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プロローグ

 広々とした庭園を騎馬が疾走している。

 遠目にも名馬とわかる濃い葦毛の軍馬だった。砂埃をまきあげて蹄が地を蹴るさまは優美でいて力強く、躍動感にあふれている。えらく気難しいうえに気性の荒い、乗り手を選ぶ種類の馬だ。だが、ひとたび乗りこなせたなら、これほど心強いことはないだろう。騎乗しているのも名馬に劣らない、立派な青年のようだった。

 年齢は二十歳より少し前といったところ。

 鞭のようにしなやかなでいて、鍛え抜かれた体躯と、確かな手綱さばきを持っている。

 広口袖のついた胴着に細身のズボン、なめし皮で造られた幅広の腰帯。魔除け細工がほどこされた銀の指輪のほか装身具は見当たらない。飾りけのない服装だが、よく見れば上質の布地が使用され、腰の剣も逸品のようだ。

 ひたすらに前方だけを見つめるおもてには、焦りのいろが伺える。

 青年はひどく急いていた。金褐色の髪が風に煽られて乱れるにまかせ、滅多なことでは替えのきかない愛馬を乗り潰しかねない勢いで駆ることからも容易に推測できる。

 夕映えが炎に染まっていた。

 青年の目指す先、屋敷のあちこちでは火の手があがり、炎がうずをまいて黒煙をふきあげている。火のはぜる音に混じって耳にとどくのは、意味をなさない怒号と恐怖にみちたかん高い悲鳴だった。青年は翠の双眸に言いしれぬ苦悶をにじませて、踏み荒された前庭に馬をとめた。地に降り、葦毛の馬をその場に残して石段をあがってゆく。

 正面玄関の二枚扉をくぐり、屋敷内に足を踏み入れると、最初に視界に飛び込んでくるのは正面にかけられた<ロサの乙女>を描いたタペストリーだった。黄金に照り映える長い髪に風をはらませ、白亜の神殿に降り立った乙女は、一輪の可憐な花を頭上にかかげている。その花からは淡い光がこぼれ落ち、雪のように大地に降りそそいでいた。

 ゆるやかなカーブを描いて二階へ続く階段の先には、大広間に続く扉があった。ラダ材に彫刻をほどこした重厚な青の二枚扉である。パーティや夜会を催すか、侍女たちが清掃をする以外、ほとんど閉められたきりの両開きの扉。それが中途半端な位置まで開かれて、重い蝶番を軋ませていた。

 優雅に飾られた花ごと、調度品が引き倒されている。

 落ちた花瓶の破片が床に散乱し、ラルマ織りの敷物をまだらに濡らしていた。水が赤いのは、うつぶせて倒れている男の体の下から染み出た血液のせいだ。

「父上……!」

 信じられなかった。

 カラミア地方を治める領主――カラミア候ラーバルドが、自らの屋敷で白昼堂々と殺害されるなどあっていいはずがない。

 アカルジャの王都から遠く離れた田舎とはいえ<中の街道>と呼ばれるレシーア随一をほこる街道が街のすぐ南東を横切っている。カラミアの騎士と土地の若者たちが組織する街の自衛団が守るこの付近は、比較的に治安もよく、野盗が出没することもめったにない。

「ラルザハルさま!」

 階下で声がして、階段の裏手から少女が出てきた。奥にある小部屋に隠れていて難をまぬがれたのだろう。前かけの裾を指先が白くなるほどきつく握り締めた少女は、震える足どりで玄関ホールまで進み出た。

「リーナン、いったい何があったんだ」

「みんな、みんな殺されました。旦那さまも奥様も……きっともう、お嬢さまも」

 リーナンは手で顔を覆うと、声をあげて泣きだした。

「何人もの王都の兵がやってきて、いきなり旦那さまを……は、反逆の罪だって、そう言って斬りなすったんです。皆殺しにするって言っていました。奥様をかばって逃がそうとなさったレパルさんや、他の皆まで……あ、あたし、怖くなって、とっさにこの奥に隠れたんです。そのうちあちこちで悲鳴が聞えてきて……お、奥様の声も……」

「反逆だと」

 一瞬、体中の力が抜けそうな錯覚にとらわれる。リーナンの言ったことが真実なら、父ばかりか母や妹までが殺されているという。

 反逆など、あの父が企てるとは思えない。だいいち、そんなようすなど、これっぽっちもなかったのだ。何かの間違いに決まっている。だが、目の前の光景を否定することはできなかった。

 半分だけ開いた扉。少女の言葉を裏打ちするように、重厚な扉はべったりとはりついた血糊で赤黒く汚れていた。父、ラーバルドの血ではない。ラルザハルが扉を開けると、扉の反対側に座り込んでいた人影が左にかしぎ、くずれるように床に倒れてきた。

「レパル……なんてことだ。お前までが」

 いつでも几帳面に後ろで撫でつけられていた白髪は乱れ、染みひとつなかった衿が血で汚れている。扉に寄りかかるようにして死んでいたのは、先代のカラミア候の代から屋敷の執事をつとめ、カラミア家を陰で支えてきた老人だった。

 そして扉の向こう、レパルの倒れている位地から広間の中央にかけて、赤い雫が点々と流れ落ちている。その先に目をやったラルザハルは、ふわりとドレスの裾を広げて横たわる貴婦人の姿をみいだした。

 色の付いたガラスが、照りかえるほど磨きぬかれた白石の床を七色に染めている。春の陽射しを思わせる淡い光を身にまとい、目を閉じた女性は、野に咲く可憐な花をしとねにまどろむ少女のよう。深く胸に刺さった短剣でさえ、ほっそりとした身体を彩る繊細な装飾のようだった。

「……母上」

 胸を濡らす真紅の染みが、一刻ごとにひろがって、それと一緒に生命までが流れ出している。ラルザハルの母、ファーニティアはまだかろうじて息があった。

「母上、ラルザハルです。……母上」

 瞼がうっすらとあがる。指先が息子を捜し宙をさまよった。ラルザハルは手を伸ばすと母の白い手のひらを包み込んだ。

「母上、なんですか? 母上」

「……お父さま……しょ……さ……」

「書斎? 書斎ですね」

 その言葉を肯定するように微笑み、ファーニティアは眠るように目を閉じると、息をひきとった。



ここまで読んでくださってありがとうございます。

感想、おかしな所などありましたら、お気軽にお願いします。


それでは、つたない小説ではありますが、今後もお付き合いくださるとうれしいです!

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