07 【紅の騎士】
「何をしている!」
突然、声が響いた。
聞き覚えのある声に視線を転じれば、忘れもしない、赤い髪の女が立っていた。
豪奢な炎のように渦を巻いて、波打つ赤毛。
長い髪は、身分ある貴婦人が普通そうするように結い上げられてはいない。剣を振るうとき邪魔にならないよう、細い革紐で一本にまとめられている。きっと、この女なら「剣を持つ者の当然の配慮だ」と言うに違いない。
白いシャツは釦でとめる代わりに、衿に紐が通されて、衿元を紐で絞って結ぶ形になっている。金糸で刺繍のされた黒絹のタブレットを身に着け、ホスルと呼ばれるタイツに似たズボンをはいていた。腰を飾るのは宝石をあしらった細いベルト。縦に切り込みの入った袖から、下に着たシャツを出して覗かせるのは、流行にのっとった一般的な貴族の外出着である。ただし女性ではない。
男物の衣装に身を包んではいるが、それが逆に女性らしさを強調していた。豊かな胸と、ほっそりとした腰、すらりとのびた手足。多少きつい感があるものの、女物のドレスを身に纏ったならまず周囲が放っておかないだろう。同時に手厳しく追い払われるのも、充分すぎるほど像像が付いたが。
「何をしているのだと聞いている!」
取りつくしまもないとは、まさにこのことだろう。敵意を剥き出しにして、女はラルザハルに詰め寄った。
「何をしているもなにも、見ての通りだ」
「一度ならず二度までも、ジャレスさまに剣を向けて、ただですむと思っているわけではあるまいな」
鋭く言って剣を抜く。
甲冑を身に着けて戦闘に赴くのとはちがう、繊細な象嵌のほどこされた儀礼用の剣である。実戦には向かないが、殺傷力は侮れない。
「まて、ラシェイ」
「いいえ。許すわけにはまいりません」
ジャレスの言葉に耳をかすつもりはないらしい。ラシェイはきっぱりと言い切ると、ラルザハルに剣を取るよううながす。
「やめるんだ。剣をおさめろ、ラシェイ」
「ですが……ジャレスさま」
「この私がやめろと言っているのが判らないのか。ただの手合わせだ。おまえが心配しているようなことではない」
ラシェイは半信半疑のようだった。表情には不信のいろが浮いている。
やがてラシェイが言った。
「判りました」
細い首筋に巻かれた布を見て、ラルザハルは溜息をつく。顔でないだけましだったが、たぶん傷痕は一生残ることになるだろう。




