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R45,Dragon King(要するに竜王)《後編》

 健全な大人のSMクラブ、『バラの靴』。


 その休憩室にて、真の忍者兼夜の女王様なカゲヌイは、目隠しをしながら片手でトランプタワーに挑戦していた。


「ふむ……まぁ、こんな所ですか」


 カゲヌイは目隠しを外し、完璧な安定感を誇る己の巨塔を満足気に眺める。

 トランプ3デッキを使った、最早トランプスカイツリー。


「今日も私は完璧ですね。まぁ、真の忍者ですし」

『よう、我が妹よ』


 と、ここでカゲヌイの脳内に突然声が響く。


「……いきなりテレパシー的なモノを送って来ないでください、馬…兄さん」


 その声は、カゲヌイの兄、カゲロウによる念話。


『だってお前、忍者スマホ持って無いじゃん』

「ぶっちゃけ持ってますよ。兄さんに連絡先を教えていないだけです」

『おぉいっ!? 何故!? 何故に!? お兄ちゃん真の忍者なのに!?』

「シンプルにあなたが嫌いだからです。とりあえずもうテレパシー遮断して良いですか。これでも私は忙しいんですよ」


 もう休憩時間が終わる。


 カゲヌイは実は結構人気者なのだ。

 休憩からあがり次第、予約の処理で忙しい。


『待て待て、真の忍者であるこの俺が、用も無く連絡すると思っているのか?』

「ならさっさと用件を言ってください」

『では言おう。そろそろ母の命日だが、お前は里に戻らないのか?』


 カゲヌイの眉が少しだけ跳ねる。

 それ以上、表情の変化は無い。


「……毎年、言ってますよね。私が今まで、あの人の墓に手を合わせに行ったことが1度でもありますか? 私とあの人が親子関係にあるのは、血縁と書面上だけの話です」


 墓前に手を合わせる所か、墓石に手を当ててそのまま掌底で打ち砕いてしまいたい。

 そんな感情がひしひしと伝わるくらい、カゲヌイの声はトゲトゲとした何かを内包していた。


『……いい加減、許してやったらどうだ、と言う話だ。もう7年も経つんだぞ』

「兄さんはよくもまぁ、たった7年ほどの経過でアレを許そうと言う気になれますね」


 やれやれ、とカゲヌイは眉間にシワを寄せながら溜息。


「それともアレですか。馬鹿だから私達があの人に何をされかけたか忘れたんですか? 馬鹿だから。本当に馬鹿だから」

『忘れてはいないさ。決してな。……だが、「あの日」以前の母との記憶も忘れてはいない』


 兄の言葉に呼応する様に、カゲヌイの脳裏を優しい母の笑顔が過る。


「……くだらない」


 その笑顔の記憶も、一瞬で塗り潰される。


 血走った目で我が子を睨みつけ、唾液を撒き散らしながら狂った様に呪いの言葉を吐く。

 そんな醜い女の姿で、美しい記憶が端から丹念に塗り潰されていく。


「とにかく、私はあの人を母として認めていません。未来永劫、許すつもりもありません。以上です」


 それだけ言って、カゲヌイは無理矢理に念話を遮断した。


「……余計なことを思い出させてくれたモノです」


 忍法で風を起こし、カゲヌイはトランプタワーを吹き飛ばす。


 やつあたりにブッ飛ばした訳では無い。

 風に乗ったトランプは、見えない手に導かれる様に3つのデッキに分かれ、そのままケースへと入っていく。


「ヌイちゃーん。そろそろイケるー?」

「あ、はい。ぶっちゃけ余裕でイケま……ッ」


 カゲヌイはある方向へ顔を向ける。

 そこには、地域振興のカラオケ大会の告知ポスターが貼られた壁しか無い。


 その壁の遥か向こうに、カゲヌイはある人物の気配を感じていた。


「……この気配は……噂をすれば影、と言う奴ですか」


 普段の彼女なら絶対にやらないだろう、本気の舌打ち。


「兄さん、聞こえますか」

『むむっ!? お前の方から念話回線を開くとは珍しいな! 何だ? この優れた兄の力が必要か?』

「寝呆けて無いで、真面目に聞いてください。奴です」

『奴?』

「………………」


 呆れ溜息と深呼吸を兼任した息を吐き、カゲヌイは言った。


「また、あの人です」







「さぁて……どうしたモンか」


 小さな腕を闇で補填した漆黒の巨腕でグラを抱きかかえながら、グリムは森の中を飛び回る。


 背後から迫ってくる愉快な破壊音。


 ミカゲだ。

 グリムの気配を追って、その進路上にある木々を片っ端から吹き飛ばしながら進んでいるのだろう。


「エゴはすげぇのに、エコの心は微塵も無いみてぇだな、あのクソ忍者女」

「上手いこと言ってる場合ですか……足を引っ張ってる私が言うのも難ですが、超ヤバいですよ今。どうするんですか?」

「そぉだなぁ……」


 グリムとしては、別に正面切ってミカゲと殺り合っても問題は無い。

 戦闘能力は向こうが上だとしても、グリムとミカゲには決定的な差がある。

 能力の習練度だ。


 いくらミカゲがグリムの半身の力を振るい、闇を従えようと、その技量は拙いモノ。

 ただ闇をブン回して破壊する以外、能が無い。


 逆にグリムは無数に応用技を持っている。戦闘のセンスも非常に高い水準にある。

 正面からぶつかっても、いくらでも勝ち筋はある。


 問題なのは「それをミカゲも充分わかっているだろう」と言うことだ。


 まず間違いなく、ミカゲはグリムとの正面衝突を避ける。

 そして、おそらくはグラを狙うだろう。

 それも、圧倒的な手数と威力で力任せに。


 十中八九、グリムに防戦を強いて削り切る戦法を選ぶ。


 なので、グリムはまずグラをどこかへ避難させるべく戦略的撤退。

 対するミカゲは、それをさせないために猛追。


 と言うのが現状である。


「付かず離れず……いや、若干距離が詰まってきてんな、面倒臭ぇ」


 後方から不規則なタイミングと軌道で襲来するミカゲによる闇の砲撃。

 それを同じく闇の砲撃で撃ち落としながら、グリムは舌打ち。


 このままでは、ミカゲに追いつかれる。


 しかしこれ以上速度を出すと、風圧で器とグラがヤバい。

 グリムのぬいぐるみは断続的に嫌な軋み音を鳴らしてるし、グラは若干苦しそうな表情を浮かべている。

 実はもう、常人ならとっくに風圧で首がモゲるくらいの速度は出しているのだ。


「ほらほらほらぁ! 逃げてばっかってどうなのぉ!? その辺、どうなのぉ!? へいへいどぅ! どぅなのぉ!? どぅどぅどぅーッ!」

「煽り方がボキャブラ不足気味のくせに地味にウゼェッ……!」

「子供がいる年齢の方だったとは思えませんね」


 グリムとしては、今すぐにでもくるりと回ってぶん殴りに行きたい。

 趣味じゃない撤退を強いられている挙句にあんな煽り方をされては、ぬいぐるみなのに青筋がピッキピキ浮き立つレベルで腹立たしくもなる。

 だが、グラを危険に晒す訳にもいかない、と必死に堪える。


「絶対ぇ後で死なす……!」


 嬲り殺し程度で済むと思うなよ、と心の中でつぶやき、グリムは打開策を考える作業に戻る。


「どこまで逃げる気!? 別にそこまで怯えなくても良いわよぉ! 私に吸収されたって、あなたが消えてなくなる訳じゃないんだから! 私の一部になって、永遠に不自由するだけよ!」

「怯えてる訳じゃあねぇが、んなクソ条件を誰が飲むかッ!」

「どぉせ、この凄まじい力で今まで散々好き放題に生きて来たんでしょう!? その代償だと思えば良いじゃない!」

「ったく……冗談とかじゃなくて、本気で説得できると思って言ってんぞあのクレイジーサイコ忍者……!」


 グリムは多少だが、相手の心情を読み取る能力がある。

 ミカゲがどう言う目的で言葉を吐いているか、雑把にだがわかる。


 今まで好き放題やってきたんだから、私のために全てを捧げろ。


 そんな支離滅裂で意味不明な理屈が通ると、本気で思って発言している。

 もうただただ狂ってる。


「悪霊は負の感情をこじらせた亡霊の成れの果てですからね。心が酷く不安定になると、思考も綻びが生じるモノです」


 悪霊の精神状態は常に負の方に傾いたグズグズ状態。

 故に、悪霊の人格が破綻してるケースは珍しくない。


 例え生前は慈愛に満ちた聖母だったとしても、何かの間違いで悪霊化してしまえば、狂人と化すことがある。


「馬鹿は死んでも直らねぇが、死んだら馬鹿になることはあるってか。笑えねぇな」


 狂人に取り込まれて一生拘束されるなど冗談では無い。


(このままじゃ、グラを逃がすのは無理臭ぇ。だが、グラを守りながら戦ってちゃ、流石の俺様でも勝目が薄い)


 グラだけを先に逃がしてグリムがミカゲとマッチアップしようとしても、ミカゲは乗ってくれないだろう。


(最大火力でここら一帯ごと吹き飛ばしてみるか……?)


 考えてみて、すぐに没る。

 現在、グリムとミカゲはまさしく互角に近い力を持っている。力押しでどうこう出来る訳が無い。

 最大火力でブッ放しても、相殺されるか、防御に徹されて凌がれるのが目に見えている。

 ここら一帯を更地にするだけで、ミカゲへ大したダメージは望めないだろう。

 そうなってしまえば、グリムは消耗した状態でグラを守りつつミカゲと戦うことになる。

 それは流石に詰む。


 状況は、絶望的にグリムが不利だ。


(……この俺様が、食われる側に回るなんざ有り得ねぇ)


 それでもなお、グリムは勝つための思考を止めない。


 俺様が成す術も無くやられるなんざ絶対に無い。


 20万年以上もの月日を圧倒的暴王として過ごして来た実績が、その自信を支え続ける。


(……待てよ……食われる側……?)


 ここでグリムは、至極単純な結論に辿り着く。


「……そぉだな。食われんのが嫌なら、俺様が『食う側』に回りゃ良いだけの話か」

「何か思いついたんですか?」

「あぁ。忍者だろぉがなんだろぉが、あいつは結局、人間だ」


 だったら、


「人間如きに出来ることが、俺様にできねぇなんて道理は無ぇよなぁ……!」





「くひっ! くひゃは! くはははははは!


 ミカゲは闇の大鉈を振るい、木々を薙ぎ払いながら直進。

 森を切り拓きながら、逃げる獲物を追い立てる。


「……ん?」

 

 しかし、その足が不意に止まった。


「あらぁ、やっと、聞き分けてくれたの? 素直でよろしい」


 ミカゲが見上げる先には、周囲の巨木を軽く凌ぐ、漆黒の山……では無い。

 夜闇よりも黒い鱗でその巨体を覆う、1匹の巨竜。


 グリムの霊体だ。

 これでも、生前の半分程度のサイズである。


「じゃあ、早速、丸ごと頂いちゃおうかしらぁ」

「………………」


 グリムの眼球内に蠢く無数の瞳が、静かにミカゲを見据えている。


「ヴァハ」


 そして静かに、グリムは笑った。


「やって、み、ろ。人間、風情、が」





「あぁはぁぁぁああぁぁッ……最ッ高ぉぉぉぉぉおおぉぉほぉぉぉおぉぉおおぉおおおお」


 恍惚とした表情で、月を見上げるミカゲ。

 その前方に、グリムの巨体は存在しない。


 山と見紛う巨大な霊体を、ミカゲは完全に取り込んでみせた。


 内から溢れ出る膨大なエネルギーの感触が、彼女の全身を激流で満たしていく。

 爪先から頭髪の毛先まで、内側から激しく愛撫されている様に錯覚する。


「キてる……はぁっ…これなら、ヤれるわぁ……」

「楽しそうですね」


 グラが、木の陰からひょっこりと顔を出した。


「あらぁ、あなた、逃げてなかったのぉ?」

「はい。必要ないので」

「くひっ……まぁね。私の目的は完遂された。もぉあなたなんかに興味は無いわ」

「的外れですね。何もかも」

「……?」

「まず、私が逃げないのは、別にあんたが私に興味が有るか無いかの問題じゃありません。例え今、あなたが私を殺す気でも、逃げる必要は無いと言う判断は変わりません」

「どういう意味かしら?」

「まぁ、端的にわかりやすく言いますと」


 グラは、ニッコリと微笑んだ。


「あなたの目的は、欠片も完遂なんてされてないからです」

「はぁ?」

「私はこの世で1番、グリムを信じています」


 だから、絶対の信頼を持って、待つ。


「グリムが、あなた如きに取り込まれる訳が無いでしょう?」

「……くはっ。とんだお馬鹿さんね。見てなかったの? 私は、あのドラゴンを完全に取り込んだ。完膚なきまでに同化した」


 証拠だと言わんばかりに、ミカゲは自身の周囲で闇を躍らせる。


「圧倒的な力! 私の目的は、完全無欠に遂行された! それは揺ぎ様の無い事実よ! 今更、信じてるだけで、どうにかなる訳……」

「仮にもトゥルー忍者だった者が、信じることを否定するか。滑稽だな」

「ッ!? その声は……!?」


 夜空より舞い降りたふたつの影。

 それは、忍装束を纏った男女。


 トゥルー忍者の兄妹、カゲロウとカゲヌイだ。


「あれ、あなたは、テレサさんの所にいた……」

「お久しぶりですね、精霊の女王。一族最大の恥部がとんだご迷惑をおかけした様で、申し訳ない」

「な、くっ……あんたら、何でここに……」

「ふっ、貴様が俺達にそれを問うか。愚問、笑止ッ!」


 その答えは、決まっている。


「真の忍者だからだッ!」


 悪霊化した愚母が懲りずに暴れている気配くらい察して当然。

 それくらいできずして何が真の忍者か。


 そう言わんばかりに、堂々とカゲロウは宣言した。


「……さて、7年前、きっちり塵埃と還してあげたはずですが……しぶとさだけは忍者ですね。このメスゴミ」

「め、メスゴミ!? 実の母の霊体に向かってなんてことを! 体のひとつもくれないケチ娘のくせに!」

「ご存知無いんですか? 私はあなたを母親だなんて思ってませんよ?」

「うむ。流石に、2度もこうして醜態を晒されると、擁護できん。7年前の件についての反省も無いと見える。これより、俺も貴様を『唾棄すべき俗虫』として認識する」

「ぐっ……兄妹そろって上等じゃない! まとめて叩き潰して、親を敬うと言う心を叩き込んだ後で体を奪ってやる!」

「以前、あれほどフルボッコにされておきながら、よくそんな大口を叩けるな」

「そりゃそぉよ! だって私は、この圧倒的な力で……って、あれ?」


 今の今まで、ミカゲだけが気付いていなかった異変。

 それにようやく、ミカゲも気付いた。


「……消えてる?」


 ミカゲの周囲で踊っていた闇が、いつの間にか霧散していた。


「な、なんで!? ちょ、え、あれへぇ!?」


 いくらやっても、闇を操作できない。

 それどころか、


「ぐ、ぎっ!? な、んか、動き辛ッ……」

『よう、随分と調子が悪そぉだなァ、クソ忍者女』

「ッ!?」


 ミカゲの脳内に響いたその声は、間違いなくグリムのそれだった。


「ば、馬鹿な……なんで……!?」

『おいおい、テメェが言ったんじゃあねぇか。取り込まれた所で、俺様は死ぬ訳じゃねぇ。テメェの一部になるだけだ、ってなぁ……』

「…ッ…! でも、あんたは、完全に、私の制御下に…!」

『テメェの一部になったってことは、俺様もテメェの忍者霊力とやらにあやかれる。道理だな』

「は……? ………………ッ、ま、さか……」

『信じる力ってのぁ偉大だなぁおい。元々万能だったが、今ならもっと何でもできそぉな気がするぜ』

「忍者霊力の恩恵で……私の制御を振り切った……!? ありえ、ないッ! この短時間で……!? 忍者細胞ならともかく、忍者霊力だけで!? そんなの、絶対…」

『そりゃあ、テメェ如きが使ってんじゃあ、そんなモンだろうよ。道具ってのぁ、使い手で天と地ほども変わるモンだ』


 突然、ミカゲは背中に違和感を覚えた。

 まるで、体の内側で蠢く何かが、背中から飛び出そうとしている様な感触。


「まさ、か、同化を断ち切るつもり……!? 流石にそんなこと、出来る訳……!」

『あぁん? まぁ、出来なくは無さそうだが、確かにこりゃ骨が折れそぉだ。趣向を変えるか』

「…………?」

『確か、テメェの能力は、霊体にしか効かねぇんだよなぁ? じゃあ、実体を作りゃ良いだけだ』

「くはっ! 何を馬鹿なことを……! 霊体が無から実体を作り出すなんて、忍者霊力を駆使しても…………あ」


 霊体が実体を生み出す。

 そのケースを、ミカゲは知っている。


「まさか、精霊昇華ホーリーアップ……!?」


 亡霊が何らかの要因で奇跡を巻き起こし、亜精霊種デミ・フェアリム…つまり、実体を持った高次元生物へと昇華する現象。


 グリムは、忍者霊力を使ってその現象を引き起こそうとしている。


「それこそ、忍者霊力程度でできる訳が、無いッ!」


 奇跡が奇跡的な程に重なって起きる奇跡の奇跡。それが精霊昇華ホーリーアップだ。

 グリムだって、その奇跡っぷりはグラから聞いている。


『何遍も言わせんな。道具ってのぁ、使う奴次第でいくらでも変わんだよ』

「ぐ、ぎっ!?」


 ミカゲの背中のを襲う違和感が、激しさを増す。


「が、ぁ、あぁ!?」

『テメェ如きが出来ることなら俺様だって出来る。テメェ如きが出来なかろうが、俺様なら出来る!』


 何故ならば、


「俺様は、悪竜の王…ドラングリム・ゼファスタンだからなァッ!!」


 高らかな名乗りと共に顕現したのは、空を覆い尽くさんばかりの漆黒の巨竜。

 森全域を揺らす嵐の様な旋風と共に巨翼を広げ、月を遮る。


 闇よりもドス黒い鱗が、背面から月光を受けて煌く。見る者の目を焼いてしまいそうな程に激烈に輝く白銀の鬣が、夜風に揺らめく。


「へぇ……これはまた、壮厳ですね」

「ふむ、あれが、噂に聞いた悪竜の王か。……だが、にしては……」


 夜空を蹂躙する、悪竜の王。

 悪竜の王の噂を知る者に取ってその姿は、やや違和感を覚える所があった。


「神々しい……」


 その黒鋼の姿から、禍々しさは一切感じられない。

 むしろ、真逆の感情を駆り立てられる。

 黒い体から、太陽の如く眩い山吹色の閃光を錯覚してしまう。


「流石はグリムです」


 神々しき黒竜の飛翔を、精霊の女王は満面の笑みで賞賛した。


「ヴォ、ォアァァァァァァァァァァァァアアアアァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ!!!!!」


 精霊亜竜ドラングリム・ゼファスタン。


 再誕の産声が、世界を揺らした。





「と、まぁ、ひとしきりグリム氏の御姿を堪能させていただいた所で、ゴミの処理に移りましょうか」

「ひ、ひぃっ!?」


 と言う訳で、一同視線をグリムからミカゲへ移す。


 ミカゲは、グリムの精霊昇華ホーリーアップに巻き込まれ、同じく亜精霊種デミ・フェアリム化してしまっていた。

 念願の実体を手に入れたは良いが、その肉体を構成するのは忍者細胞では無い。

 霊体で無い以上、忍者霊力も使えない。

 そして当然、もうその中にグリムの力は残っていない。


 つまり、ミカゲは何の変哲無い凡庸な亜精霊種デミ・フェアリムと化した訳である。


「とりあえず、まずは肉体がある内に嬲り尽くした後、霊体を引きずり出して……」

「ちょっと待て、忍者娘」


 空を覆っていたグリムの巨体が、一瞬にして収縮。

 先程まで収まっていたぬいぐるみを模した擬態形態を取る。


「わぁ! なんだかんだ、グリムもその形が気に入ってくれてたんですね!」

「チッ。別にそぉ言う訳じゃねぇっつぅの……」

「? じゃあ何で?」

「……このサイズに慣れちまったからだよ」


 いくら精霊昇華したとは言え、「この格好の方が誰かさんが喜ぶから……」なんて素直に口走るグリムでは無い。


「で、グリム氏。何故止めるのですか?」

「決まってんだろ、今回の件で、こっちはクソ程イライラさせられたからなぁ……そっちも因縁がある様だから、全部寄越せとは言わねぇ。半分こっち回せ」

「成程。そう言うことならば2等分しませう」

「待て待てカゲヌイ、悪竜の王。身内の愚行は、やはり身内である俺も責任を持って精算せねばなるまい。ここは3等分だ」

「ひぃぃぃぃッ!? 割られる!? 割られるの私!?」

「ちょっと待ってくださいよ、御三方」


 ここで「どの辺から割るか」相談を始めていたグリム達を、グラが呼び止めた。


 おお、流石に止めてくれるのかジーザス……! とミカゲがグラを拝もうとした次の瞬間、


「私だって、ちょっとおこですよ! 4等分で!」


 外道を拾う神などいない。






「見てくださいグリム!」


 グラが堂々と掲げるのは、メロンを模した緑色の球体型容器。

 元々はアイスクリームが収まっていたそれには、現在、コマ切れにされたミカゲの霊魂が圧縮封印されている。


 どんだけ粉微塵に討ち払っても復活しかねない、と言うことで、カゲヌイの提案により封印することになったのだ。


 肉体の方はきっちり土に還した。エコである。


「ついにメ○ンアイスの容器が役に立ちましたよ!」

「そりゃ良かったな……さっさと埋めるか、あのクソ鯰の池に放り込んで来いよ、そんな汚物」

「嫌です! 私のリサイクルが実を結んだ結晶ですよ! 窓辺に飾りましょう!」

「空気が汚れるからやめろ」

「とにかく、これで私のリサイクル活動の優位性は証明されたはずです! ここで私は、リサイクル活動を1日1回から1日3回までとする規制緩和案を提案します!」

「却下!」

「グーリームー。精霊昇華したんだからそんなケチケチしないでくださいよう」

「亡霊か精霊かは関係ねぇよッ!」

「そんなケチなグリムは、もふもふ~」

「やめろっての!」

「もー擬態の質感までぬいぐるみに寄せちゃってー。グリムは本当にあの器が気に入ってたんですね」

「………………うっせぇ」

「……実は、私にもふもふされたくて、そうしてます?」

「あぁぁッ!? ザッけんな! 誰が…」

「その反応、照れてると見ましたよ! きゃはぁああぁぁグリム超かわいいんですけどーッ!」

「ウッッッゼェェェエエエェェェエエェェェエッッッ!!!!!」


 亡霊ではなくなったものの、グリムの日常は今までと余り代わり映えしないモノになりそうだ。


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