倒な属性は無いのである! ってうぴゃすッ!?」
「おいおいおい! マジでヤバかぞこれ!? なぁ増田よぉ!?」
「言われんでもわかるである! とりあえずハンカチを探すのである!」
「泣きたい気持ちはわかるがや、今はもっと頑張ることがあると違うか!?」
増田と小森は現在、死力を尽くして逃げ回る以外に打つ手が無い。
増田はある程度の資質を備えた使用者がいなければただのプルプル。
ハムスターとの殴り合いでも勝率三割乗るかどうか。
小森だって人語を使える以外はただの小さなコウモリでしかない。
そもそもコウモリ自体、狩りはしても闘争はしない生き物だ。
当然、そんな二匹に鷹(だと豪語するグリフォン+鷹数匹)を相手にする術などあるモノか。
「とにかく今できることをするしか無いのである! つまり逃げ続けるの…み…?」
ここで、増田と小森を出迎えたのは眼前にそびえる小高い丘。
体の小さな増田たちからすれば、完全に絶壁だ。迂回するにも横幅も広い。
つまり、行き止まり。
「タカカカカカ! おやおやおやァ! こりゃァ良い趣向だなァおぉい!」
「クケァー!」「クキャキャー!」
「こ、小森! 我輩を抱えて飛んでくれである!」
「無理じゃ! あばよダチ公!」
「友と言うならば、せめてあと数秒程度は躊躇って欲しいのである!」
逃がさんのである!
と増田は決死のジャンプ。
その小さなお口で、一人丘の上へ逃げようとしている小森の足にかぶりつく。
「のごっ!?」
予想外の重量増加に、小森は増田もろとも勢い良く落下。
「おのれダチ公! 心中する気かァァァ!?」
「心中が嫌なら我輩も連れて頑張って飛ぶのであるダチ公ォォォ!」
「ダチなら聞き分けてダチ増田ァ! ダチらしくここはお前さんに任せてオイは先に行くでよ!」
「ダチなら墓の中まで肩を並べる覚悟を持つべきであるぞダチ小森ィ!」
「タカカカカ! 醜い友情だなァおい! そぉだそれだよ! そぉ言うのが見たいんだよ俺らはなァ!」
「クッケー!」「クッキャー!」
「えぇい! 生への執着を見て何が楽しいであるか! こっちは文字通り必死であるぞ!?」
「タカッ! 愉しいから笑って見てるに決まってんだろォ?」
「……! 貴様、そういうことであるか……!」
「おう? どうしたダチ増田。ここは引き受けてオイを先に行かす気になったけ?」
「それは無いのである。ただ、奴が放つ悪意の由来がはっきりしたのだ」
鷹が他の小動物や鳥類を襲うのは、狩りのため、つまりは食料確保のためだ。
それは殺意よりも生存欲求が先行する行為であり、増田がそこに悪意を感じることは無い。
鷹枦は、違う。
周りの鷹はただの狩りのつもりなのだろうが、鷹枦だけが違う。
鷹枦は、「獲物を捕食したい」と言う生存欲求よりも、「獲物を痛めつけたい」と言う嗜虐的欲求が先行しているのだ。
増田はそれを悪意として察知した。
「奴は狩りに来たのでは無い…殺戮に来ているのである!」
「んな……!?」
「それがどぉかしたかよォ?」
「やはり貴様は鷹では無い…! 良くも悪くも高次元生物の端くれである!」
普通の生物より知性や感情性に富む分、悪意はより鮮明に、そして強烈になる。
「おいおい…鷹軍の旦那よぉ! いくら鷹つってもカラスは同じ鳥のよしみってモンがあるんじゃ無ぁか!? 無意味に殺そうなんぞ、心が傷まんのか!?」
「同じ鳥のよしみぃ? 笑わせんなカラスもどき。鷹に在らずんば鳥に非ずっつぅ格言を知らねぇのか?」
「クケェー!」
※無知な奴だなァ!(俺も聞いたこと無いなんて言えない……)
「クキャー!」
※お馬鹿さんねぇ!(お腹空いた)
「タカカカ! さぁて、まずはテメェらでお愉しみと行くぜぇ!」
「どこまでも羽毛の腐った野郎じゃのぉ…! おい増田! どげんかアレに一泡吹かす方法は無ぁんか!?」
「我輩としても大変不本意であるが……」
ここで増田の脳裏を過ぎったのは、ボロ布を纏ったとある変態。
あんな変態でも、居てくれれば増田は力を発揮できると言うのに……
そう増田が歯噛みした時だった。
「くぁぁぁー! くぁくぁあ!」
※居たぞ! あれが防衛隊の連中の言ってた奴に違いねぇ!
増田たちの元に届いたのは、カラスたちの鳴き声と、
「あぁん……! またあの激烈のユートピアへ私を誘ってくれるのねカラスさん……!」
まるで前戯を受けている最中の様な、艶を含んで甘く震える女性の声。
「! 今の声は……!」
疾風の如く現れたのは、五羽のカラス。
チーム烏場。
そして、彼らが抱えているのは……
「どうぞ! 私を好きにして! 朝まで弄んで! あ、でも今夜クラブの予約取ってました……うぅ! 嘴か鞭か! 贅沢な悩み!」
「デレラであるか!?」
ボロ雑巾をツギハギした様なボロ布に身を包み、髪や肌、爪に手入れの痕跡は皆無。
美人の素養はありそうだが、それを盛大に台無しにしている女性。
アクティブ派マゾヒスト、シンデレラことデレラさんだ。
「あら、あなたはいつぞやの白い増田さん…って、あぁん!」
烏場たちは鷹枦と増田の間に割って入り、そこにシンデレラを乱暴に放り出して行った。
そしてそのまま、真っ直ぐに飛び去っていく。
「くぁ、くぁぁ! くぁぁ!」
※よし、集落の方に向かうぞ! 非戦闘員の避難誘導が先決だ!
「くぁくぁ! くぁくぁくぁ!」
※おうよ! やっぱアレを拾って来て正解だったな!
「くぁ。くぁか。くぁぁ」
※あぁ。あの人間の牝は傷つくことを悦んでいる節がある。率先してあの鷹共に突っ込んで行ってくれるだろう。
「かくぁー、くぁ! くぁぁ!」
※いくら風変わりな鷹つっても、人間に襲われりゃ無視はできねぇよなぁ! 時間稼ぎの餌役にゃ最適だぜ!
と言う訳で、烏場たちは集落の方へと向かったのだった。
「あぁ! 待ってください! 私アクティブ派なので放置系は無理! ちゃんと最後まで虐げてくださいカラスさん!」
「何だァ……? 人間かありゃぁ?」
「クエ?」「クケケ?」
「! 鷹……!? あぁ…! カラスの嘴よりずっと太ぉい……あんなので激しく突かれたら私……!」
「ゴクリと生唾を飲んでいる所、悪いのであるが……デレラ! ちょっと我輩の話を聞くのである!」
「後じゃ駄目ですか!? 私すごく急用が!」
「どうせあの鷹たちに突っ込んでって滅茶苦茶に攻撃されたいとかであろう!? もういい加減、貴様の行動原理は理解しているのである!」
増田だって馬鹿では無い。
デレラがどうしようも無いMだと言うことは、とっくの昔に諦めている。
だからこそ、今、デレラは利用できる。
「増田、この人間に何かさせる気なんか?」
「その通りである。おいデレラ! 今こそ我輩との契約を活かす時である! 我輩を使うことで貴様は……ごにょごにょ」
「ふむふむ……えッ!?」
増田の説明を聞いた瞬間、デレラはその両眼をくわっと見開いた。
「あ、あなたが神ですか……!? そんな……そんなの……是非お願いします増田神!」
「よし来たのである! この変態め!」
「もう一声!」
「お、おいおい……そなん作戦で大丈夫なんか……?」
「大丈夫なのである。では行くぞデレラよ! 小森は下がっていろである!」
「イェェエス! めくるめく苦難の理想郷へ!」
「おぉう? 何だァ? 人間を味方に付けてやる気ってかァ?」
よくわからなんが、人間一匹程度、敵じゃない。
鷹枦は不敵に笑う。
「ふん…その余裕がいつまで続くか見物であぁるッ!」
デレラの肩に飛び乗り、増田は意気揚々と叫ぶ。
地上へ舞い出てようやく巡ってきた面目躍如の機会だ。
そりゃテンションも上がる。
「デレラ! 合図の呪文を!」
「はい! スーパー増田・メイクアップ!」
これからの展開に期待し、紅潮し切った笑顔でデレラが叫ぶ。
瞬間、その肩の増田が、まばゆい白銀の輝きを放ち始めた。
「ぬごぁ!? 何ィ!?」
「クケェ!?」「クキョ!?」
「ぬぉう!? ごっつ眩しッ」
デレラと増田以外が驚きの声を上げる中、光が収束していく。
光の中心に立っていたデレラは、いつの間にか白水晶の様な色合いのドレスに身を包み、これまた白水晶の様なティアラを装着していた。
ティアラの中心には、きょろんと蠢くクリックリの単眼。増田の瞳である。
「これぞ超増田少女形態! 精霊王アフラ・マズダが対アーリマン用に設計した最強の戦闘スタイルである!」
ティアラと化した増田が自慢気に叫ぶ。
「それは良いんですけど…もっとこう、見窄らしい衣装にはならないんですかこれ。それか、もっと透明度を上げて露出方面に……あ、まさか逆にこう言う優美な衣装を纏わせることで私そのものの貧相さを強調する趣向……!? あぁん、細かい気配りがじゅんと来ます!」
「……もう勝手に盛り上がれば良いのである」
「タカッ! 何かと思えばただの変身演出か! 所詮人間が、何度変身しようと鷹に及ぶかよ!」
くだらない小細工。そう断じて、鷹枦は翼をはためかせる。
「その衣装諸共ミンチにしてやるぜ! 『風神の怒号・激烈本気版』ッ!」
球状に乱回転する突風の巨塊が、デレラ目掛けて降りかかる。
ひと吹きで力士でも吹っ飛びかねない程の風圧の突風をかき集め、圧縮した砲弾。
まともに喰らえば、最新の建築技術で築いた高層ビルだってあっさりと倒壊してしまうだろう一撃だ。
それに対し、デレラは待ってましたと言わんばかりに恍惚の笑顔。
期待に濡れる自身の秘部を押さえながら、完全に直撃した。
大地と丘壁が砕け散り、土色の粉塵が舞い上がる。
「のぉぉぉぉぉおぉおぉぉぉぉおぉぉぉおぉおお!? ほな、さいならぁぁあぁぁぁぁ!?」
余波に煽られ、小森が吹っ飛んでいく。
「タカカカカカ! おいおい! まさか避けようともしないとはなァ! 何のつもりだよ馬鹿か!? あァ!? タカカカカカ、ターカカカカカ……カ?」
徐々に薄まっていく粉塵の向こう。
鷹枦は、予想外のモノを見た。
それは、人型のシルエット。
「タ、カ…ァ……?」
デレラだ。
デレラが、立っている。
「馬鹿なァ! 俺の一撃をモロ喰らいして、無事で済む訳が…」
鷹枦の言う通りだ。
そして、『現にその通り』になっている。
「あ、あぁはぁああぁぁぁぁぁぁあ……」
粉塵の中に立っていたのは、紅い衣装に身を包んだデレラ……否。
「ク、クケェェェェェェェ!? クケァ!?」
※ぎゃぁぁぁぁぁぁ!? 何だありゃぁ!?
「クキャァァァァアァァ!?」
※モザイクの塊が動いてるぅぅぅぅぅぅ!?
R15指定余裕、モザイク無しにはお届けできない。
一糸纏わぬとか言う次元をブチ抜いた、モザイクデレラだった。
「あぁはぁ…ん、ぁ、はぁぁぁん……!」
モザイクの塊が、媚声を上げながら身をよじっている。
「な、ななななななななななな……」
それだけでも相当ショッキングな光景だが、衝撃はまだ終わらない。
うぞぞぞぞぞぞ…と言う静かで不気味な怪音を伴って、デレラの皮膚とドレスが足元から復元されていく。
少しずつ、少しずつ。
「あぁぁあぁあぁふぅあぁふぁ……増田さんの言う通り……最高の機能ですね!」
五秒ほどで完全再生を果たしたデレラ。
その快楽に緩んだ口元からは涎が一筋垂れてしまっている。
完全に蕩け顔だ。
「喜んでいる様で何よりである」
呆れ果てた様に増田は溜息。
そう、これが超増田少女形態の特性。
魔力がある限り、比喩抜きでミンチ上にされても再生可能。
どれだけダメージを受けようと、死力を尽くせば何度だって立ち上がれるのだ。
「……マゾ業界に置いて、損傷を伴う行為は禁断の果実。ハイリスクハイコストでハイリターンな行為でした」
突然、しみじみ語りだすデレラ。
体を傷付ければ、簡単に激しい痛みを得ることが出来る。
しかし、傷のケアは必須だし、やり過ぎれば取り返しの付かないことになる。
当然のことだが、肘から下が腐り落ちたら、もう肘から下の部位で快楽は得られない。
ケアや加減のミスで破傷風や多量失血などが発生、死に至ってしまった日には、最悪だ。
生があるからこそ痛みがあり、絶頂があるのだから。
例えるなら山菜取りの感覚。
後先考えず、そこに生えている山菜を刈り尽くせば、二度とその山で山菜は取れなくなる。
それは避けなければならない。
Mたちが継続的に欲望を満たすためには、刹那的な刺激を深追いする訳にはいかないのだ。
「それを、私は今、増田さんの力を借りることで見事、リターンだけを得ることに成功した……!」
傷付いた傍から再生する。ノーリスクノーコストで傷付き放題。
まるで蛇口を捻れば好物が溢れ出してくる様な、そんなフィーバータイム。
うふふ、とデレラが危ない笑みを全開にする。
完全に目がイっちゃってる。ハイライトが消えてる。
亡者の様な虚ろの瞳だ。
今、デレラが快楽を求め貪ることを制限する要素は無い。
そりゃあ快楽の亡者にもなる。
「私……ついに辿り着いたんですね……Mの向こう側に! あふぅ…」
「あー、よくわからんが、それは良かったであるなー」
痛覚は全部デレラに押し付けているし、再生に使う魔力もデレラ頼りなので、増田は完全に他人事だ。
デレラはそれほど魔力に恵まれた人間では無いが、『ドM補正』がそれを補ってくれている。
魔力は生命の力。快楽による絶頂によって昂るデレラの生命は、多くの魔力を生み出す。
傷付けば魔力が精製され、その魔力で傷を治癒する。
完全無敵のドM機関、ここに完成である。
「して、デレラ。これだけで満足したのであるか?」
「そんな馬鹿な話はありませんよ! せっかくの快楽地獄! 堪能し尽くさねば!」
「であるか。なら、もっとおねだりに行くべきである」
「そりゃもちろん」
「クェッ!? クケェェェ!?」
※ひっ!? あの化物が危ない目でこっち見てますぜ鷹枦の兄貴!
「クキャッ!? クキャァァァァァァァ!」
※何あの目!? 恐ぇぇぇぇぇぇぇぇ!
「お、おぉう…上等だァ! もう一発…」
「うふふ……うふふふふ……!」
「……ッ……ダメだ! 俺の鷹の本能が、アレと関わるべきじゃねぇと告げてやがる……!」
ここは退くしかねぇ、と鷹枦は迷わず踵を返した……が、
「あ、デレラ! 奴ら逃げる気である! 逃がしたらおねだり出来ないであるよ!?」
「なんですと!? 追わなければッ!」
増田は悪を野放しになどしない。
「待ってください鷹の方々! とりあえず私を指の先から食い千切ってください! 大丈夫です、すぐ治るんで! あふふ! あふふふふふ!」
「ク、クケェ!?」
※あ、あいつ人間のくせに飛んでやがる!?
「うげぇ!? しかも速ぇ!?」
仮にも増田は精霊王が作った武装だ。
武装として起動されれば、それ相応のスペックを叩き出せる。
魔力さえありゃ空くらい飛べるし、常軌を逸した速力で移動だって可能。
当然、鷹やグリフォン程度の飛行速度で振り切れる訳が無い。
「クソッ! これでも喰らえ!」
「あぁっぁはぁん!!! んんんもっともっとぉぉッ!」
「クキャアァァァァアアァァァァ!?」
※顔面半分吹き飛んだ人間が、笑いながら高速飛行して追ってくるぅぅぅぅ!?
「なんなんだよ……なんなんだよあいつはァァァァァァ!?」
半狂乱で叫ぶ鷹枦。
そんな彼に、ついに魔手がかかる。
「せいっ! 捕まえたぁっ!」
「ごぁ!? しまったァ!?」
「うひゅ、うひゅひゅひゅ……! あっははあぁぁッ!!」
「ひ、ひぃぃぃぃぃ!? た、助けっ」
「クケェェェ!」
※兄貴がやられたァ!
「クキャァァァ!」
※あなたの仇はいつか必ず!
「おぉぉぉぃぃいぃぃぃ!? 存命! 俺まだ存命ぃ! 置いて行くなって! おぉぉぉぉぉい!?」
「うひゅふ、うひゅひゅひゅひゅひゅひゅひゅひゅひゅゥッッッ!!!!!」
「タ、タカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!?!?」
白水晶の輝きを纏った化物に組み付かれ、一匹のグリフォンが黒い森へと墜ちていった。
……こうして虐げる恐怖を知った鷹枦は、この日以降、狩りの場へ赴くことは無かったと言う。
「め、めでたしめでたし、なんかのう……?」
「まぁ、当然の報いである」
「♪」