第11話 綺麗なあの子は…(ドM)《後編》
「あづぁっ!? ちょっとシンデレラ! このお茶熱すぎ!」
「すみませんお母様! 罰としてそのお茶を私にぶっかけてください!」
「そ、そこまではしないわよ!」
「えぇ!? むしろしてくださいよ! お母様の意気地なし!」
「意気地なしって……」
「罰がダメなら、ご褒美を与えるつもりで!」
「ひぃっ!? 嫌よ馬鹿! 離せ変態娘!」
「ありがとうございます!」
「もうあっちの掃除に行ってよ!」
「……あれは……確かに変態だ」
デレラの家から少し離れた茂み。
テレサが魔法で出した千里眼機能付き魔法双眼鏡を構え、ガイア・テレサ・忠助は並んでいた。
「すごいですね……何より継母さんもよくカップ内で沸騰している紅茶を飲もうと試みましたね……」
「継母と義姉達はかなり頭が悪いでチュ。だから、喜ぶだけだってのにシンデレラを毎回毎回罵倒してるんでチュ」
「デレラに取っちゃご褒美の垂れ流し状態ってか……」
…………………。
「なぁ、あのデレラさん、このままでも充分幸せなんじゃないか?」
魔法双眼鏡の千里眼機能で壁を透過すると、良い笑顔で掃除に励んでいるのがよく見える。
「……うーん……だ、ダメでチュ! あんなロマンの欠片も無い幸せを僕は認めないでチュ!」
「お前の問題じゃないだろうに……」
つぅか今ちょっと悩んだぞこのネズミ。
「でも、思うんチュ。もしかしてシンデレラは、あの継母や義姉のせいでドMになったんじゃないかチュて」
デレラは元々、出産時に産道を通る圧迫感でさえ性的興奮を感じる様なハードベイビーだった。
だが忠助はその事を知らない。
「王宮で暮らせば、きっと本当の幸せを知って、変わるチュ!」
「そうだといいがなぁ……」
あれって天性なんじゃ…と薄々勘づいているガイア的には、うーん……って感じである。
「とりあえず、本人に話を聞いてみましょう!」
という訳でお宅へ突撃する事に。
「シンデレラー、客が来たわよー!」
「はい! 喜んで!」
継母に指示され、デレラがガイア達を出迎えるべくドアを開けてくれた。
「こんにちわ。どちら様ですか?」
「私達は魔地悪威絶商会の者です! こんにちわ、デレラさん!」
「で、デレラって私の事ですか?」
テレサの言葉に少し考え込むデレラ。
「ああ…見ず知らずの子に突然名前を変な略し方される……プチ不幸です!」
不幸と言う割にちょっと嬉しそうである。筋金入りだこの人。
「突然ですがシンデレラさん! あなたの幸せってなんですか?」
「不幸のドン底です!」
笑顔の即答。
もう天晴れとしか言いようが無い。
「あ、あの、ちなみに、王子様と結婚したりとかは……」
「なんですかその御伽噺みたいな幸せの絶頂」
全然興味無さそうな反応。
これはかなり無理ゲーな予感がしてきた。
「どうしましょう……チャールズ兄様との結婚を提案しても断られそうですよ?」
「……一応、強行手段があるにはあるが……」
「それで行きましょう!何でも良いんで!」
「よし……」
少しこれからの発言は口にするのに躊躇いがある。
……下手すりゃ国家反逆罪物だ。
「……デレラさん、ある日突然、家畜を性的な目で見てしまう様な精神的にヤバイ王子と無理矢理結婚させられるって、結構不幸な事だと思いませんか?」
「なっ……ちょっと魅力的な響き……!」
「しかもこの国の王宮は無駄に広い……あそこを掃除するのは、かなり辛いんだろうなぁ」
「は、ああああぁぁ……」
何か妄想し始めたのか、デレラの顔がやや紅潮していく。
「きっと王子は舌が肥えてるから、料理にもいちいち凄まじい酷評を…」
「チャールズ兄様は基本何でも美味しい美味しい言いま…」
テレサの口を封じ、ガイアは続ける。
「王様もきっと王家のしきたりとかで厳しくてー…」
「おひょーひゃふぁふぁふぉんふぁ……」
お父様はそんな……とか言っている様だが、絶対喋らせてやるものか。
「ああ、何て素敵な環境……!」
ある事ない事適当に並べた結果、ついにデレラからその一言を引きずり出す。
「つぅ訳で、王子と結婚して幸せ…じゃねぇ不幸になって幸せになりま…ああもうややこしい! とにかくそういう方向で行きましょう!」
「めくるめく不幸への旅路……いい、すっごく、いい!」
「な、何か王族側としては聞いていて微妙な気持ちです……」
「とにかくだ。ほれ、さっさと王子様に突き出せる様にメイクアップして終わりにしようぜ」
「了解です」
「うぅ、ありがとうでチュ……これでシンデレラがまともになれば、もう思い残す事は無いでチュ!」
てな訳で、テレサは魔法でカボチャテイストの簡易更衣室を召喚。
加えてオシャレなドレスとガラスで出来た美しい靴を出現させる。
「何だこれ、ガラスで出来てんのか? 珍しい靴だな」
「はい! 魔法の靴です! これを履いた者には何かしら幸せが起きると言われてるんです。義姉になるデレラさんへの囁かなプレゼントって奴ですね」
「ふーん、すげぇもんがあんだな」
「まぁ『たまに』らしいですけどね。あ、これ説明書らしいです。読んでみます?」
「説明書って……」
まぁとりあえず読んでみる。
「ふーん、たまにだけど履いてる人に幸福を運んでくる、ねぇ……って、ん?」
何か、赤文字で書かれている。
『体重制限30キロ。厳守。30キロ以上の方が履くと、ぶっちゃけ割れます』
「あ、デレラさんドレスは着ましたね! ではお待ちかね! この靴を履いてください!」
「まぁ! プラスチックの靴かしら? 安物っぽくて素敵!」
「ちょ、ちょっと待てテレサ&デレラ! それは……」
パリーンッッ!
《治療中》しばらくお待ちください。
「本当にごめんなさい、デレラさん……」
「いえいえ、最高でした……ふぅ」
足が包帯でグルグル巻きだが、とんでも無く満足気なデレラ。「流血レベルのは久しぶりで……ちょっと達してしまいました」とか何とかほざいている。
……まぁ、ある意味履いた奴に幸福を運んだ訳だ。
まさか砕け散ってまで仕事を全うするとは、中々根性のあるガラスの靴だった。
「じゃ、行ってきます!」
最後にちょっとしたアクシデントはあったものの、デレラはカボチャテイストな車イスに乗り、テレサと共に城へと向かった。
翌日。
テレサから聞いた話だが、デレラは無事チャールズと結婚する運びとなったそうだ。デレラの継母と義姉はこの結婚について「正直キモイんでもらってくれて有難いです」と口を揃えてコメント。
「あれだけ尽くした家族にあっさり捨てられるなんて……!」とデレラは何やら幸せそうだったという。
「途中絶対無理だと思ったけど、どうにかなったな」
「はい! お仕事、無事完遂です!」
そんな風に喜んでいられたのも束の間だった。
更に数日後。
「大変ですガイアさん!」
「……朝っぱらからウチに来るのはそろそろ辞めにしないか」
しかも綺麗に講義が3限からの日ばかりを狙って。
「で、今日はなんだよ?」
「これ……!」
テレサが差し出して来たのは、1枚の手紙。
そこには綺麗な文字でこう書かれていた。
『幸せ過ぎて辛い。帰ります』
「で、デレラさんの部屋から……」
「……やっぱり天性のドMだったか……」
ガイアが並べたお城で待ち受ける不幸の数々は、「チャールズがおかしくなりかけ」という点以外は全て嘘っぱち。
そりゃあ城に住み始めて数日もすれば気付くだろう。
「それともう1つ不味い事が。チャールズ兄様が」
「どうかしたのか?」
「まだ結婚の手続きも何もしてなかったらしくて、『俺まだドーテーなんだぞー!』とか『結局独身のまんまかよー!』ってお城でご乱心で……」
「その王子もどうなんだ……」
一方、デレラハウス。
「という訳で、これからも蔑み倒してくださいね!」
「「「嫌よ!!!」」」
「ああ! あからさまに疎ましい者を見るような視線! 心地良いです!」
「……シンデレラ……それで良いんでチュか……?」
まぁ、あれだ。
幸せは人それぞれ違う、という事だろう。
「……綺麗にまとめようとしないで欲しいでチュ……」
「あ、ネズミさんですらも呆れた様な目で私を見てる!」
幸せそうに、彼女は今日も笑って、嬉々として働き続ける。
可憐さにどんどん埃がかぶろうと、その笑顔が絶える事も、褪せる事もありはしない。
彼女は自分なりの幸せを知っているから。
毎日が楽しくて仕方無い。
「私この家にいるのが、1番不幸です!」
「「「気持ち悪い!!!」」」
「ありがとうございまーすっ!」