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2話

「……」


 あの後、大広間に移動した俺は、俺が入ってきたことによって注目してきた五人の姿を見て、改めて彼女たちに意識が芽生えたことを感じた。

 なぜなら、俺が大広間に入った瞬間、彼女たちはいっせいに首を垂れたのだ。

 こんな動作、ESのときのNPCが行うのは無理であり、何より今までは俺がこの部屋に入っても、ただ直立を貫くだけの存在だったのだ。

 無言のまま、大広間の奥に位置する、大河ドラマなどで殿様が座っているような上座まで移動する。

 そして、おもむろに腰を下ろすと、首を垂れていた彼女たちはさらに深く頭を下げた。

 取りあえず、頭を下げ続けられても会話ができないので、頭を上げさせる。


「顔を上げてくれ」


 そう言うと、彼女たちは頭を上げた。

 それらを見下ろしながら、俺は今起こっていることを伝える。


「……俺たちは今、未知の状況に遭遇している」


 俺がそう言うと、少し大広間に緊張が走る。

 すると、一つ、ヒスイとは違う声が上がった。


「主様。発言することをお許しいただけますか?」

「許可する」

「ありがとうございます」


 そう言いながら頭を下げたのは、俺がESの公式大会で優勝した時に手に入れたNPCの『黒亡クロナ』。種族は【熊童子】であり、俺の仲間のなかでも幹部に位置する、つまるところ四天王の一人だった。

 ちなみに、ヒスイは四天王ではないが、俺を大将とするするのなら、副将の立ち位置であり、どちらかと言えば、右腕という側面が強い。

 それはともかく、声を出したクロナの姿は、サラサラな黒の長髪と、同じように夜空を思わせる黒い瞳。そして黒を基調とした和服に身を包んでいるが、煽情的に見えるほどに着崩し、妖艶な雰囲気をたっぷりと醸し出した美女だ。

 パーティのなかでの役割は、魔法特化で精神干渉系などのデバフ要員でもあった。


「未知なる状況とおっしゃられましたが……具体的にはどのようなものなのでしょうか?」

「今まさに、クロナの状態みたいなことだ」

「? それはどういう――――」


 そこまで言いかけて、クロナもヒスイと同じように、気付いたようだった。


「か、会話ができる!?」

「そう言うことだ」


 クロナの言葉を聞いた他の三人も、同じように驚きの表情を浮かべていた。


「さて、こうして理解してもらったわけだが……その前に一つ、訊いておきたいことがある」

「何でございましょうか?」

「お前たちに、俺と過ごしたときの記憶はあるのか?」


 俺はこれが聞きたかった。

 もちろん、彼女たちが俺を裏切り、攻撃してきたとしても対処は可能だが、そう割り切って攻撃できるほど俺の神経は図太くない。

 すると、ヒスイと四天王の全員が、俺に向かって再び首を垂れた。

 頭を下げた状態のまま、ヒスイが代表するように声を出した。


「すべては、旦那様のために。私たちが、旦那様と過ごした日々を、忘れることなどあり得るはずがありません」

「!」


 俺は、強い衝撃に襲われた。

 なぜなら、ヒスイがそう口に出した瞬間、彼女らの頭上にあるモノが出現したからだ。

 それは――――。


翡翠ヒスイ】……忠誠度:MAX【固定】


 と、それぞれの名前と忠誠度だった。

 忠誠度とは、ESだった頃、ステータスには表記されない隠しステータスとして存在すると噂されていたものだ。

 それが、こうして目の前に数値として出現している。

 さらに言えば、彼女ら全員の忠誠度はMAXであり、しかも固定ときた。

 都合のいい考え方かもしれないが、これで彼女たちが俺を裏切ることはないと目に見えて分かったわけである。

 不安要素が一つ消えたことで、俺は次の行動に移れるわけだ。

 この【酒天城】には、一般的な食料であれば、一生不自由することのない量を手に入れることができるため、最悪引きこもり生活をすれば、城の侵入者用のからくりと合わせて、安全に暮らすことができる。

 もちろん、俺たちを脅かすような脅威となる存在がいないのであればの話だ。

 だが、同時に俺はこの状況を楽しんでいる節もあった。

 それは、俺の望みでもあった、ESの食材を美味しく食べるということができるからだ。

 正直、元の世界にそこまでの未練はない。

 両親は早くに他界してしまい、現在彼女がいたわけでもない。

 地球で暮らしていれば、ただ会社に行って、仕事をするだけの毎日を送ることになるだろうことも、容易に想像できた。

 俺の娯楽と言えば、美味い飯と美味い酒、そしてこの現実世界となったESである。

 その一つ、ESの世界に俺はいるのだ。

 ということは、俺が今まで感じてきたESの飯に対する違和感……これをなくした状態で食事をする事が出来るのだ。

 これを喜ばずに、何を喜べばいいんだ。

 ゲームだった頃のESで食べたドラゴンの肉が、本当にそのときに食べた味なのか……それらすべてが、恐らくこの世界で知る事が出来る。

 そう考えただけで、俺はワクワクが止まらなかった。

 となると、自然と外の世界への興味が出るわけだが、いかんせん、情報が少ない。

 ならば、やることは決まっている。


「お前たちの気持ち、とても嬉しく思う。俺も、お前たちが大切だからな」

「旦那様……」

「取りあえず、この状況では思うように動けない。そこで、周辺の情報収集をしたいんだが……これは、俺が直接行う」

『なっ!?』


 俺の言葉を受け、五人は驚き、狼狽した。


「だ、旦那様! それは危険です! ここは私、ヒスイが調べてまいります!」

「……俺としては、直接自分で確認したいのだが……」


 頑なに意見を曲げようとしないヒスイの様子を見て、どうしたもんかと困っていると、柔らかな声がかけられた。


「ご主人様。でしたら、ご主人様を含めた全員で調査するのはいかがでしょうか?」


 そう提案してきたのは、クロナと同じ経緯で手に入れたNPCの『蒼魅アオミ』。

 緩やかなウェーブのかかった蒼髪は、星が散りばめられたようにキラキラと輝き、澄んだ青色の瞳は、優し気に垂れ下がっている。

 クロナと同じく四天王の一人で、種族は【星熊童子】。

 巫女服に身を包んでおり、その服の上からもハッキリとわかる、大きな胸の持ち主で、柔らかい笑顔が特徴的な美女だ。

 アオミは、回復支援に特化している。


「そうだぜ、大将! この城も持ち運べるんだろ? なら全員で行こうぜ!」

「……それがいい」


 アオミと同調するように、二つの声が上がる。

 乱雑に伸ばされた真紅の髪と、同じく燃えるような紅い瞳。

 なぜかやたらと露出が多い赤備えの甲冑を身に纏い、引き締まった肉体を持つ男勝りな美女は『紅艶クエン』。四天王の一人で、種族は【金熊童子】だ。

 パーティ内での役割は、主にタンク……つまり盾役だ。

 もう一人の口数が少ない方は、『紫桜シオ』。

 くせ毛の鮮やかな紫色の髪をショートヘアにし、アメジストのような紫色の瞳は半目気味。

 女の子用の甚平に身を包み、両手には可愛らしい熊のぬいぐるみと虎のぬいぐるみが抱きかかえられている。他の四天王たちとは違い、美幼女……または美少女だ。

 四天王最後の一人であり、種族は【虎熊童子】で戦闘の際には俺と同じでアタッカーとして活躍していた。


「そうか……それもそうだな。なら、全員で見て回るとしよう。今から準備をする時間を設ける。一時間後にまたこの場所まで戻ってきてくれ。では、解散」


 俺がそういうと、全員準備をするために移動を始めた。

 ……実は、それぞれのキャラごとにマイルームを作っていたのだが、こんなところで役立つ日が来るとはな……。

 NPCだった彼女たちにマイルームは元々必要なく、いわゆる娯楽的要素が強かったからだ。


「さて……俺も部屋に行くか」


 俺は、自分の部屋に移動するのだった。

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