夕日の怪物
世界は緩やかに、終わりを迎える。
誰も止めることは出来ないし、そんなことは誰もが分かっている。
日曜日。
学校という牢獄から解放される日。
高校二年生の松本裕也は、幼馴染であるところの三浦明奈と出かける約束をしていた。
明奈は、そのころには夕日の怪物に成り果てて居たけれど、裕也にとっては些細な事だった。
なんと言っても、デートである。
公園なんてベタな所で、明奈は喜んでくれるだろうか。
そんな事ばかりが裕也の中で渦巻いていた。
くたびれていないTシャツ。
髪。鼻毛。眉毛。ひげ。耳毛、は別にいい。パンツ。体臭。
靴は多少疲れた感じだけど、あんまりキメ過ぎてもアレだしな。
幸い天気は上々。
あとは気合だ。
今日の裕也は、一回りデカい男だぜ。
ぽかぽかの道を、少しだけ強そうに、歩いていく。
明奈の家にはすぐに着いた。
二軒隣だからである。
玄関の前に立って、その押し慣れたインターホンを、
押した。
数瞬の永遠の後、扉が開く。
出てきたのは、明奈と明奈の母親だった。
「あら、裕也ちゃん。来てくれたのねぇ。」
おばさんは笑顔だった。
「こんにちは。おばさん。」
デカい裕也は、すっかり縮まった。
「今日はデートだっていうのに、ごめんなさいねぇ。この娘こんな格好で。」
おばさんは、困った顔で明奈を見ていた。
明奈は崩れ落ちそうな歯を食いしばって立っていた。
体には茶色く染まったブラウスだかワンピースだかの切れ端が、申し訳程度に張り付いている。
「着せてもすぐに破いちゃうのよぉ。まあ今日は暖かいみたいだから、大丈夫よね!」
おばさんはハハハッと声を上げて笑った。
明奈はぐるるる、と言ってうつむいてしまった。
おばさんはそれを見て、さらに笑った。
「裕也ちゃん、この娘照れてるわよ。」
もう!やめてよお母さん!
明奈の「背びれ」がぶるぶる震える。その赤黒い唇から雫が垂れた。
「じゃあおばさん、そろそろ…」
「ごめんなさいねぇ、ひき止めちゃって。楽しんで来てね」
「はい。じゃあ、行ってきます。」
おばさんは、絶対の笑顔を貼り付けて、二人を見送った。
夕日の怪物になったところで、明奈は明奈だった。
恥ずかしがり屋で、無邪気で、傷つきやすい、女の子。
公園までの道のりで裕也は色々な事を話した。
将来の不安、ひたすらくだらないギャグ、友達の噂、二人の思い出。
その度に明奈は、ぐるるるとうなったり、背びれを震わせたり、時にはがあがあ笑ったりした。
公園のベンチでアイスまで食べた。
「こういうのって、良くあるよな?」
明奈はやっぱり恥ずかしがりで、うつむいて、顔中にアイスを付けたまま笑ったのだ。
タンポポみたいに、ひっそり笑ったのだ。
裕也は確信した。
デートは成功だ。
公園には、すっかり人気が無くなっていた。
少しずつ弱まる日差しが、二人の気持ちをも鎮めて行く。
何度目かの沈黙。
不快ではない、ふわふわした沈黙。
「何か」の可能性を秘めた、天文学的沈黙。
デートは緩やかに、終わりを迎える。
誰も止めることは出来ないし、そんなことは裕也も分かっている。
だからこそ裕也の胸は、爆発するぐらい高鳴っている。
あとは気合だ。
「なあ明奈」
ぐるるる。その怪物は恥ずかしがり屋だった。
うつむいて、背びれを揺らして、
その瞳に裕也が映ったとき
「好きだよ」
夕日が町を焼いていく。
公園を真っ赤に焼いていく。
そのベンチの上の二人を。
どこかで夕日の怪物が吠えた。
共鳴するみたいに、その遠吠えはどんどん広がっていく。
世界中が、真っ赤な激情の叫びで満たされていた。
明奈は飛ぶように立ち上がり、全身を震わすように、吠えた。
裕也も立ち上がる。
その顔は、どこまでも笑顔だ。
そしていつまでも、夕日に叫ぶのであった。
何かの暗喩だとか、裏テーマがあるとかではないっす。青春物になってたら幸いです。
アドバイス等あったらお願いします。