第六話 家族だから
何かがおかしい。俺はそう思いながら、食器を片づける相方の背中をぼぅっと見つめていた。
今までに見せたことのない表情。
――気になる。とくに気にしたことなどなかったけれど、今回はクレイのこともあるし、なんだか気になる。
(後で聞いてみるか)
俺はそう決め、テーブルに頬杖をついて窓の外を見やった。外は闇で覆われている――
「リリー」
「……何?」
不機嫌そうな声。
食器を洗い終わったリリーの後を追ってみると、屋上に着いた。リリーは屋上で星を見るのが好きなのだ。
俺は階段の最後の一段に足をかけ、リリーを見る。
この角度からではリリーの表情は全く見えない。ただ、星明りに照らされている綺麗な銀髪が淡く浮いているように見えた。
屋上の真ん中に膝を抱えて座っているリリーは星を見上げているようだ。
「隣、いいか?」
「……勝手にすれば?」
そっけない返事で返される。
俺は内心ため息をつきながらリリーの左隣に腰を下ろした。そして胡坐をかいて左ひざに肘を乗せてリリーの顔を見る。
やっぱり『あの表情』をしている。膝の上に顎を乗せ、少しだけ唇を尖らせたリリーは俺を全く見ない。
「リリー」
「何」
「なんでそんな顔してるんだ?」
「……は?」
リリーは拍子抜けしたような声をあげた。そして俺の顔を見て、自分の顔に手を当てる。
「あたし、そんな顔してた?」
「うん。してた」
しばらくリリーは顔に手をあてたまま固まり、そしてやっと息をついた。
息をついた後、リリーは目を少し伏せて俺から視線を外す。
「単に、子供が嫌いだからってわけじゃないだろ?」
「……別になんでもない」
そう言い捨てるとスッと立ち上がり、家の中に戻ろうと少し乱暴に歩き始めた。慌てて立ち上がり、相方の手首をつかむ。掴まれた反動でリリーは後ろによろけたが、次の瞬間には俺をすごい形相でにらんでいた。
「何すんの」
「何って。はぐらかさないで言えよ、リリー」
「はぐらかしてないっ!」
俺から逃れようと必死に腕を動かそうとするが、そこは女。力で俺に勝てるはずがない。
掴まれたまま今度は上目遣いでにらんできた。
「……誰にも言わないでよ」
「俺が『言うな』って言ったこと、誰かにばらしたことあるか?」
「…………」
呆れたように言った俺にリリーは視線を外して少しムッとした。
「言うから離せ」
「言ったら離す」
「はぁ!?」
「いいから言えって」
掴んだ手は離さないまま、俺は力だけを緩めてリリーにそう促した。
風が冷たい。やっと春になったばかりでまだ冬の寒さを含んでいる。冷たい風に少し身震いしたリリーは俯きながらぼそぼそと告げた。
「クレイはまだ子供だから……なんか……父さんが捕られるような気がして……」
「は?」
「だからっ」
思わず拍子抜けして出た声にリリーは俯いたまま声を荒くする。その顔は先ほどまで寒さで震えていたとは全く感じさせないほど真っ赤になり、銀髪からのぞく耳まで赤くなるほどだ。
「だから……寂しかったって言ってんの!!」
そう言い放った相方はついに恥ずかしくなったのかへなへなと座り込んでしまい、掴んでいた腕を離した。
俺もリリーの顔を覗き込むようにしてしゃがみこむ。
「……こっち見んな」
「なんでそんな恥ずかしがるんだよ」
「だって……やきもちなんて、子供にやきもちなんて……馬鹿みたいじゃん」
リリーは俯いて頬に両手をあてて絞り出すように話しだす。
「ロアは小さいころから一緒だったから、別に何とも思わなかった……でもなんか、新しい家族が増えると思うと……不安でさ」
「わかったわかった」
まだ顔の赤いリリーと向かい合わせで俺は胡坐をかいてニカッと笑ってやる。
リリーが上目遣いで見上げてきた。
「父さんはみんなの父さんだ。マイスやルイスだって血は繋がってないけど家族じゃん? だから、リリーがやきもち焼くくらい不安になることはないんだって。だってリリーは父さんの娘だろ?」
「…………」
リリーも胡坐をかき(ただ、短いミニスカートの裾は抑え込んで)こくんと小さな子供がするような頷き方をした。
ふわりと風が吹く。さっきまでざわざわと心地いいとは言えない風が吹いていたのに今の風はさらりとしてすがすがしくなった。冷たさはあるが、酷く寒い風ではない。
リリーが不意に空を仰ぐ。俺も同じ様にした。
無造作に空にばら撒かれた星たちが淡く輝いている。
「明日も晴れるね」
「そうだな」
そんなたわいもない話をしながら明日から忙しくなるぞと心の中で気合を入れた。