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第01話 魔法が使えるお姫様(ガチ)


 勇者に憧れる。


 誰だって、ガキの頃に通る道だと思う。


 くたびれたサラリーマンや、達観した様な態度の高校生、縁側で人生を振り返る爺さんだって、きっと1度は憧れたとはずだ。


 だって、それはヒーローだから。

 魔王を倒したり、世界を救ったり、お姫様を助けたりする、実にわかりやすく、実に格好良い。

 単純明快なヒーローだ。


 憧れるな、と言う方が無理だろう。


 そして俺も、勇者に憧れていた1人だった。


 ……いや、憧れて、いる。






『あ、もしもし、自称勇者さんの番号で間違い無いでしょうか』

「はぁ……まぁ一昔前はそんな感じでしたけど……」


 ちょっと前まで『自称勇者』だった青年、ガイア。

 今となっては自称の肩書きすら無いただの大学生。

 むしろその肩書きについては早めに忘れてしまいたいとさえ思っている。


(ったく……なんだってんだ、朝っぱらから……)


 築40年、かろうじて風呂トイレ付きなボロアパートの一室。そこが彼の家。いわゆる苦学生という奴をしている。


 ある朝、そんな彼のスマホに、見知らぬ番号から電話がかかってきた。

 その声の印象は「活発そうな女の子」という感じ。


 相手は、意外というか、何の脈絡も無い人物。


『あ、私は「悪い魔法使い」なんですが……』

「……はぁ」


 悪いも何も、ガイアには魔法使いの知り合いなんぞいない。


「……失礼ですが、番号をお間違いでは?」

『あ、いえ、面識が無いのは当然です。私だってありませんから!』

「……なんじゃそら……」


 と言う事は、全くの他人ではないか。

 本来なら、こうして電話口でやり取りするはずなどない相手だ。


『私は今、「悪竜の王」と戦った方々に片っ端から連絡を差し上げている感じでして』

「はぁ……?」


 悪竜の王というのは、3年程前に現れた漆黒の巨竜。

 100匹程のドラゴンの群れを率いて人類に宣戦布告し、世界中をちょっとだけ震撼させたドラゴンの王様だ。

 世界征服を企んでいたらしいのだが、軽く1万人を超える「自称勇者」の大軍勢に退治されてしまったという、ちょっと可哀想な爬虫類。

 結構強かったとの噂だが、数の暴力には抗えない。


 まぁガイアもそんなドラゴンいじめを行った自称勇者の1人だった訳だ。

 ……若気の至り、という奴だ。


「切っていいか?」


 ガイアとしては、余り不必要にその辺をほじくり返して欲しくない。


『た、タンマです! 話だけでも聞いてください! もうあなたしか残ってないんですよう! お願いします! この通りです!」

「どの通りだよ……」

『この通りです!』

「……………………」


 電話の向こうで土下座なりなんなりしている様だが、当然ガイアには見えていない。


 ……どうやら、ちょっと阿呆な奴らしい。


「…………まぁ、わかったよ。話だけ聞いてやる。ただ、バイトがあるから手短めで頼む」

『ありがとうございます! では早速! おほん! 実はですね私、この度、会社を立ち上げようと思いまして』

「……会社……?」


 声色からして、ガイアはこの電話の向こうにいる相手の年齢を10代半ば程だろうと見積もっていたのだが……幼声な大人、なのだろうか。


『しかもなんと! ただの会社ではありません!』

「?」

『悪の組織です!』

「……………………」


 ピッ。


 ガイアは迷わず、真っ赤な通話停止ボタンをタップした。

 しかしすぐにスマホに再着信。


「……もしもし?」

『なんで切るんですか!? しかも無言で! 電波障害ですか!? 多分違いますよね!? さっきまで普通にイケてましたもんね!?』


 電波障害を起こしてるのはこいつの頭ではないか、とガイアは本気で思う。


「すまん、なんつぅかアレだわ。俺には荷が重いわお前。終わりにしようぜ」

『ちょっ! まだ始まったばっかりですよ私達の関係! ネバーギブアップ!』

「……じゃあ、ラストチャンスな。次切られたら、大人しく諦めろよ」

『ガッテンです!』


 やたらに元気だけは良い奴である。


『私が悪の組織を立ち上げようとしてる所までは話しましたよね。それでですね、その組織の幹部を勤めてくれる人材を探しているんですよ! 求人誌にも出してます!』

「あー……もしかしてアレ? 最近アグレに載ってたあの……マジ何とか……」

『多分それです。魔地悪威絶まじわるいぜ商会です』


 正直頭がマジで悪そうな会社だなー関わりたくないなー、と思っていた。

 ……のだが、向こうから関わってくるとは、ガイアも予想外の事態である。


「あー…アレか? 俺をスカウト的な」

『話が早い! どうでs…』


 とりあえずガイアは通話を終了する。

 朝飯を食おう、と頭を切り替える。今日は大学は休みだが、バイトが朝勤なので少々急がねばならない。苦学生であるガイアには、馬鹿を相手にしている時間など無いのだ。


 しかし、スマホが鳴る。

 どうせ、さっきの偏差値低そうな魔法使い女からだろう。


「…………」


 ガイア的には無視しても良かったが、下手に粘着されてもアレと判断。

 きっぱり断っておくべきだあろう。

 面倒だなぁと溜息をつきながら、ガイアは通話ボタンをタップする。


「おい、さっきの約束はどうした。ルールを守って楽しく電話しろよこの野郎」

『今の流れで何で切ったんですか!? 納得がいきません! これは審議が必要ですよ! アンパイアの介入を要求します!』

「むしろ今の流れでどうして取り合ってもらえると思ってんだ、あんたは」


 ガイアは腐っても1度は勇者を名乗った身である。

 悪の組織の幹部なんぞやってられるか、って感じな訳だ。

 それくらいは普通わかるだろう。


『ワンモアチャンスを! 野球でもアウト3つまで許されます! トゥビィコンテニュートライ!』

「もうアウトどころか9回裏スリーアウトチェンジだよ」

『それゲームセットじゃないですか!?』

「物分かりがよくて助かる。諦めろ」

『勤務時間は融通しますから』

「そう言う問題じゃない」

『実力次第では高給確約しますよ?』

「正真正銘、最後チャンスだぞッ!」

『ありがとうございます!』


 はっ、とガイアは我に返る。

 高給確約という、苦学生からすれば素敵過ぎる言葉に見事なくらい釣られてしまった。

 でも魅力的なんだから仕方無いじゃないか、とガイアは誰に聞かせるでも無く心の中で言い訳をする。


「…あ、でも俺これからバイトであんま時間無ぇや」

『そうなんですか? じゃあ改めて連絡…いえ、この際だから直接話しましょう。ご飯でも食べながらゆっくり』

「えー……」


 あんま親しくも無い奴と2人で飯というのはちょっと面倒というか、ガイア的に気分が乗らない。


『奢りますよ』

「俺のバイト先の近くに、美味いと評判のファミレスがあるぞ」

『じゃあそこで』


 という訳で、今日の夕方頃、バイト終わりに直接会って話を詳しく聞く事になった。






 そんでもって件のファミレス。


 夕日の町並みの中、我が家へ急ぐサラリーマン達の姿を窓越しに眺めながら、ガイアは深い溜息を吐いた。


「私としては、生半可な物では無く、こう1本筋の通った悪の組織を作りたいわけですよ!」


 ガイアの向かいに座ってそんな事を言っているのは、ぎりぎり中学校入学してるかな、と思えるくらいの幼い少女。下手したら小学生だ。

 この子が今朝電話をよこした魔法使いだ。


 いかにもそれっぽい黒いローブを身につけているのだが、サイズがダボダボなのでどこか間抜けに見える。


「……まぁ、あんたがどんな悪の組織を作りたいかはよくわかったけどよ」


 丁度運ばれて来たラーメンを受け取りながら、ガイアは再度溜息。


「……本気なの?」

「そりゃもちろんですよ。…というか今まさに熱く語って聞かせたじゃないですか」


 んな事言われても、ガイアからしてみれば、中学生くらいの子が妄想を垂れ流しにしているだけにしか感じられなかった。


「何ですかその目は……何か疑っている様に見えますが」

「ああ。本当に奢れる様な金持ってんのかなーと思って……」

「当然持ってますよ。これでも私毎月結構お小遣いもらってますもん」

「……お小遣いねぇ……」

「それにしても、私のファンシーオムライスはまだですかね」


 足をパタパタさせながらオムライスを待つ少女。

 悪い魔法使いというか、本当に魔法が使えるのかも怪しい所だ。


「……つぅか、何で悪の組織なんて作ろうと思った訳?」

「そこ聞いちゃいます?」

「まぁ、気にはなるからな」


 このくらいの年頃の女の子なら、悪の組織なんぞよりもっと華やかな物を夢見るモンだろう。

 一体どういう精神的迷走の末こうなったのか、ガイアも多少興味はある。


「実は私、この国の王様の娘なんですけど」

「…………はぁ?」

「姫って奴ですよ」


 ほら、と少女が指を鳴らすと、ガイアの前にポンっと1枚の写真が出現した。

 魔法だ。魔法使いなのは事実らしい。


 その写真には、ドレス姿のこの少女と、テレビで見た事あるおっさんが映っていた。


「……コラ?」

「違います。何で自分と父親でコラ画像作るんですか」

「いや、だってこのおっさん、国王じゃん」


 テレビで何度も見た事がある。この国の王様。メディア露出が大好きな目立ちたがりで、確か最近権力をフル活用して歌手デビューまでしやがったはずだ。


「だから、私の父です。…あ、そういえば名乗ってなかったですね。テレサです。よろしくお願いしますね」

「…………」

「な、なんですか、その胡散臭い物を見る様な目は?」


 ご名答、まさしくそう言う物を見ている目である。


「……アレだ。仮にあんたが姫様だとここは納得したとしよう」


 そうなると、さっきの疑問が興味で済ませていい物では無くなる。


「……何で一国の姫が、悪の組織なんてモンを作ろうとしてんだよ」

「……私は、魔法の才能を持って生まれました」


 テレサがパチンと指を鳴らすと、その手に数枚の画用紙が現れる。

 紙芝居だ。描かれているのは、可愛らしく三等身にデフォルメされたテレサと国王。


「でも、父は認めてくれないんです。『魔法は魔人や蛮族、それに近い人種が使う物だから、王族らしくない』…そんな偏見で、私の魔法を否定するんです。2度と使うなって」

「…………」


 紙をめくっていくと、何やらテレサと国王が言い争っている様な絵が現れた。

 そして次に現れたのは、優しそうに微笑む女性の絵。


「もう死んでしまったけど、私の母は、この魔法の力、いっぱい褒めてくれたんです。なのに父はそれを否定する」


 言いながら、テレサがうつ向いてしまう。その瞳に、涙が溜まっているのがガイアにはわかった。


「それが私は…………あ、オムライス来た!」

「台無しだなこの野郎」

「まぁ、とにかくですよ」


 目前のオムライスに笑顔全開のテレサ。

 一瞬訪れた真面目な空気を返せオムライスこの野郎……と、ガイアは生まれて初めてオムライス相手に負の感情を向ける。


「王族らしいとからしく無いとか、そんな理由で母まで否定された気がして…王族ってのが嫌になったんです私は。わぁ美味しそう!」


 楽しそうにオムライスにスプーンを入れながら語るテレサ。

 結構な事を言っている気がするのだが…本当に台無しである。


「ってな訳で、私は魔法使いとして生きる訳です。で、いっちょカッコイイのが良いなと思いまして……ん! 評判通り最高に美味しいですね!」


 勢い良く食事を進めながら、テレサはパチンと指を鳴らした。

 出現したのは、1冊のコミックス。

 最近流行ってるというダークヒーローが活躍するバトルアクション漫画だ。


「筋を通す悪ってカッコイイなぁって。自分が善だろうが悪だろうが、自分の信念を貫く。ダークヒーロー、最高です」

「……別にダークヒーローはダークになりたくてダーク方面でやってる訳じゃないだろ…つぅか、普通にヒーローじゃダメなのか?」

「わかってませんね。悪役サイドだと思われていたのに、その実情は正義の味方! そのギャップが熱いんです! 私の言う悪の組織もそれを目指すんです!」

「…………」

「あれ? ところでガイアさんは食べないんですか? きっとそのラーメンも美味しいですよ。ちょっと私のオムライスと一口分交換しませんか?」

「…………」


 ああ、見た目通りガキだ。

 いや、見た目より精神年齢低いのでは無いだろうか。


「何で黙ってるんですか? オムライスは好きじゃない、とか?」


 ……ガキだが、その行動の一部は理解出来なくも無い。


 ガイアも、父に反発した事がある。くだらない事だった。

 でも、反発せずには居られなかった。


 子供には、譲れない物がある。大人から見ればくだらない些細な事だとしても、子供に取っては絶対に許してはいけない事が、あるのだ。

 テレサに取ってそれは、母が褒めてくれた大切な力を否定する事。


「…………」


 思い出してみる。自分が、自称勇者になった理由を。


 それは、奇しくもこの少女が「悪の組織を作りたい!」と言っているのと似たような理由。


 ヒーローに、憧れていたのだ。

 テレビの向こうで華やかに活躍する、正統派のヒーローに。

 父がそのヒーローをチープだなんだと馬鹿にした時、ガイアは本気で怒りを覚えた。それくらい、ヒーローに心酔していた時期があった。

 その名残から、勇者を目指してしまった節があるのだ。


 まぁ結局RPGの主役みたいなカッコイイ勇者になんぞ成れなかったが。


「オムライス嫌いなんて、珍しいですね」

「……嫌いじゃねぇよ」


 やれやれ、とガイアは本日何度目かもわからない呆れ溜息を吐く。

 ただし、今回の溜息はテレサに対してでは無く、自分が出した結論に対しての物だ。


「……ほれ」


 一口ずつの交換に応じながら、ガイアは決めた。


 今は、とりあえず飯を食おう。

 食い終わったら、この小さなお姫様に言ってやろう。


 お前の話に乗ってやる、と。


 名ばかりの悪の組織。それに参加してやる。

 この魔法使いの少女の目的、大切な「魔法」を貶した父への盛大な反抗期に加担する。


 何故ならガイアは、姫様とか華麗に助けてしまう様な勇者に、憧れていた……いや、憧れているのだから。


 魔王は倒せない。そんなもんいないし。


 世界は救えない。世界は全然平和だから。


 でも、今、このお姫様は助けられる。

 助けるといっても、手助け程度の意味だが。



 まぁ、自称勇者にはそれくらいがお似合いだろう。





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