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14 【とどかぬ想い】



 ラルザハルのもとを逃げ出して、中庭に出て、ようやくジャレスは足をゆるめると立ち止まった。

 途中、誰かとすれちがったようだったが、かなり動揺していたためか、相手が誰たったのかまでは判らなかった。

 鼓動が早鐘を打っている。まだ頬が熱かった。理由の解らない苛立ちに、ジャレスは胸のうちで悪態をついた。どうかしている。いったい自分は、何を取り乱しているのというのだ。

 否と答えたのは、これ以上、カーゼイの言いなりになるのは我慢がならなかったからだ。殺せないからじゃない。レダニエと逢った後、無意識に客室に足が向いてしまうのも特別な理由などないはずだ。そう自分を納得させて、ようやく息をつく。辺りを見回し、ジャレスは目をみはった。

 ダファル候が立っていた。珍しく従者も連れず、ひとりきりだった。

 宮殿の前庭から一本横に外れた小道だった。

 東へ行けば侍女や使用人とその家族のための住居が建ち並ぶ一角があり、まっすぐ進めば厩舎がある。その先には装飾庭園があった。奥にはフェリニオンが沈んだ湖の蒼い水面が静かな佇まいをみせている。

 なかば無意識に腰にある短剣をさぐった。武装らしい武装をジャレスはしていなかった。護身用に、といつも肌身離さなず持ち歩いている短剣がただ一振りあるだけだ。

 自分が何を行おうとしているのか、明確な意思はなかった。ただレダニエの声が頭の奥でこだましていた。刃の白さがやけに目に眩しい、とジャレスは思った。

「よせ」

 背後から声が降ってきた。

 短剣を持った手ごと、腕を強く掴まれる。ラルザハルがそこにいた。




「なぜここに……?」

 応えはなかった。ラルザハルは何も言わず、氷のような沈黙のみが返される。

 強引に引き立てられるようにして、ジャレスは小道から離れた古木の方に連れて行かれた。あたりに人影はない。うっそうと茂る樹木が木漏れ日をつくり、重なり合った枝葉が足元に濃い影を落としていた。

「いったいどういうつもりだ?」

 長い空白をおいて、ようやくラルザハルは口を開いた。声がいつもより低い。押さえ切れない激情が目の奥でちろちろと燻っていた。

「自分が何をしようとしたのか判っているのか。ダファル候を……ダファル候は、お前にとって無関係の人間じゃない。ラシェイの父親だろう。それを本気で手に掛けるつもりだったのか」

 やりきれない、そんな表情をしていた。

 怒りと哀しみとが混ざり合ったおもてには、はっきりと非難の色が見て取れる。

「私は……」

 すんでのところで、ジャレスは言葉を呑み込んだ。顔を背け、横を向く。

 いま自分は何を口にしかけたのだろう。それを思うと背筋が寒くなる。ラルザハルの顔色をうかがい、この場をどうにか取り繕うとしている自分自身に嫌悪感が込み上げた。

「お前に、とやかく言われる筋合いはない」

「お前は……まだ殺し足りないとでも言うつもりか」

 その言葉を胸の内で嚥下して、意志の力で感情を凍らせる。ジャレスはゆっくりと首を巡らせて、再びラルザハルの方を向いた。

「そうだ」

「きさま……っ!」

 まっすぐに視線を据え、言葉を継ぐ。

「私がどういう人間なのか忘れたわけではあるまい。お前は……その目で見たはずだ」

 ラルザハルは死んだ妹のことを思い浮かべたに違いない。殺したのが誰だったかも。その顔が苦痛を堪えるように引き歪んだ。

「本気でそんなことを言っているのか?」

 かすかに震えを帯びた声が尋ねる。声は聞き取りにくいほどかすれていた。

 応える代わり、ジャレスは笑ってみせた。嘲笑の笑みを唇に刻み、ラルザハルを正面から見据える。

 掴まれたままの腕。軽く払いのけただけで、その手は難なく外れた。ジャレスはラルザハルに背を向けると、ゆっくり歩き出した。



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