「戦場の蓋があく」
三人称
さて、日本で二度目のオリンピックが歴史の教科書の中の存在になって久しいこの頃、
世間はVR系媒体が少しずつ一般に普及し始めたとある時代、
日本で二番目に創られたVRMMO『ツグァイズ・オンライン・ワールド』が発売される。
もともとVR装置はともかくソフト面では他国に遅れをとっていた日本だが、七海ブロック社が業界でいっきに台頭しはじめ、予め準備してましたと言わんばかりに日本初のVRMMO『ワンオフ・オンライン・ワールド』(※以降OOW)が発売されたのが一年前。
<現実のように感じるゲーム>ではなく、<ゲームのように感じる現実>がコンセプトのOOWは、グラフィック、システム、総合処理能力、脳電子科学、AI、その他全てにおいてあらゆる追随を許さなかった。
―――余談だが、何人かいるVR関係でノーベル賞とった学者の一人が「日本のVRは化け物か?!」と発言したのだが、それが一時期流行語になったのは記憶に新しい。
で、そのOOWだが<ゲームのように感じる現実>を謳い文句にしている訳だが、これが一言で言うと、
弱・肉・強・食!!!!!
を地でいくスタンスを貫いており、
一部例をあげると、セーフティーエリア無し、鬼キツいデスペナルティー、一定回数死亡によりとあるパラメーターがゼロになるとアカウント完全抹消、モザイク無しの発禁グロ表現、などなど。
と言った具合に、色々と厳しい仕様になってはいるが、件の<ゲームのように感じる現実>の現実とは<ファンタジー的な現実>であって、OOW開発主任曰く、
「VRゲーで現実の倫理観に縛られたら敗けだと思う」
(↑これも流行語)
と、まあ終始こんなノリだが、予想よりもこの鬼畜ファンタジー現実ゲームは結果として多くの人に愛さえれ、一周年を無事?………に迎えることができたわけだ。
しかし、OOWの異様な敷居の高さは相変わらずエベレストもかくやという調子で、
OOWの販売も第一~第六陣まで、この一年で6回の予約受付は1分以内で完売はもはや不動。
そういった諸々の理由から手の出せない人々が溢れ変えるのがとっくのとうに見越していたのか、救いの手となって発表されたのが『ツグァイズ・オンライン・ワールド』(※以降TOW)。
TOWはOOWの敷居を低くした版、という認識で合っているが、フィールドなんかはOOWとは全くの別物である。
勿論、TOWにはセーフティーエリアはあるし、現実の死を表現したと言うアカウント完全抹消も無し、デスペナルティーも比較的ギリギリで一般な塩梅になった。
ついでに発禁グロ表現はそのままだが、個人のシステムウインドウの操作設定で、血飛沫なんかをカラフルなエフェクトに見せたりできる『倫理フィルター』を自らのアバターにかけることができるようにする事で解決した。
ちなみに、18歳以下のユーザーはフィルターがフルでかかり標準装備で取り外せない。当たり前だね。
無論だが、ゲーム的システムが無ければそこがVRだと忘れてしまうような完成度は一切の陰りみせることなく、むしろより一層磨きがかかった―とはβテスターの弁だ。
世界にモンスター扱いされる技術力は伊達ではないのだ。
で、冒頭の七行目辺りの話に戻るが、βテストも済んだVRMMO、TOWこと『ツグァイズ・オンライン・ワールド』がこの春に発売及びサービス開始するのだ。」
・
・
・
・
・
「で、それを俺に話してなんだってんだ?」
「一緒にやろうぜ♪」
「話がなげ~よ!」
……………冒頭からさっきまでのくだりは全部、語尾にオンプマークついたやつの台詞でした。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「で、結局やるの?、やらないの?」
ここはとある大学施設のサークル棟。その三階の日の当たらない角部屋。扉横に引っ付いてるかまぼこ板には、『オカルト研究サークル』の文字。
「いや、そもそもこの時期に手に入んのか?。サービス開始まであと三日じゃなかったか?」
「あのね、今聞きたいのはやんのかやんないのかであってね、取り合いずさっさと答えてよ」
先程からやるやらないと連呼しているのは、このサークルのメンバーの1人、
一見、身長170ほどの中肉中背の若者だが、育ちの甘い、所謂童顔に、さらさらとした女性のようなセミショートの髪、小動物のような雰囲気もあいまって、実際より小柄に感じる。
名を、風見 夕と言う。
今現在、目の前のパイプイスに腰掛けている幼馴染みとの問答に焦れて語尾が低くなってきたが、それに合わせて体がぴょこぴょこ揺れるので、やっぱり小動物にしか見えない。
「もーわかったよ。ならばコイツらが目に入らんかぁ~」
そう言ってパーカーのフードからゲームのパッケージを3つ取り出した。
言わずもなが、TOW―――『ツグァイズ・オンライン・ワールド』である。
「……………お前、βテスターって訳じゃなかったよな?、何で3つもあんの」
「そりゃ、買ったからだよ?」
「何故疑問系だし」
はぁ~、と幼馴染みの相変わらずの謎行動力に、今までの人生で何度目とも知れない溜め息をはいた。
で、そんな夕の幼馴染みの名前を三岐咲 轟。夕と違いスラッとした長身に目鼻立ちがしっかりかつスッキリしており、まんま俗にいうイケメンと言う奴だ。
だが本来ならウインク(笑)がさぞ上手な瞳は力なく半眼となり、見るもの全てがダルいと言わんばかりの、怠惰なオーラを漂わせている。
いわゆる一つの、残念系と言う奴だ。
「うん、と言うかさ轟くん、リアクション薄くね?」
「いや、………一応テンション上げて驚いたつもりなんだが…」
「うわー、コイツ表情筋すら怠けてやがるよマジ強敵だわぁ~」
「ん~、とにかくくれるんだろ、ありがたくもらうぜ。いくらだ?」
そう言いながら、ひょいっと3個あるうち1つを抜き取った。
「………やっぱり釈然としないな」
それもそのはず、今世間に出回っているTOWのソフトはのは先日発売された一万五千本のみである。そして今手元にあるのはその内の3つだ。
全国何万人ものゲーマーたちが涙を堪えきれず欲しい欲しいと嘆く対象物がTOWなのだ。
多分、釣竿の釣糸の先にTOWを付けて人のいる街中に垂らせば、い入れ食い間違い無しだろう。
そんなブツを3つも手にいれたのに、この残念イケメンは見事に受け流しやがったのだ。
納得できなくて当然である。
「それと轟くんのはこっちじゃなくてこっちね」
そう言いうと轟の手にあるソフトと自らの手元にあるうちの1つとひょいっと入れ換えた。
「?」
「どうせ面倒くさがるだろうと思ってアバターの設定はこっちで全部やっておいたからさ、あとは当日にスキル選んでログインするだけだよ」
「おぉ、あんがと」
「あっ、それにお代はいらないよ」
「え? 何で?」
「その代わり、向こうで(TOW)ではいくつか試したいことがあるんだ、ちゃんと協力してね」
「あ~、検証屋ってやつか~
そんなんでいいなら別にいいぞ」
「じゃあ決まりだね♪」
「…あとさ~」
轟の視線はもう1つのTOWのソフトに向いていた。
「それは誰の分だ?」
「ん?、あ~これ?
もちろん綴ちゃんのだよ」
「……………………………………そうか。アイツもやるのか」
とたんに轟に向ける夕の目が暖かいものに変わった。
綴ちゃんとはこの『オカルト研究サークル』の部長で、夕と轟と同じ大学2年生である。
フルネームは、続木 綴。女性。
ついでに言うと、轟の片想い相手である。
そもそも轟がたいして興味の無いオカルトなんてジャンルのサークルに入ったのは勿論、綴が目的だ。
普段から心臓動かすのも面倒だとぼやく轟が、珍しくやる気を出すお相手なのだ。
夕を筆頭に轟を昔から知る知人友人,sは驚き、面白がる。
そして例え知らない人が見たって、その初々しい純朴少年さながらの仕草は、その見た目もあいまって、まるで恋愛ドラマのワンシーンが如く。
………ただ、中身は見た目以上にヘタr…もとい純粋でいまだにろくにアタックできていない現状。
さらに恋愛対象の綴は轟の心情などろくに気付いておらず、ラブ的な脈は見る影無し。
ちなみに本人は自分の恋心が、何とか誰にも気付かれていないと思ってはいるが、現実は皆よ~く知っております。南無(笑)
「うん、三人で一緒にやろうねって話でさ
当日は遅れるなよ」
「オーケーだ、全力を尽くそう」
きっとこの男の今までの人生で「全力を尽くす」なんてセリフ、両手の指の数ほども無いだろうに、
なんと貴重な激レアゼリフ。
もちろん夕はコレを見越して、バッチリ録音してある。
特に使う予定は無いけれど、完全なマニア根性だ。
「じゃあ待ち合わせとかは追って知らせるから、ちゃんと攻略サイトとか説明書とか見とけよ」
「ん~~、了解」
あっ、コイツ今はヤル気あるけど最終的に見ねえな。
瞬時にそう判断した夕は目の前の恋するイケメンナマケモノに、更なる餌を与えることにした。
「ゲーム中、綴ちゃんに迷惑かけんなよ」
「っ!!!!!」
お~、いつもは死んでる目が全開だよ。
きっとコイツの頭の中では、
結局、攻略サイトなどは面倒くさくなって見ない。
↓
プレイ開始するもTOW知識はゼロ。
↓
グダグダモタモタしたプレイヤーとなる。
↓
綴に迷惑かける。
↓
結果、綴に嫌われる。
↓
死。
大体こんなもんだろ、コイツの頭の中。
日常的にはアホだからな。
ほかにも色々打算的なことを考えているだろうが、そっからはもう知らんし、このヤル気も3日は持つだろう。
(それだけあれば、十分だ。)
「じゃあそろそろ帰ろうか」
「ん、もうそんな時間か」
夕も轟も幼馴染みなだけあって、家は近所だ。
必然的に帰り道も同じになる。
綴は先程帰宅しており、三人しかいない『オカルト研究サークル』は二人が帰れば本日店じまい。
そもそも今は春休みの真っ最中。
それも大学特有の長っっっい長期休暇だ。
ちなみに、元々この大学はランクはさほど高くはなくてもかなりの規模で、
少子化やら何やらで生徒数が減少の一途。
近年は何とか持ち直したり堪え切れなかったりで、最盛期よりは多少低い値で基本平行線を保てている。
そのためか使われない空部屋が量産され、気付けばいくつもの中小サークルが結成、そいつらに使われるようになり、
最終的には、部長と副部長の2名が居れば新サークルの創設が認められると言う制度に発展した。
こんなんで大丈夫か?、と思うが、彼らは時折思い出したかのように結果―コンクールで賞獲ったり、作品が評価されたり。―を出してくるので、大学側は部室の管理が最低限出来ていれば、余程のことじゃなければ、どんな活動でも認めている。
ただし、部費はできたばかりのサークルだと貰えず、何らかの成果を出さなければならない。
なお、意外なコトに『オカルト研究サークル』は部費が貰えていたりする。
ちなみに、部長は綴で、副部長は轟、平メンバーは夕だったりする。
………どう考えても、件のナマケモノ的なイケメンさんの意思をこの構成に感じるのは、最早解りきったことであって語る必要の無い当然の事であるので閑話休題。
ともかく、部室の鍵を施錠する夕は、先をゆく轟の背中を見つめる。
春休みの間は色々あってサークルもあんまり無く、綴とは会えない日が多かったため、ただでさえ無い覇気がゼロ地点突破してマイナスに以降していたと言うのに、
VRで会える。それもおそらく毎日。と、理解したときから、覇王色すら扱えそうな顔つきになりやがった。
まあ、綴に会えば即効で霧散しそうではあるが。
デレてな。
毎度、顔に出さないようにするのは流石イケメン?だがな。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
こうして、来るべき日に向けて全国のプレイヤーは動き出す。
『オカルト研究サークル』の内二人は、その日に仕組んだ<取って置き>期待し、細く微笑む。
……………しかし、『オカルト研究サークル』なのに、世界の最新鋭超科学の結晶たるVRMMO『ツグァイズ・オンライン・ワールド』をプレイとは、これいかに。
次でようやくログイン