04 【離宮の囚われ人】
ラルザハルの故郷カラミアからアカルジャの王都までは騎乗で約三日、馬車でなら四日、徒歩にするとちょうど七日の距離である。
王都を一周して囲む城壁――陽のあるうちだけ開かれた城門をくぐれば、そこには賑やかな街並みが広がっていた。
旅行者を泊める宿をかねた酒場や娼館、もう少し上等な旅宿。目抜き通りや裏通り沿いに続く露天商と商店。こじんまりとした民家や長屋、身分の高い人々の住む屋敷がたちならぶ一角。私塾、剣術道場、アカルジャ正規軍が寝泊まりをする兵舎。ロサ神を奉る数々の神殿と、それを統率する大神殿。それらをくるみこむように続く城壁の内側に建つ七本の尖塔は、王都を訪れる商人や旅行者や街に住むすべてを静かに見守るとともに、城壁の内と外を同時にみはる物見の塔の役割もはたしている。そして中央にはアカルジャ王の住む王宮があった。
王宮の最深部のある一角に、離宮といった趣の瀟洒な白い館がある。
青く凪いだ湖面と水辺に咲く花がうつくしい館で湖水宮と名づけられていたが、外部からは巧妙に隠され隔離されていた。訪れることを許された者もごくわずか。内側からも外側からも警備は万全を期してある。侍女や女官ですら決められた者以外、一歩も立ち入ることはできなかった。
カラミア領に行っていたため七日ぶりの帰還になるが、普段なら日に必ず一度は湖水宮に足を運ぶのが、ここ数年来、ジャレスの日課となっていた。
「ただいま戻りました」
沈黙は拒絶の現れ。窓辺にたたずみ、湖面を見下ろしていたレダニエは、いつものように振り向く気配もない。
ジャレスは部屋を横切って窓辺に近づくと配下の礼をとって膝を付き、白い手にうやうやしい仕草でくちづける。
「やめて」
ふりはらわれて、汚いものでも見るように嫌悪の入り混じった視線を向けられる。それもいつものこと。
「汚らしい手でわたくしに触れないで」
声を荒げているわけではない。だが初めから隠すつもりのない拒絶のにじむ声には、それ以上に冷ややかな響きがあった。
「お許しください、姉上」
ジャレスの謝罪を完全に無視して、銀盆を手に部屋に入ってきた女官に向け、レダニエは言った。
「なにをしているの。なにもお出しする必要などないと言っているでしょう。すぐにお帰りいただくのだから」
「で、ですが……レダニエさま……」
「出ておいき、いますぐに」
その一言で侍女を追い払う。弟と良く似た緑の瞳には冷たい怒りばかりが満ちている。
「ジャレス」
名を呼び、ようやくレダニエはジャレスに視線を向けた。ほどいたままの長い黒髪が姉の背で優雅に波打つさまを、ジャレスは淡い期待を込めて見つめる。
「なんでしょうか、姉上」
血の匂いがするわ。レダニエが言った。
「今回は何人の生命を奪ったの? 兄さまを殺したときのように」
朝露を思わせる優美な白いおもてには、挑戦的とも言えるほのかな笑みが敷かれている。あでやかで、どこか虚ろな微笑みだった。
「……だれも」
「嘘つき。あなたが何をしているのかなど、王都にいる誰もが知っているわ。……わたくしをここから出しなさい、この牢獄から」
幾度も繰り返されてきたやり取りを同じように再現する。平行線を辿るばかりの、いや、レダニエにとっては憎しみを再確認するための儀式なのかもしれなかった。
「それはできません」
「では、お父さまにお願いするわ。お父さまに逢わせて」
「姉上もご存知でしょう、父上はご病気なのです。ここには来れません」
「それならフェリニオンに逢わせて。……お願いよ、ジャレス」
「できません……絶対に」
「一目だけでもいいわ。逢いたいのよ」
ジャレスは首を横に振る。
「出て行って。そして、もうここには二度と来ないでちょうだい」
そうしてジャレスは湖水宮を後にする。いつものように……。




