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佐々山唯と一緒に歩いて目的地に向かう時間は本当に最高だったね、僕は驚いたんだよ、本当に人間はこういった時に『時間よ止まれ!』なんて思っちゃうんだなって。ちなみにさっき邪魔してきた不細工腰巾着は違う女子と話してたよ、それでもああいう奴ってのは内心すごく気にしてるんだぜ、『私なにかイケナイ事をしたかな?』とか『なんで無視されちゃったんだろう』とかさ、そういった事ばかし考えて生きてるつまんない奴なんだから。そんでもって遠足が終わって学校から帰ってからさ、メールやなんかをするんだ、『どうしたの?』みたいな事をさ、もちろん佐々山唯に悪気は無いんだからどうしたもこうしたも無いんだな。だから当然『なんのこと?』って返すんだよ、そしたらそれにもっとショックを受けてヒステリックになっちゃうんだよ、僕はそのままソイツが気を狂わせて窓から飛んでくれることを切に祈ってるんだけどね、どうやらまだ叶いそうにないや。
それでさ、佐々山唯と歩いてると、好きな本の話になったんだ。だから僕はJ.D.サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』が好きなんだって言うと、彼女が「わたしも好きだよ」って言ったんだ、その時の笑顔がまた本当にかわいいんだな、君に見せてあげたいよ。それでね、僕は「どの場面が好きだい?」って聞いたんだ、そしたら彼女は「ホールデンが、妹のフィービーに夢を語るところ」って言ったよ。たまげたな、僕もその場面は大好きだったんだ、だから僕は「その場面いいよね!好きだよ」って同意したあと「フィービーのキャラクターが可愛くて大好きだ」って事を言ったんだ。するとだよ、これまた彼女がたまげた事を言ってさ「私もフィービー大好きだよ!読みながらベッドの上でちょっとだけフィービーの真似をしたことがあるんだ」って照れながら言ってくれたんだ。おいおい、フィービーの真似だって?君が『ライ麦畑でつかまえて』を読んでいたら、そのことがどんなに萌える事か解るだろうけどさ、読んでいない人のために仕方ないから説明するよ。フィービーがさ、ベッドの上にガバッとうつ伏せになって枕を頭から被るんだ、たぶん彼女はそれを真似したんだと思うよ、可愛いじゃないか、本当に可愛い、僕は「へえ!そうなんだね」って簡単な返事をしてから、しばらく彼女がそういった事をするのを妄想してたんだ、別に悪いことじゃないだろう?彼女が一人で"おいじり"をしてるのを想像して興奮してる訳じゃ無いんだから。
そんな妄想をしてたら「どうしたの?」って彼女の声が聞こえた、彼女ってのは佐々山唯の事だよ、彼女が言う「どうしたの?」と、不細工腰巾着の言う「どうしたの?」はエライ違いがあるんだな。とにかく僕は彼女の問いかけに応える必要があったから慌てて口を開いたんだ。
「いや、別に、どうもしないよ──どうもしない」
「嘘!いま何か考えてたでしょ!解るんだから!」
彼女は強気に笑ってたね、さも僕の考えはお見通しよって感じにさ、そして僕も嘘はつきたくないから正直に彼女に言ったんだ。
「フィービーの真似をしてるところをチョット」
そしたら彼女が、顔を少し赤くしてさ
「でも、あんまりやってないからね!」
って言ったんだ、やった事は事実なんだ。彼女がそんなコトをヤッてるだなんて、やっぱり僕にとっては萌えるんだな。『ヤッてる』なんて書き方をすると卑猥な事に見えちゃうかもしれないけど、僕にとっては、本当にそのくらいのドキドキがあるんだよ、嘘じゃない。
とにかく、そんな話をしてたら目的地が見えてきたんだ、目的地って言うのは公園なんだけどさ、これがまた何も無い所なんだよ、一面芝生でね、ベンチやなんかもポツポツあるくらいでさ、本当に酷い所なんだ。
それからは、出席番号順に整列させられてね、僕は『み』彼女は『さ』だから、離れ離れさ。それから彼女は女友達と一緒にどこかに行ってしまって、僕は声をかける事が出来なかった、そこに男どもが集まってきて『一緒に飯くおうぜ』って言ってきたんだ、頼むからそんなに大人数で来るのは止めてくれないかと言いたかったけど、一人で食べるのは気が引けるから一緒に食べる事にした。
でもさ、おかしいと思わないかい?一人で食べてるからって友達がいない訳じゃないだろ?でも奴らときたら、そういった認識しか出来ないんだな。十七世紀にガリレオ=ガリレイが「地球は動いている」って言って災難に遭っただろ?あれが400年ばかし経った今でも続いてるんだよ。人と少し違う事をしようとしたり、言ったりするだけで村八分にされたり白い目で見られたりする社会がさ。
その事実に多くの人が気づいていないってのもまた、事実なんだよ。あまりに当然であまりに身近なものだからさ。それは、地球が常に高速回転してるっていうのが住んでいる僕たちには解らないようにね。おっと、今の発言を400年前にしていたら、僕は今頃処刑されてるかな。