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R56,復活のM(あいつです)《前編》

 ナスタチウム王国、カリバの森の中腹くらい。

 そこには黒頭くろがしらの山と呼ばれる小さな山がある。

 山頂付近に黒葉樹こくようじゅが集中しており、さながら山が黒い帽子を被っている様に見えることから、そう呼ばれているのだ。


「ぐ、ぐきゅぅ……またしても捕まってしまったのである……」


 そんな黒頭の山の深く。小高い丘の麓にぽっかり空いた薄暗い洞窟の中。

 白くてプルプルした丸い奴がぐったりとプルプルしていた。

 コラーゲンたっぷりな単眼属性の白いお団子、と言う感じだ。


 精霊王アフラ・マズダが生み出した聖なる武装(笑)。

 アフラ増田である。


 最近はもっぱら自分を付け狙うカラス共との死闘に明け暮れている。


 そして現状を簡単に説明すると……

 いつも通りあっさりカラスに捕まってボロカスに突き回され、カラスたちの食料庫である洞窟に放り込まれた。


「ぬぐふ……最早この洞窟を見慣れている自分が情けないのである……」


 そう、増田がここに放り込まれたのは一度や二度や三度では無い。

 なんかもう、通い慣れた居酒屋の店内レベルで見慣れた光景だ。


 とりあえず、いつも通り逃げよう。


 と言うことで増田はプルプルしながら洞窟の入口を目指す。


 そんな彼の目の前に、羽撃き音と共に黒い何かが降り立った。


「ひぇっ」


 増田が奇声を上げるのも無理は無い。

 羽撃きと黒い影、真っ先に連想してしまうのはカラスだ。


「怯えなさんな。オイはカラスじゃあ無か」

「ぬ、ぬぅ……?」


 増田は恐怖に閉じた瞼をゆっくりと開き、その声の主をよく見てみる。


 全身真っ黒で、黒い翼を持つ生物。

 しかし、その翼はカラスのそれとは違い羽毛を持たず、頭部の形状も鳥と言うより獣に近い。


「オイはコウモリの小森じゃ。よろしくのう」

「う、うむ? わ、我輩はアフラ増田である……と言うか、コウモリ、であるか……? な、何故コウモリが喋っているのだ?」

「知らないのけ? コウモリだって普通に鳴く。超音波は狩りん時に使うんじゃ」

「いや、そう言う話では無いのであるが……」


 増田が聞きたいのは、少し奇妙な言葉遣いとは言え、何故にコウモリが言語コミュニケーションを可能にしているのか、だ。

 しかし小森に取ってそれは余りに当然のことらしく、増田の疑問は届かない。


「そんなことよりよう。お前さん大変じゃのう。何度も何度もこんな所に放り込まれよってからに。泣きたならんか?」

「うむ。溜まったモンじゃないのである。普通に何度も泣いているのである」


 しみじみと増田は溜息。


「ところで小森とやら。我輩に何か用であるか?」

「ふっ、無粋じゃのう。誰かが誰かに言葉をかけるのに、一々理由が必要なんか? この世はそんなに冷めとらんぞ」

「……要するに、なんとなく声を掛けてきただけであるか」

「その通りじゃ。まだ昼下がりだのに目が覚めてしまって夜まで暇でのう。少し相手せぇや」

「夜まで待ってたら晩飯にされてしまうのである!」

「それもまぁ、粋じゃあなぁか?」

「逝っちゃうのである! 我輩は正義を成すまで死ぬ訳にはいかんのである!」


 増田には、今の世で悪事を働いていると思われるアーリマンたちを葬ると言う使命がある。

 こんな所でカラスの餌になってやる訳にはいかない。


「じゃあ仕方無ぁの。……まぁ、どぉせお前さんはまたここに来る。オイの勘がそぉ言っとる。二度あることは永劫に続く言うけぇの」

「三度で済ませて欲しかったのである……」


 本当、増田はうんざりとした溜息しか出ない。


「さて、そろそろ行くので…ん?」


 ふと、増田は気付く。

 とある気配を察知したのだ。


「おう? 何かカラス共ん集落の方が騒がしぃのう」


 流石はコウモリと言った所か。

 小森は、遥か遠くから届いた僅かな喧騒を察知したらしい。


「こりゃあれじゃのう。多方、他ん山のカラスが攻めて来たか、鷹軍でも来たか……」

「それだと妙である」

「んぉう? 何がじゃ?」

「……それなら、『こんな気配』はしないはずである」


 増田は、小森ほど耳が良い訳では無い。

 増田が察知したのは、『強い悪意の気配』だ。


 カラスの縄張り争いも、鷹による狩りも、生きるための本能的行為だ。

 傍から見てその行為が悪であったとしても、そこに当事者の悪意が介在するはずが無い。


 つまり、増田が悪意を察知できたと言うことは……


「ロクでも無いことになっている様であるな……!」

「あ、おぉい? どこに行くんじゃ?」

「当然、この我輩が、目の前の悪意を看過するなど有り得ないのであるッ!」


 何故ならアフラ増田は、悪を討つために生み出されたプルプルなのだから。





 黒頭の山の山頂付近には、ナスタチウム王国最大規模のカラスの集落が在る。


 規模が大きいだけあり、その体制は非常に統率が取れている。

 どこの国のカラス集落を見ても、ここまでの規模で上手く回っている所は他に無いだろう。


 防衛力も、戦闘力も、他の非では無い。

 故に、この山の集落は難攻不落。

 この山を攻めようと思う勢力などそうはいない…はずだった。


「くぁぁーッ!」

 ※鷹だ! 鷹軍が攻めて来たぞ!


 黒葉の木々の中を、喧騒が駆け抜ける。


「くぁ! くぁッ!」

 ※しかもヤバいくらい強い連中が来た! もう防衛線が崩されそうだ!

「かくぁ! くぁ!」

 ※なんて奴らだ! ウチの防衛隊でも歯が立たないなんて!

「くぁーかかー!?」

 ※『餌集め部隊(ライフキーパーズ)』Aランクのトップチームは!?

「かぁくぁー! くぁー!」

 ※そうだ! あいつらなら収集先で鷹軍とも戦闘やり慣れてるだろう!

「くぁくぁーッ!」

 ※烏場からすば隊・烏雅からすのみや隊・烏鮴からすごり隊…全隊ついさっき夕刻の収集に出発しちまいましたよぉ!

「くぁー!」

 ※早鳥を出して呼び戻せ!

「くかぁー!」

 ※あいつらの速力に追いつける奴なんているかッ! 戻って来るまで相当時間がかかるぞ!

「く、くぁー……!?」

 ※そ、それまで保つのか……!?


 カラスたちが大樹に集まり、半ば叫ぶ様に協議する中、


「タカカカカカカカ!」


 遥か上空から、珍妙な高笑いが降ってきた。


「くぁッ!?」

 ※何奴ッ!?

「カーカー、カーカーと、矮小な喚き声が耳に心地良いなァおぉい! タカカカカカカ!」


 茜色の兆しが見え始めた大空。

 そこで笑うそれは、カラスたちに取って全く見慣れない姿をしていた。


 頭部は完全に鷹、猛禽類のそれなのだが、首から下がおかしい。

 実に鷹らしい色合いの羽毛に覆われたその体は、まるで獅子の様な形態をしていたのだ。

 背で羽撃く巨翼は四枚の二対。

 明らかに、普通の鷹では無い。


「く、くぁ!?」

 ※な、なんだあいつは!?

「くぁーくぁ! くぁー!」

 ※奴だ! 奴が今回襲撃してきた鷹軍の指揮官だ!

「くぁ!? くぁー!?」

 ※はぁ!? ありゃどう見ても精霊獣か何かの類じゃねぇか!?

「ターカカカカカカカッ! 喧しい! だぁがそれも良ぃッ! このグリフォン鷹枦たかはし様の足元でもっと喚き騒ぎやがれやァ!」


 鷹枦と名乗ったそれが、一際力を入れて巨翼を羽撃かせた。

 瞬間、大地を抉る程の旋風が巻き起こる。


「タカカッ! 吹っ飛べや、『風神の怒号(ゼピュロス・アンガー)』ッ!」


 球形にまとまった旋風が駆け抜ける一直線に、草木は根元から土壌ごと抉り返され、薙ぎ払われていく。


「か、くぁあぁぁあぁぁ!?」

 ※ど、どわぁぁぁぁぁ!?

「かかかかぁぁ!」

 ※退却ぅー!

「くぁーッ!」

 ※退却するまでも無く吹っ飛ばされてるけどねーッ!


 まるで、透明な巨人が腕を振り下ろした様な破壊跡が、一瞬にして出来上がる。


 カラスたちは停まっていた大樹ごと、空の彼方へと消えてしまった。


「ターカッカッカッカッカッ! 難攻不落の黒き山…どぉやら名前だけみてぇだなァ」

「クケーッ! クケァ!」

 ※流石は鷹枦の兄貴ッ! ブッ飛んでやがるぜ!

「クケケー! クケ!」

 ※飛んでるゥーッ、クールだわァーッ!


 己の起こした破壊の跡を眺める鷹枦の周囲に、普通の鷹たちが集い始める。


「ちょっくら拍子抜けの感はあるがァ…まァ良い。行くぞ野郎共」


 鷹枦が見据える先。黒葉の森の奥深く。

 そこには、非戦闘員のカラス共が暮らす集落がある。


「愉しい愉しい蹂躙タイムだ」

「クケー!」


 鷹枦の言葉に呼応する様に鷹たちが叫んだ、その時、


「見つけたである! 奴が悪意の根源である!」

「あァん?」


 鷹枦が刻んだ破壊跡に、ぴょこっと飛び出して来た二つの影。

 一つは、白いプルプル。もう一つは、小ぶりなコウモリ。


 アフラ増田と小森だ。


「うげっ、なんじゃあ、あの鷹は。前足が生えとるし、なんかデカかぞ」

「あれはどう見ても精霊獣『グリフォン』、鷹じゃないのである」

「あァァ? 何イってやがる白ェの」


 増田の言葉に、鷹枦が眉間にシワを寄せて反応した。


「俺ァ、鷹軍期待の新鋭、グリフォン鷹枦様だ! グリフォンに見えると言う世間の声もあるが、立派な鷹だゴルァ!」

「見た目も名前もグリフォン感丸出しではないか」

「後半は鷹感もゴリゴリだろぉがッ!」

「グリフォンの占める割合が高過ぎるのである。強いて言うなら鷹っぽい立派なグリフォンだろう貴様」

「んだとぉ……!?」

「って、増田よぉ。今ぁその辺、どーでも良か無ぇかい?」

「あ、そうである! やいグリフォン貴様! 何が目的でこんなことをしているのであるか!?」


 ただ鷹たちが餌を求めてカラスを狩っているだけなら、増田が悪意を感じるはずが無い。

 つまり、鷹枦たちは捕食以外の目的でここを襲撃している可能性が高いのだ。


「けっ…知りたきゃ教えてやるぜ白ェの……! クソ生意気なテメェの体に、直接なァ!」

「クケェェェ!」

「クックケェェェ!!」

「お、おい、増田。敵さんすごいやる気だぞ。しかも普通に強そうじゃ。お前さん、勝算あんのけ?」

「……………………」

「おーい? 何無言でプルプルしとんじゃ? まさかお前さん、あんな『悪は見過ごせないぜ!』的な台詞吐いといて……」

「……我輩、契約者がいないと無能なの、すっかり忘れてたである……てへっ☆」


 どんだけすごい人が作った超兵器だろうが、所詮道具は道具。

 使う者がいて初めて真価を発揮する。


 今の増田は、はっきり言ってコンビニのレジ袋程度の戦闘能力しか無い。


「やっちまえ野郎共ッ!」

「クケェェァ!」

「こ、ここは一先ず退却である! ぴゃぁぁあああぁあぁぁぁぁぁああぁぁ!」

「お前さん阿呆じゃ! プルプルした阿呆じゃ!」


 こうして、増田&小森VS鷹軍グリフォン鷹枦隊の戦いが幕を上げた。







 ナスタチウム王国、王都。

 完全にトワイライトに染まった空を、黒い一団が切り裂いて行く。


「くぁー! くぁぁぁぁ!」

 ※おい烏場ぁ! どぉしたんだよいきなり引き返すなんてよぉ!

「……くぁくぁ。くかぁ」

 ※……嫌な予感がしやがる。とんでもなく嫌な予感だ。


 餌集め部隊(ライフキーパーズ)Aランク第三位、烏場隊。

 黒頭の山が有する戦力で、対鷹軍戦に置いて最も多くの功績を残している武闘派チームである。

 戦闘力だけで評価を受けるならば、間違いなくそのランキングはぶっちぎりのトップだろう。


 幾多の死線を乗り越えてきた烏場の直感が、何かを告げている。

 烏場隊に、彼の直感を疑うカラスはいない。


「くぁ…くぁぁ」

 ※隊長の嫌な予感か…こりゃ言わなくてもわかるな烏野。

「くぁ、くぁ。くぁかか」

 ※あぁ、烏崎。覚悟しといた方が良いな。

「かくぁ、くぁくぁ、かーかーくぁー」

 ※確か、前回隊長が嫌な予感したって時は、王都中の鳥を巻き込んで鷹軍と鷲軍が全面戦争をおっ始めやがった時だったか?

「くぁー」

 ※ありゃおったまげたなぁ。

「くぁ……くぁ?」

 ※笑い事じゃ無いっての……ん?


 ここで、先頭を飛ぶ烏場が眼下にとあるモノ…いや、とある生き物を発見した。


「くぁ、くぁーくぁ……」

 ※隊長、確か『アレ』って……

「……くぁ、かー」

 ※……何が起きてるにせよ、荒事になるなら『アレ』は使えるかも知れんな。


 五羽のカラスは異議無しと暗に語るが如く、全員がほぼ同時に方向転換。

 連携して、眼下に発見したとある人物を強襲する。


「くぁぁぁーッ!」

 ※かかれぇーッ!

「え? きゃぁんッ!? 何!? なんですか!? ご褒美!? あっ…」


 夕暮れの王都に、カラスたちの鳴き声と、女性の嬌声が響き渡った。




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