第八話 光溢れる街・フローライト
「すいませーん。依頼を受けてやってきた『メルスタリオン』でーす」
手渡された小さな街の地図を頼りに家を訪ねたものの、どうやら留守らしい。
家は大通りに面していて人通りはもちろん多い。ガヤガヤと賑わう街にこの家はなんだか不釣り合いな気がする。俺だけかもしれないけど。
「にっしても辛気臭い家ねぇ。なんかどんよりしてて気持ち悪いっていうか……」
「おいリリーシャ、口が過ぎるぜ」
マイスがたまらず口を挟む。確かに言いすぎだ。
と、そのとき急に家の扉が開かれた。突然のことに俺たちはぎょっとして出てきた人物を見る。
「……いらっしゃいませ」
「ど、どうも……」
紺のローブに身を包み、顔も鼻が若干見える程度までフードを深くかぶっているため、表情を窺うことができない。ただ、声で女性であることがわかった。でもなんだか不気味な人だな……
「お待ちしておりました……どうぞ中へ……」
言葉少なくその人物はさっさと中に入ってしまった。なんなんだ。
「……なんかあやしい仕事じゃないでしょうね?」
リリーが不審そうに眉をひそめて腕を組み、家の奥を睨みつける。家の中はまだ日が出ているにもかかわらず真っ暗で、いかにも怪しい。
「なんだか不安です……」
クレイまで不安そうにつぶやいた。俺は頭をかいてため息をつく。そして全員の顔を見回してから少し開かれた扉に手をかけた。
「仕方ないだろ? さっさと終わらせようぜ」
「……そーだな。しゃーねぇ、がんばるか……」
ルイスが気だるそうに欠伸をしてから腕を伸ばした。全員が「仕方ない」と頷いたのを確認してから俺は家の中に足を踏み入れた。
「わざわざすみません。お手数おかけしまして」
真っ暗な家の中を先ほどの怪しい人物に案内され、ニ階のリビングに通された。そこで待っていたのはこの家には不釣り合いな明るい笑みを顔に浮かべた淡い金髪がきれいな若い女性だった。
リビングは玄関、廊下、階段にあった暗闇と魔物の骨やら水晶やらは一切なく、真っ赤なカーペットに白の壁、といういたって普通の作りで少し驚く。
「いえ、そんなことないです。で、依頼というのは……?」
「ああ。それなのですが……少し手違いがありまして。本当なら今日の今頃街の奥にある倉庫に荷物が届く予定だったのですが、明日届くことになってしまったのですよ」
そして依頼主は続ける。
「ここまでの旅路、ご苦労様でした。今夜はこの家の客間をお使いくださいな。この後の夕食で詳しいお話をいたしましょう――メイビー」
「……はい」
メイビーと呼ばれたあの怪しい人は頭巾を脱ぎ、改めて俺たちに会釈をする。頭巾の下の素顔は意外と幼い感じがする。リリーのものより少し暗い銀髪の女性だ。ただ、目は長い前髪で見ることができなかった。
「イレーヌ様の使用人のメイビーと申します……どうぞ、こちらです……」
メイビーさんはリビングの奥の扉を開き、奥へと消えた。俺たちは慌てて依頼主、イレーヌさんに会釈してメイビーさんの後を追った。
メイビーさんが通した部屋は豪華な客間。中にはふかふかしてそうなソファーが二つ一人掛け用の結構でかめの椅子三つ。そしてなぜか知らないがダブルベッドが置いてある。中央には煌びやかな装飾が施されたテーブルが置いてあり、フローリングにはほこり一つ落ちていない。
なんなんだこの家。外見と中身がまったく違うじゃねぇか。
「……ご夕食のお時間になりましたらお呼びいたします……失礼します……」
「あ、どうも……」
マイスがぎこちない返事を返してすぐに扉が閉まった。その途端、場の空気が穏やかになる。ルイスがソファーに腰を落とした。効果音をつけたいくらいソファーにルイスの体が沈み込む。そして両腕を背もたれにかけてだらりと姿勢を崩した。
「あーなんかいまいち掴めない人だよな、メイビーさん。たぶん前髪切ったら可愛い子だぜ?」
何を言ってるんだこいつは。
「お前は何しにここに来たんだよ」
思わず返すとルイスはいつもにニヤついた笑みを返してきやがる。
「ん? 可愛い子探し。俺の仕事はそっちが主だから」
「…………」
呆れて返す言葉が見つからない。
俺はルイスと対面側のソファーに腰を下ろす。本当にふかふかしていて気持ちがいい。隣にリリーが腰を下ろすのを横目で見ながらここまでの旅路を思い起こす。
ここまで来るのに対した距離ではなかったけれど、雨に降られたり道に迷ったりで精神的にきついところはあった。実際この仕事だったらきつかったかもな。
「まぁ、泊るところ探す手間が省けてよかったわ。めんどくさかったし」
「もう日も落ち始めたしなぁ。夜仕事するのは効率が悪い」
マイスが一人掛け用の椅子に腰をおろし、クレイはルイスの隣に座った。
マイスの言葉通り、もう日は落ち始めて空が紫がかっている。そろそろ北の夜空に一番星が見え始めるころだろう。
窓の外から見た街灯にオレンジ色の柔らかい光がともる。魔法で街灯や家の伝記に光をともすのは珍しいことではない。でも正直言ってあまり発展していないこの街でその技術があるとは思わなかった。前に来た時は夜になるとか細いろうそくの灯だけを頼りにして、住民たちはあっという間に眠りについていたのに。
あっという間に変わっていくんだな。
俺はみんなの会話を聞き流しながら肘かけに頬杖をついて物思いに浸っていた。
翌朝、メイビーさんに起こされ仕事場まで案内された俺たちは街の奥にあった廃墟と化した教会の前にたっていた。今まで通ってきた道は穏やかな空気が流れ、住民たちもにこにことしていたのだが、ここに近づくにつれ人が減っていき、ついには家も人もなにもいない。ここだけなんだか街から浮いてしまっている。
「あ、メルスタリオンの皆さんですかー?」
教会の扉が急に開き、中から細く色白の少年が現れた。エプロンをかけ、腕まくりをしている。
小走りで俺たちに近づいてきた少年は会釈をした。
「僕、イレーヌさんに贔屓にさせてもらってるギルドの『ユト』と言います。今日の仕事の内
容はお聞きになりました?」
ユトと名乗った少年はまだ幼さが残る顔立ちをしている。おそらくクレイよりは年上だとは思うけど……
「ちゃんと聞いてあるわ。あんたたちの護衛をすればいいのよね」
リリーが腰の短剣に手をかけながらにやりと笑う。でもその表情は俺に見られていることに気がついたのかすぐに引っ込んだ。
今回の依頼はこの教会の地下に運ばれてきた荷物を地上に持っていくための護衛らしい。地下には大昔に使った逃避用の隠し通路があるという。でもその通路はすでに魔物であふれ危険だとか。――あぁ。だから俺たちが呼ばれたのか。
ちなみにリリーは魔物と戦うことが好きだ。やたらと派手に動き回るくせに隙がなく、リリーが魔物に怪我をさせられたことは本当に少ない。逆にぼこる。
俺は一歩前に進み出て右手をユトに差し出す。ユトと握手を交わしてから一呼吸置いて告げた。
「今回の依頼、俺たちが危険だと判断したらすぐに引き上げてもらう。これが俺たちが依頼を受けるうえでの交換条件でどうですか?」
「問題ありませんよ。よろしくお願いします」
ユトはにっこりと微笑んで「どうぞ」と教会の扉をまた開いた。次々に教会の中に足を踏みいれる。廃墟、ということも手伝ってかものすごく汚れていた。かつては磨き抜かれていたであろう床はほこりと塵をかぶり、穴のあいた天井から太陽の光が差し込んでいる。その光に反射して歩くたびに舞い上がるほこりが見えた。
リリーが口と鼻を手で覆いながら眉間にしわを寄せる。一番背の低いクレイはこほこほと小さな咳を繰り返しているようだ。
俺も鼻を覆いながら前を歩くユトに尋ねる。
「ここ、あなたたちのような業者の方が出入りされているのに、手つかずなんですか?」
「ええ、まぁそんなところです。この教会を解体するだけの資金がこの街にはないんですよ。だから年々荒れてしまって」
苦笑いを浮かべながらユトはそう説明してくれた。
大聖堂を横切り、細い廊下を進む。しばらくすると地下へ続く階段が見えてきた。ユトは「こちらです」と言って階段を下る。俺たちも後に続いた。
階段を下りながら俺はぐっとこぶしを握る。強力な魔物が出たら――俺はまた、『俺』を失うのか?
――いや、失ってはいけない。俺の隣を歩く銀髪の少女が俺に誓った約束を守らなきゃならないんだ。
小さく息を吐いて雑念を振り払う。『俺』は『俺』だから。絶対に、何があっても『俺』という存在を手放さない。もう何度確認したかわからなくなった思いを心の中で呟いた。