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僕らの誓い   作者: 緋花李
第一章 -傭兵篇-
9/20

第九話 知らなくていい。知りたくない。

「うっわ。超真っ暗」


 リリーが隣で声を上げる。確かに真っ暗で何も見えない。さすが地下だな……

 それなら大丈夫です、とユトがそう言って、すっと手を横に振った。すると壁につけられていたランプが一斉についた。


「――ほら」

「おお、すげえ。これ魔術ですか?」

「はい。魔術の一種ですね。僕――ほら、ハーフエルフなんで」


 ユトが水色のセミロングの髪をかき上げ、耳を見せる。確かにエルフの者と比べれば小さいが、人間では考えられない、尖った形をしていた。リリーは少し俯いて胸の前で手を握る。

 彼女リリーはなぜかハーフエルフである事実を隠そうとする。――魔術をぶっ放してる時点で人間では考えられない能力の持ち主になるわけなんだけど。理由は俺でも知らない。いつまでたっても教えてくれないから。父さんも教えてはくれなかった。

 ユトは髪を手櫛で直すと俺たちに向き直って口を開いた。


「ここから先には魔物がいます。強力な魔物はいないとは思いますが、数が多くて運搬の邪魔になるものばかりです。先に先輩たちが荷物の場所まで向かっています」

「要するにっ、出会った魔物は、倒せ、ばっ、いいんですよねっ?」


 クレイが喉にほこりを絡ませたのか、変な区切り方をして聞き返した。ユトは頷いて、「よろしくお願いします」と丁寧に頭を下げる。

 俺たちも各自武器を手にして周りに意識を集中させた。地下通路はひんやりと冷たく、うす暗く、足場は最悪で、しかも狭い。道の幅は辛うじて四人が並んで歩ける程度しかないのだ。乱闘は正直避けたい。て言うか無理だ、この狭さからすると。乱闘になれば地下道の古い壁を壊して、下手をすれば生き埋めだ。


「リリー、頼むから魔術ぶっ飛ばなさないでくれよ」

「なんであたしだけなのよ」


 頭をかきながら言った俺に、リリーは睨みつける。ふと俺の後ろで僅かに息を吐く音がした。


「リリーシャが一番危なっかしいだろ? ――沸点低いんだから」

「はぁ!? アンタはあたしに喧嘩売ってんの!?」


 今にも掴みかかる勢いでリリーがさらりと言い放ったルイスに詰め寄る。俺はリリーの肩を掴んで「まぁまぁ」と苦笑いとため息を同時に行った。

 頼むから仕事中に仲間内で喧嘩しないでくれ……ものすごく今さらだけどさ。

 仕切りなおすようにマイスがレイピアを真横に一閃する。それが仕事開始の合図となった。全員のまとう空気が一転し、きりりと張り詰める。

 少しの会話を挟んだ後、俺とリリーを先頭に、ユト、マイス、ルイス、クレイと続く。

 クレイは遠距離攻撃タイプだ。中心に入れてしまうとクレイが一切攻撃できなくなる。幼さゆえに最後尾を守らせるのは気が引けたが、技術は申し分ないと父さんからも言われているし、俺もリリーもクレイの実力は初めて出会ったときから知っている。だからあえて最後尾を守ってもらうことにした。


「……それにしても」


 歩き始めてしばらくすると、道がだんだんと広くなり、窮屈だとは感じなくなっていた。マイスがレイピアで頭上から飛んできた鳥のような魔物を突いて息を吐く。

 ここまで張り詰めた空気は乱さないまま、会話も少なく進んできたため、マイスの声はやたらと大きく聞こえた。


「どうしたんだよ」

「いや、な。ここの地下道、相当古いものだろう? 人の出入りがあるとはいえ、なかなか綺麗な状態で保たれてるな、っとさ」

「ああ、それは」


 ユトが思い出したように声をあげてあどけなさの残る顔を少し緩ませる。


「恐らくこの地下道に使われている石のおかげだと思います」

「石?」


 俺は前方から飛び出してきた数体の魔物を斬り伏せながら聞き返した。石のおかげとはどういうことだろう?


「ここの石は、エルフの村の奥地から切り出された物らしいんです。だから、エルフの力、っていうんですか? そういうのが宿っているとか」

「へええ。エルフの村ねえ……そんなところ、ホントにあるのかよ。聞いた事ねえけどな」


 ルイスが興味なさげに呟いて視線を自らの足元に注ぐ。僅かながらに湿った地面にズボンの裾でも濡らしたのだろう。不快そうに眉をひそめたのが、ルイスが吐いたため息でわかった。


「世界は広いですから。きっと、どこかにあるんですよ――とはいいつつ、僕も聞いただけで行ったことはないんですけどね」

「もし、エルフさんの村があるなら、僕、行ってみたいです」


 クレイが声を少し上ずらせる。子供には新鮮で面白い話だろうな、と俺はひそかに微笑んだ。だが俺の隣でリリーは俺とは全く逆の表情――唇を僅かにとがらせ、不機嫌そうに眉を寄せている。ランプの淡い光しかないこの空間でもわかるほどに、だ。


「リリー?」

「何」


 案の定、不機嫌な声が返ってきた。


「いや、なんか……辛いのか?」

「!!」


 驚いたのか、リリーが息をのむのが分かった。そして視線を泳がせ、ため息をつくように呟く。


「……違うわよ。そんなんじゃない。ロアには……わかんないでしょ」

「……そうだな。何も話してくれねえんだもんな、わかるわけねえよ」


 わざと引っかかる言い方をした。リリーは不機嫌そうな顔から一転、気まずそうに眉尻を下げ、俺から顔をそむけた。

 相方リリーは小さいころからずっと一緒にいる。ずっと隣にいるのに、俺には分からないことが多い気がした。ただ、それをわざわざ探ろうとは思わない。人間、一つや二つは言うことが嫌なことはある。それは俺だって一緒だ。

 だからそれ以上聞くことはやめた。聞きだす必要は、今はない気がした。

 また前方から魔物が飛び出してくる。俺が反応する前にリリーが一歩踏み込むと、右手に握った短剣を一閃し、ばたばたと魔物を斬り伏せた。うす暗い地下道に魔物の短い断末魔が響く。

 足元に転がった小さな魔物を見下ろし、俯いたまま彼女は僅かに息を整える。


「……ロアは、知らなくていい」


 右手を下ろし、低くした体制を元に戻して、息を吐くように呟いた。

 知らなくていい。

 その言葉の意味が俺には理解できなかった。でも、リリーが知らなくていい、そういうのなら、俺には知る必要のないことなのだろう。

 足早に少し湿った道を進んでいく相方の背に、俺は呟いていた。


「……無理に聞こうだなんて思ってねえよ」




 恐らく一時間は歩いただろう。軽く息が上がり始めたところでやっと広い空間に出ることができた。

 昔、逃げるために作られたというこの長い地下道で、体を休めるために作った空間なのだろうか。石は同じものだが、広さが今まで通ってきた道とは比べ物にならない。一般民家四つ分くらいの広さはあるんじゃないか……?

 無駄に広い空間の中央に荷物をまとめている男たちがいた。武器を手にした俺たちを見ると険しかった顔を一転させ、気前のよさそうな笑顔で近づいてきた。


「おお、かの有名なメルスタリオンか。今回は世話になる」

「全然有名なんかじゃないですよ。この荷物を外に出すんですね?」


 俺は剣を鞘に収めて、近づいてきたこの男たちの頭領らしき人物に会釈をする。男は、腕や足なんかは俺の三倍はあるんじゃ、と思うくらい太い。厚く、堅い筋肉の付いた体はかなりがっしりしており、凄まじい威圧感を放っている。子供が見たら『熊だっ!!』と言って泣き出すんじゃないか――そう、ふと思った。

 そんな大男の後ろにある荷物を見やる。

 大きさ、袋ともに大小様々。入っている物は恐らく旅人に売るようなものばかりなんじゃないだろうか。

 

「っにしても、随分と量が多くねえか? これ、一回で運べねえだろう?」


 ルイスがレイピアを一振りし、魔物の体液を飛ばしてから鞘に戻す。

 そして首に下げたペンダントを指先で弄りながら、「まさか往復するとかいうんじゃねえよな」などとぶつぶつ言っている。

 すると頭領らしき人物が、がはは、と大口を開けて笑い始めた。笑いは広い空間の中に響き渡り、反芻する。


「おかしら。笑ってないで説明してくださいよ」


 ユトが困ったような声で、おかしくてたまらない、とでもいうかのように笑い続ける男に言い放った。

 一方なぜか大笑いされたルイスは不愉快そうに顔をゆがめている。


「おお、すまねえ。確かに、兄ちゃんみてえな細っこい腕の男ばかりだったら、何往復もしねえといけねえ量だな」


 息を整えてから『お頭』と呼ばれたこの男は胸を張るように両手を腰に当てた。


「だが、俺たちはみんな運び屋だ。これくらいの量は楽勝ってもんよ」

「……へえ、そうなのか。つか細腕で悪かったな……俺はあんた等みたいに無駄に筋肉発達させる必要ねえし」


 皮肉たっぷりに言ったルイスを一瞥した男は「ふふん」と鼻で笑う。ルイスは薄い笑みを張り付けたままそれ以上絡むことはしなかった。

 ユトは大きなため息をつき、首を振る。そして前に進み出ると俺たちに向き直って、男の横に並んだ。


「この人は僕らの頭領、フェルゼンのかしらです」

「フェルゼンだ。さっきも言ったが、運び屋を生業にしている。よろしく頼む」


 フェルゼン、と呼ばれたこの大男は大きく頷き、俺たち一人一人の顔を見始める。

 俺、ルイス、マイス、クレイ、そしてリリーで視線が止まる。俺よりはるかに高い背丈のフェルゼンさんに見下ろされていることに気がついたリリーは上目遣いで睨みつける。


「お、おい。なんでこの男衆に混じって女の子がいるだ? しかも偉くべっぴんさんじゃねえか」

「それはどうも、フェルゼンさん?」


 初対面の相手に向ける、リリーの嘘の笑顔。見た目は美少女なリリーの笑顔は殺人的だろう。フェルゼンさんはごつい顔を耳まで赤くしてうろたえ出した。


「……ぷっ」

「……リリー」


 思わず吹き出したリリーを少し注意し、フェルゼンさんのリリーを見る、若干変態じみた視線を遮るように体をずらした。

 視線を遮られたフェルゼンさんはでれでれと緩ませていた頬を引き締め、少し眉を寄せる。そして大股で俺の前まで来ると目の前に指を突き付けた。


「おい坊主、人の慕情に手ぇ出すもんじゃねえ」


 意味わかんねえ。


「慕情って何言ってるんですか。仲間に手を出そうとするのはやめてください。つか今仕事中でしょう? そういうことは、せめて仕事が終わってからにしてください」


 俺は諭すように言いながら、顔に笑みを浮かべる。フェルゼンさんはそれ以上何もいわず、「むむ……」と黙り込んだ。ユトが呆れたように首を振るのが分かる。

 すると俺とフェルゼンさんの間にマイスが割り込んできて、フェルゼンさんに向き直った。


「ロアの言うとおりです。とりあえず今は仕事に専念しましょう。では、この後の流れを確認したいのですが、よろしいですか?」


 丁寧な口調でマイスは尋ねる。フェルゼンさんは腕を組み、頷いた。

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