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「今日でサービス終了かぁ……」
俺――――平中遊はしみじみとそう呟いた。
俺が現在いる場所は、まるで日本のお城のなかのような場所。
だが、これらは全て現実ではなく、仮想現実と呼ばれる空間で行うゲーム……≪Eternal Story≫、通称ESのなかでの光景だった。
ESは、数多く存在するVRMMOのなかでも、特に人気の高かった作品であり、綺麗なグラフィックや多種多様な種族・職業はもちろんのこと、自分のオリジナル魔法やスキルを開発できるという点で、他のVRMMOを圧倒していた。
そう言う俺も、このESにドはまりした一人であり、給料のほとんどをこのゲームに捧げてしまうほどのハマりっぷりだった。
俺は、自身のホームである、この【酒天城】の大広間まで移動する。
するとそこには、五人の女性が静かに立っていた。
「……彼女たちともお別れか……」
普段俺が座っている高座までの道を、まるで守護する西洋の騎士のように一列に並んで立っている。
彼女たちは、いわゆるNPCと呼ばれる存在であり、一体に付き、五十万円ほど払えば手に入る、一緒にクエストや魔物退治やらに出かけられる心強い仲間だ。
俺の種族……【酒呑童子】になるための条件が、メインストーリーを一人でクリアするというオンラインゲームでありながら、ソロプレイを強要する鬼畜っぷりであり、【酒呑童子】にランクアップする前……つまり、初期種族の【小鬼族】は、全種族中最弱の性能を誇っていたこともあり、まず達成不可能な条件だった。
さらに付け加えるとすると、メインストーリーは到底一人でクリアできるような設定はされておらず、四人以上が推奨されているようなモノなのだ。
だが、そんな条件を達成することができたのは、彼女たちの存在があったからだ。
【酒呑童子】になるためには、ソロプレイをしなければならないのだが、彼女たちはNPCであり、条件であるソロプレイという部分は、あくまでプレイヤーたちとパーティーを組んでクエストなどをクリアしてはならないというモノだったのだ。
だが、彼女たちはそれはそれはいいお値段で、毎日の食費などをギリギリまで削り、三日に一食の生活をしばらく続けた末、ようやく手に入れたのだ。
そんだけ苦労したわけもあり、見た目なんかは完全に俺の好みで設定してしまっている。……いや、別にリアルで彼女がいなかったわけでもないんだが、こういう部分で夢見たっていいじゃない。
それはともかく、とんでもない値段だって言うこともあり、最初は一体だけな上に、俺と同じで【小鬼族】だったため、一人の頃よりはレベル上げが楽になったモノの、俺と同じタイミングでスタートした連中が、当時の最高難易度のマップに挑んでいるころ、やっと最初の街から抜け出せるレベルになったのだ。
ちなみに、このNPCの種族は、俺……つまり、プレイヤーの種族と同じになるため、変更することはできない。もうね、どこまで虐めれば気が済むのかと。
ただ、それだけ苦労した甲斐もあって、【酒呑童子】にランクアップした時にはもう……すべてが弱く感じました。
ランクアップしたとき、当時の攻略組が頑張って攻略していた最前線を、一人で攻略しちゃうレベルまで強くなったのだ。
さらに、そのあとどれくらい強くなったのか、ちゃんと確かめるために出場した対人戦のイベントでは、ぶっちぎりの一位になって、その商品として最初に買ったNPCと同じモノを四体貰ったのだ。
ハッキリ言って、強くなり過ぎだと思う。
あらゆる局面のパワーバランスを崩壊させる強さなのだ。
当然修正が入るモノだと思っていたが、運営は【酒呑童子】までランクアップさせた苦労に見合うだけの強さということで、何の修正も入らなかったのである。
しかし、俺が最初にして唯一の【酒呑童子】になってから、同じように【酒呑童子】になろうとする人たちが増え、それはさすがに不味いということで、NPCを連れていた場合、ソロプレイに含まれないという修正が入ったため、もはや誰も【酒呑童子】にランクアップすることは到底不可能となってしまった。
「ははは……こうして考えると、お前には本当に助けられたよなぁ……」
俺がそう言いながら近づいたNPCは、緑色の髪をアップにまとめ、メガネをかけたクールな印象を受ける、美人だった。
俺が最初に課金して手に入れた仲間であり、【茨木童子】の種族で、過去に何度も助けられたのだ。
他の四人にも目を向ける。
ここの誰に話しかけたとしても、決して声は返ってこない。
AIを搭載していても、今の技術じゃ限界があり、彼女たちは戦闘などで命令を与えるくらいしかできなかった。
それでも、俺にとっては大切な仲間であることに変わりはない。
一通り彼女たちの姿を目に焼き付けた後、俺は今まで集めたアイテムを見ようと、倉庫へと向かった。
この倉庫には、今まで集めたアイテムの全てが詰まっている。
俺がこのゲームを始めたキッカケは、五感を共有してプレイするゲームならではの食事がメインだったりする。
そんなわけで、いろいろな魔物の素材が入れられているのだが……装備の素材以外、肉などは全て食べてしまっていた。
「美味しいっちゃ美味しいんだけど、やっぱり現実味がなくて、なんか微妙だったんだよなぁ」
不味くはない。むしろ、美味しいくらいだったのだが、食べているという感覚がせず、何とも微妙だったのだ。ちゃんと食べている気がしない……というのが正しいだろうか?
「食材系は全部食べちゃったけど、あれが全部現実で食べられたらいいのにな」
苦笑い気味にそう言いながら、倉庫のアイテム一覧を眺めていたそのときだった。
「…………何だコレ?」
アイテム一覧のなかに、見慣れない一つのアイテムを見つけた。
そのアイテムの名前は、【????】。
「……こんなアイテムあったっけ?」
どこで手に入れたのかすら分からない未知のアイテムに、俺は好奇心を刺激され、それを倉庫から取り出してみる。
しかし――――。
「…………は? 何もないじゃないか」
取り出したはずなのに、手にどころか、目の前のどこにも取り出したアイテムは存在しなかった。
「……やっぱり何かのバグか? 今日が最終日だってのに――――」
そこまで言いかけた瞬間。
「っ!?」
突如、俺の視界が暗転したのだった。